矢野くんの、本当の彼女になりたい……です。

奏音 美都

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不意打ち

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 3階に下りるとすぐに見える『303 佐藤』と書かれたプレートの下にあるインターホンを鳴らすと、ハァッと短く息を吐いた。

 涼子ちゃんはすぐに出てくることはなく毎回待たされるので、それもあって早めに家を出るようにしている。中学生になってからやたら外見を気にするようになった涼子ちゃんは髪型を考えてて遅くなるみたいで、小学生の時よりも更に酷くなった。

 涼子ちゃんと登校するように頼んだおばさんは、最初の頃は

『早くしなさい!』

『いつまで待たせるの!』

 なんて怒鳴り声がドア越しに聞こえてたけど、思春期真っ盛りの涼子ちゃんは更にそれを上回る怒鳴り声で反抗するもんだから、涼子ちゃんには何を言ったって無駄だとおばさんはさじを投げ、今はドア越しになんの声も聞こえなくなり、おばさんが出てきて

『美紗ちゃん、いつもごめんねえ』

 と謝ることもなくなった。

 時には涼子ちゃんを待っていて遅刻ギリギリになることもあり、なんで私は時間よりも早く家を出ているのに涼子ちゃんのせいで学校まで走らなければいけないんだろう……と思うこともある。

 でも、ひとり寂しくぼっち登校するのも嫌だし、かといって1個下の和紗の友達グループに混ぜてもらおうなんて厚かましさもない。

 それに、涼子ちゃんに文句を言って、今の関係が気まづくなりたくもない。涼子ちゃんに嫌われたら、彼女の友達とそのネットワークを駆使くしして学年のほぼ全員の女子から仲間外れにされるだろうことは容易に想像出来るから。

 結局私は毎朝涼子ちゃんが遅刻しないよう、祈りながら待つことしか出来なかった。

 ようやく扉が開くと、涼子ちゃんはくるりと後ろを向いた。

「ねぇ、編み込みしたんだけど、後ろどんな感じ? うまく出来てる?」

 一応電話で事故にあって入院していたのと今日から学校に行くことは伝えてあったけど、なんの気遣いもなく尋ねられた髪型チェックに、思わず息を呑んだ。いつも涼子ちゃんは私の予想を超えてくる。

「う……うん、綺麗に出来てるよ」
「良かったー! 鏡見ながらやったんだけど、自分では見れないからよく分かんなくて」

 涼子ちゃんが颯爽と私の前を歩き出したので、慌てて続いた。涼子ちゃんは私に確認したにも関わらず、まだ髪が気になるのか、手で編み込みに触れている。

 今日は涼子ちゃん、機嫌良さそうでよかった。

 彼女は日によって機嫌がいい日と悪い日があって、機嫌が悪いとひとことも喋らない。

 分団で隣同士並んで登校していた時、涼子ちゃんが機嫌が悪い日には他の子たちが楽しそうにお喋りする中、私たちだけが沈黙しているのが耐えられなくて、必死に涼子ちゃんに話しかけたっけ。

 今日の天気のことや、夢の話や最近読んだ本の話……迫ってくる沈黙という名の怪物に呑み込まれないよう、とにかく次から次に話し続けた。そんな私に、涼子ちゃんは気のない返事をするだけ。だって涼子ちゃんが興味あるのは、人気アイドルとか話題のドラマとかクラスの子たちの噂話や恋バナだから。そんな話ができない私は心の中で、早く学校に着きますように……って祈ってたな。

 それなのに、なんで私は中学に入ってもまだ涼子ちゃんと登校してるんだろう。

 そう思うけど、中学に入ってからは沈黙が苦痛ではなくなった。それは、涼子ちゃんがスマホを持つようになり、登校している間中ずっと触っているからだった。

 時々私は、涼子ちゃんの盲導犬にでもなった気分になる。スマホの画面しか見えてない彼女のために『自転車が後ろから来てるよ』と声をかけ、時には腕を持って彼女の足を止め、安全に登校できるよう促す。

 それでも、気を遣いながら喋り続けるよりよっぽど気楽だった。

 部活で遅くなったりした時の連絡用に持ち歩くことは許されているものの、基本的に携帯電話の使用は禁止されている。でも、中には涼子ちゃんみたいに登下校時や休み時間に触ってる生徒も結構いる。先生に見つかるとソッコーで没収されるので、さすがに授業中にはいないけど。
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