変性

奏音 美都

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変性

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 指定されたタワーマンションには、誰にも告げずに出てきました。夏にもかかわらずタートルネックの長袖に長ズボン、帽子にサングラスをかけ、マスクもしていた私は、ロビーに入るとそこにいた住人に不審な目で見られました。
 
 チャイムを鳴らすと扉が開き、ガマ男がニヘラと不敵な笑みを浮かべました。その気持ち悪さに今すぐ逃げ出したい気持ちになりましたが、薬を受け取るまではと言い聞かせ、気持ちを奮い立たせて中に入りました。タダで薬がもらえるとは思いません。たとえ吐きそうなぐらいの嫌悪感があっても、体を求められたら応じるつもりでいました。それほどに、私は元の肌に戻れることを強く求めていたのです。

「お願い、薬を下さい。ねぇ、どうして私、だったの……こんな、酷いっック」
「き、君は……笑顔で、や、優しくて……」
「えっ?」
「そ、それでいて、ぼ、僕を……蔑んで、いた……」
「ッ」

 あぁ、見透かされていたんだ……

 偽善などするんじゃなかったと、絶望の底に堕ちました。

「ウクッ……ご、ごめんなさい。私が、悪かったから……お願い、あなたが望んでることは何でもするから……どうか、薬を……」

 ガマ男の口元が歪みました。

「な……ない」
「ない!? 何、言って……」
「く、薬は……ない」

 ガマ男の口元はますます歪み、裂けそうなほどに横に広がっています。

「『君を助けられるのは、僕だけ』って言ったじゃない!!」

 怒りに任せて壁を殴ると、ガマ男がタートルネックを脱ぎ始めました。目線を逸らそうとしましたが、その下の肌が見えた途端、止まりました。そこに、私と同じ滑りのある鱗が見えたからです。脱いだタートルネックの裏側には粘液がべったりとついています。ガマ男はズボンも、しまいにはトランクスまで脱ぎました。

 全裸になったガマ男は、首から下まで鱗に覆われていて、ガマガエルのような顔つきも相まって、昔何かで見た半魚人そのものに見えました。

 足底から冷えていき、全身がわなわなと痙攣しました。吐き気を催すほどの醜態、それは私の成れの果ての姿でもあると、知ってしまったから……

「き、君を理解できる、のは……僕、だけ。ぼ、僕の存在に……君は、救われる」

 ガマ男が恐怖で動けずにいる私に近づき、ねっとりとした手で私の頬に触れました。粘液がべったりと張り付き、怖気を呼び起こします。

「き、君は……何、も心配、いらない……から、ここにいて……」

 持ってきたバッグを取り上げられ、スマホや財布、身分証だけでなく、身につけていた全てを捨てられました。

私は今でもガマ男の元で生活しています。閉じ込められることもなく自由だし、食べるものにも困っていません。裸ですが、ガマ男は私に体の関係を求めてくることは一度もありません。

 ただ、私の全身を愛おしそうに撫で、肌と肌を合わせるのです。ネチョリ、グチョリという音が鼓膜を細かく震わせ、べったりと肌が吸い付き、吸い付かれるその感触に身の毛がよだち、嫌悪と憎悪でいっぱいになります。

 ガマ男は、決して解毒薬は作りません。

「き、君の肌が戻れば……ぼ、僕の元からいなくなる」

 こんな恐ろしい姿で外に出ることなど、とても出来ません。何度もガマ男と出会ったこと、あそこでバイトしたことを後悔し、咽び泣きました。

「た、助けて……ウッだ、誰か……お願……」

 そう願いながら、私は一生をここで過ごすことになるのでしょう。なぜ、こんな手記を書いたのか……知られたくないと思いながらも、この秘密を誰かに打ち明けたくなったのかもしれません。

 私の髪の毛は全て抜け落ち、もうすぐ変性は完成します。
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