<完結>【R18】愛するがゆえの罪 10 ー幸福の基準ー

奏音 美都

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罪の代償

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 翌日、美姫は大和と共に社長秘書室にいる凛子を訪ねた。凛子は誠一郎が会長職に就いてからは秘書としての仕事を退いていた時期もあったが、夫亡き後、来栖財閥を支える為に再び秘書として精力的に働くようになった。

 美姫が、緊張した面持ちで凛子に伝える。
 
「ふたりで話し合って……私たちは、離婚することに決めました。
 私はウィーンに行き、秀一さんと生きていきます。

 結局、私は秀一さんを……諦められませんでした。夫である大和を裏切り、お母様も、お父様も、財閥も、財閥を信頼して下さった人たちまで裏切りました。
 でも、もう自分の気持ちに嘘はつけないんです。ほん、とうに……申し訳ありません」

 深く頭を下げ、肩を細かく震わせた。

 凛子はそんな娘を呆然と見つめてから息を呑み、大和に問うように見つめた。

 それに応え、大和が静かに頷く。

 凛子は瞳を伏せ、睫毛を震わせた。娘の顔を、まともに見ることが出来なかった。

「もう、決めたのですね……」

 込み上がってくる涙を飲み込んで落とされた凛とした母の声に、美姫が顔を上げる。美姫は潤みそうになる瞳に力を込め、真っ直ぐに母を見つめた。

「はい、決めました」

 凛子は悲愴な表情を浮かべ、大和をじっと見つめた。

「大和くん、貴方はそれでいいのですね?」

 念を押す凛子に大和は苦しげにギュッと目を瞑ってから、真っ直ぐに見つめ返した。

「これが、互いの為だと……納得して決めました。
 お母さんにも迷惑をお掛けすることになり、申し訳ありません。来栖秀一のツアーが終わるまでは財閥に影響のないようスキャンダルを避ける為、俺たちは今まで通り一緒に暮らします」
「そう、ですか……」

 こんな時にまで財閥のことを気遣ってくれる大和に凛子は胸が痛み、心の底から申し訳ない気持ちになった。

 凛子は両手を重ねると、強く握り締めた。

「大和くん、美姫と離婚して来栖家に居づらいというのなら、養子を外れるという選択もあります。離婚してまで、来栖の家に縛られる必要はないのですよ……
 もちろん、離婚に際してはこちらから相応の額の慰謝料を用意します」

 凛子は私情を切り離し、あえてビジネスライクに話を進めた。

 大和が眉を寄せ、唇を噛み締める。

「そんなこと、言わないでください。
 俺は美姫と結婚して、美姫だけでなく、お父さんやお母さんという家族が出来て本当に嬉しかったんです。たとえ美姫と離婚しても、俺の居場所はここだけです。
 お父さんから譲り受けた来栖財閥を、俺の手で守っていきたいんです。どうか、ここにいさせてくれませんか」

 それは、凛子が望んでいた言葉だった。

 凛子の唇が震え、涙が溢れ出す。

「やま、と……くん。ごめんなさい……ごめんな、さいね……
 ありがとう、ありが……ッグゥ」

 今の財閥にとって、大和が必要というだけではない。大和は凛子にとっても、大切な家族だ。

 いつも明るく優しく接してくれる大和を嬉しく思い、夫と共に楽しそうに酒を酌み交わす姿を見て、本当に自分たちに息子が出来たのだと実感した。不慣れな財閥の仕事に早く慣れる為に必死に勉強し、夫について学んでいく姿を見て、頼もしく、また誇らしく感じていた。

 夫を亡くした際、自分が喪主を務めるべきだったのに、哀しみに呑み込まれて自分を失ってしまった凛子を気遣い、支えてくれたのは、まだ24歳の大和だった。大和は凛子の精神的な支えでもあったのだと、その時にヒシヒシと感じた。

 大和の言葉に嬉しく思いながらも、これからも彼は来栖に縛られ、苦しんでいかなければならないのだと思うと、申し訳なくて仕方なかった。娘を追い詰め、大和と結婚するという選択をさせ、彼の人生を変えてしまったことに大きな罪悪感と責任を感じた。

 そんな二人を見て、美姫は自分の犯した罪の深さを感じずにはいられなかった。

「お母様、大和……本当に、ごめんなさい。
 我儘で、自分勝手で、二人を傷つけて……ごめんな、さッッ……」

 凛子は美姫から背を向け、肩を震わせた。

「母親の立場としては、娘の幸せを1番に考えるべきなのに……私には、それが出来ません。
 今もまだ、貴女の背中を押してやれずにいる……」

 美姫にとって、秀一がどれ程必要な存在なのか分かっていても。
 二人が叔父と姪という関係を超えて、どれだけ深く愛し合っているのか分かっていても。

 大和のことや、財閥の下で働く大勢の従業員や取引先、財閥を信用してくれた全ての人たちのことを考えたら、秀一と幸せになって……などとは、言えなかった。

 それに、最愛の夫を亡くした今、大切な娘までもが自分の元を離れていくのだという失望と寂しさが、じわじわと凛子の胸に迫っていた。

 凛子は背中を向けたまま、美姫に告げた。



「私は、美姫と親子の縁を切ります」


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