<完結>【R18】愛するがゆえの罪 10 ー幸福の基準ー

奏音 美都

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理性と本能の鬩(せめ)ぎ合い

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 ツアーを控え、秀一が来日した。だが、マスコミが注目する中、逢瀬をするわけにはいかない。

 秀一と美姫は、ウィーンに行くまで仕事以外では会わないと決めた。

 これから先、ずっと一緒にいられるのだと思えば耐えられる……
 躰よりも、今は心の絆を強く感じていた。

 秀一が来日した翌日、秀一は衣装合わせの為に『KURUSU』オフィスを訪れる予定となっていた。共演者のヴァイオリニスト、青柳えいみも一緒だ。

 えいみとは、彼女の衣装打ち合わせ等で既に何回か顔を合わせている。初めてコンサートを観た時は大人っぽい印象だったが、話すと高校生らしい無邪気さに溢れる可愛らしい女の子だという印象を美姫は持っていた。

 扉がノックされた後に秀一が入ってくると、えいみは興奮し、彼に駆け寄った。

「来栖さん! これからどうぞよろしくお願いします。私、来栖さんの大ファンなんで今回共演者として呼んで頂けて、とっても感激しています!!
 私のことは、『エイミー』って呼んでください! 親しい友達は、みんなそう呼んでるんです」

 秀一はにっこりと笑みを浮かべ、手を差し出した。

「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。ただ、仕事とプライベートは線引きしたいので、これからも『青柳さん』と呼ばせていただきますが、構いませんね?」
「は、はい……もちろん、です」

 えいみは、固い表情で笑みを浮かべた。

 えいみは衣装合わせの後、学校に戻らなければならない。その為、二人が共演する衣装合わせから行うことになった。

 秀一とえいみが共演するのは2曲だ。

 まずは、クロード・ドビュッシー作曲『喜びの島』だ。ピアノ独奏曲だが、後にドビュッシーの指示に基づき、イタリアの指揮者ベルナディオ・モリナーリの管弦楽版が編曲されている。

『喜びの島』は、ジャン・アントワーヌ・ヴァトーの作品「シテール島への巡礼」の影響を受け、作られた曲と言われている。シテール島はエーゲ海、クレタ島の北西にある島で、神話では愛の女神アフロディーテ(ヴィーナス)の島とされている。

 シテール島の由来に基づき、えいみにはアフロディーテを彷彿させるような衣装をデザインした。真っ白なノースリーブのロングドレスは、胸下に切り返しのあるエンパイアライン。胸下をオーガンジー素材の金の布で引き締めている為、胸元はふわっと膨らみを持たせている。切り返し部分にはシフォンが幾重にも重ねられている。非常に薄い素材の為、少しでも動きがあると風になびくようになっていた。

 下ろした髪には真っ白な花の冠が被せられ、愛らしさが増している。

 一方の秀一は、アフロディーテの夫ヘーパイストスではなく、恋多き彼女が最も愛した浮気相手である軍神アレース(マルス)をイメージした。ヘーパイストスは女神の中で最も美しいと讃えられたアフロディーテに対して、最も醜いと言われた鍛冶の神だからだ。

 白のストンとしたワンピースの上に鎧を着ているが、アレースが着ていたという青銅製ではさすがに重い為、柔らかい革製にしている。右肩の肩当てからはベルベッドのドレープマントを掛け、鎧と同じ素材のアームバンドとリストバンド、そして頭部にヘッドバンドを付けている。古代ギリシャということを想定し、眼鏡ではなくコンタクトレンズをはめる。

 髪をなびかせ、勇ましい鎧姿からは胸筋が盛り上がり、初めて眼鏡なしで見るその美しい宝石のようなライトグレーの瞳の秀一に、周囲からは思わずどよめきが上がった。

 自分でデザインしたとはいえ、眼鏡を外した秀一を自分以外の人間に見られることに、美姫は残念な気持ちを覚えずにはいられなかった。

 えいみは衣装を着た秀一に大興奮し、歓声を上げた。

「えっ、えっ、やばいやばいやばいっっ!! 来栖さん、イケメンマジヤバいっ!! 私たち、一緒に並んでると恋人同士みたいですねっ。
 あのぉ、一緒に写メってもいいですかぁ? 友達に見せたいんで」

 スマホを取り出しながら秀一に話しかけるえいみに、後ろで立っているマネージャーの智子が顔を真っ青にした。

 お喋りな女も図々しい女も嫌いであり、しかも側には美姫がいるのだ。秀一の心情が手に取るように分かる智子は、えいみの手を引っ張った。

「えいみさん、次の衣装に移らないと、授業に間に合わなくなりますよ」
「えぇーっ。エイミー、来栖さんの衣装全部見たいから、今日学校行くのやめるー!!」

 えいみさんって……こんな女の子だったんだ。

 美姫は驚きつつも、彼女の次の衣装を用意した。

 まだここに居たいと言い張るえいみを強引に智子が連れ出し、帰って行った。その後の衣装合わせは滞りなく進み、少し手直しして本番に臨むだけとなった。

 美姫はラックに掛かったステージ衣装を眺め、これらを舞台の上で着た秀一がどんな演奏をするのかと思ったら興奮で胸が震えた。

「来栖チーフ、貴女のお陰で素晴らしいコンサートになりそうです。お力添え頂き、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。コンサートでの演奏、とても楽しみにしています」

 二人は見つめ合い、微笑み合った。

 言葉を交わさずとも、想いが通じ合う。そんな幸せを、互いに噛み締めていた。

 島根と内田は、複雑な心情で二人を見つめた。
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