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加速するドキドキ

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 授業が終わるといつもなら帰りの会をして、それぞれ部活に向かったり、帰宅したりするんだけど、この時期は違っていた。

 うちの中学では、毎年10月半ばに校内の合唱コンクールが行われる。校内といえども市の立派な公会堂を借りて開催するなかなかの大イベントのため、それに向けて帰りの会を早めに済ませ、各クラス15分ほど練習することになっている。今日は、その初日だった。

「今日は音楽室の日だから、みんな早く移動しろよー」

 音楽室は交替で使用するので、練習日は貴重なのだ。

 村中先生に促され、歌詞の書かれたプリントを手にぞろぞろと移動する。

「あー、だるいよねぇ練習。AKDとか乃林坂とかだったらやる気でるのにぃ」

 多恵ちゃんがいかにも面倒くさいって顔をすると、周りの女子たちもそれに同調する。

「それで、こんなダサい制服とかじゃなくて、可愛い制服着て踊ってさぁ」
「それいいー!! めっちゃやりたーい!!」

 え……みんな『涙をこえて』、好きじゃないんだ。

 合唱曲は音楽の先生が各クラスに割り当てるため、私たちに選択権はない。

 『涙をこえて』を音楽の授業で初めて紹介された時、CDから聴こえてくる歌声だけでなく、歌詞もリズムも気に入った。それから去年コンクールで2年生が合唱してるのを生で聴いて感動して、来年の合唱曲で歌えたらいいなぁって密かに思ってたから、決まった時は凄く嬉しかったのに……

 みんなの考えが自分とは違うことを知って、胸の中にちょっと残念な思いが広がった。

 でもここで反論すれば、せっかく盛り上がってる雰囲気を白けさせることになっちゃうから、心とは裏腹に黙ってニコニコしながらみんなの話を聞いていた。

「でもそれだと、合唱じゃなくね? てか、男子どうすんの?」

 男っぽい青山さんが、的確なツッコミを投げかける。

 うんうん、私もそう思ってたよ。

「いいじゃん、男子にも同じ制服着て踊らせれば。超ウケそうじゃない?」
「うぇー、見たくない。でも、矢野とか似合いそうだよねー」
『似合いそー!!』

 いきなり矢野くんの名前が出て、ドキッとする。

 多恵ちゃんはそんな私の様子には気付かず、楽しそうに笑いだした。

「絶対似合うよ! 矢野って昔から女顔なんだよー。幼稚園の時なんか、女の子に間違われてさぁ、男子に告白されてたもん」

 踏み出す足が遅れてみんなの輪から一歩退き、多恵ちゃんの背中を見つめる。

 矢野くんが小さい頃のエピソードが聞けて嬉しく思いつつも、多恵ちゃんは私の知らない矢野くんをいっぱい知ってるんだと思ったら、胸がチクッと痛んだ。

 最上階の一番奥にある音楽室に入ると、後ろにずらっと並んでいる音楽家の肖像に出迎えられる。そこにあると分かっているのに、毎回見る度にビクッとしてしまう。

 指揮者とピアノ伴奏者はクラスの中から選出される。指揮者は西岡くんが立候補し、ピアノ伴奏は推薦により紀子ちゃんが担当することになった。ピアノが弾けるなんて、それだけで女の子の欲しがるもの全てを持ってる気がして憧れちゃう。

 練習のため椅子は既に隅に片付けられていて、一段高くなったステージを模した床に肖像を背にして立ち、2列に並ぶ。背の順で私の前に立つ太田さんは、声が低いのでアルトに回された。パートが分かれていない男声側は一番背の低い西岡くんが抜けたため、必然的に矢野くんと私が隣同士になった。

「お前らそんなに広がってるとステージ入んないぞー。もっと詰めろー」

 正面の五線譜の並んだ黒板の前に置かれた椅子に座って足を組む村中先生が指示を出し、みんなが少しずつ中心に寄せるように移動する。

 ち、近いぃぃ。

 矢野くんと私の腕が触れ、そこだけ異常に熱を持ったように熱く感じる。思い切り反応して顔が赤くならないよう、必死で合唱曲のことを頭では考えるけど、腕だけに神経が通ってるかのように意識が集中してしまう。

 紀子ちゃんがピアノの前に座って楽譜をセットし、西岡くんが指揮棒を手に台の上に上がる。

 合唱に、集中しないと……

 喉を鳴らし、正面に顔を向けた。
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