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退行
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秀一と大和、そして凛子を含めて相談した結果、佐和に連絡することにした。
凛子はとても娘の幼児退行に対応できる精神状態になく、秀一も大和も仕事がある為、ずっと付きっ切りではいられない。
幼いころ最も一緒に時間を過ごし、愛情を与えてくれていた佐和がいれば、美姫も精神的に安らげるだろうし、美姫の世話も慣れているので安心だということで、世話係を頼む為だ。
佐和は葬儀の後、東京のホテルに滞在していた。翌朝の新幹線で、岡山に戻る予定だった。
「お嬢、様が……そんなことに……」
事態を聞いた佐和は涙を流し、一も二もなく美姫の世話係を引き受けた。翌日から美姫専属の家政婦として住み込みで働き、美姫の症状が回復するまでいてくれることになった。
秀一は美姫の誕生日に合わせて帰国し、その際にツアーの打ち合わせ等をするために2週間の滞在を予定していたので、誠一郎の社葬まではいられる。ホテルに滞在する予定だったが、佐和がまだいない状態で美姫と離れるのは心配なので、今夜はここに泊まることになった。
それを聞き、大和は焦燥に駆られて声を上げた。
「だったら俺もここに泊まる!」
本当は美姫を自宅に連れて帰りたかったが、そんなことをすればパニックを起こすのは間違いない。それに、今の美姫は、美姫であって、美姫ではない。だったらせめて、ここにいたいと思った。
だが、秀一は首を振った。
「先ほど貴方は美姫を無理やり連れて行こうとし、美姫を怯えさせました。
貴方がここにいては、美姫は落ち着くことはできません」
大和は反論したかったが、秀一に抱きついて膝の上に座る美姫を見て、そんな力を失くした。3歳以降の記憶がない美姫にとって、大和は『どこかのしらないこわいおにーちゃん』でしかないのだ。
警戒しているように自分を見上げる美姫を見つめ、大和の胸が引き千切れそうだった。
「分かった……
でも、また様子は見にくるから」
美姫は完全に自分のことを3歳児だと思っていた。20年も経っている母や秀一の顔は認識できるのに、鏡に映る20年後の自分の姿を見てパニックを起こした。
話し方も幼児独特の舌足らずな喋り方で、秀一のことを「しゅーちゃん」と呼んで離れようとせず、何をするにも一緒だった。
「みき、しゅーちゃんだぁいすき。ずぅぅっといっしょにいてね」
瞳をキラキラさせて話す美姫に、秀一は切なさの籠った優しい瞳で微笑んだ。
「私も、美姫が好きですよ」
そんな二人を見て、大和は唇を震わせ、拳を握り締めた。
「ック……」
もうこれ以上見ていられなくなり、大和は家を飛び出した。
夜、寝る時間になり秀一が美姫に声をかけた。
「美姫、もう寝る時間ですよ」
ベッドに寝かせて部屋を出て行こうとした秀一の袖を美姫が掴む。
「しゅーちゃん、いっしょにねて」
泣きそうな顔で見上げる美姫に、秀一は優しく頭を撫でた。
「では、眠るまで傍についていますよ」
「やだぁ! やだぁ! しゅーちゃんとねるのぉ!!
おねがい……さみしいよぉ。ひとりにしないでよぉ……ッグ、ウウゥッ」
泣きじゃくる美姫に、秀一の心臓がグシャッと握り潰されるようだった。
幼かった美姫ですら、ここまで言うことはなかったのに。
あの時抑えていた気持ちが、ここで爆発してしまったのか……
秀一はライトグレーの瞳を揺らした。
「わかりました」
隣に添い寝すると、美姫が嬉しそうに頭を秀一の胸に擦り付けた。
「しゅーちゃんのにおいがする。しゅーちゃんのにおい、だぁいすき」
「そう、ですか……」
熱くなった瞳の奥から涙が零れ、耳の後ろへと伝っていく。華奢な美姫の躰は、以前にも増して小さく感じた。
凛子はとても娘の幼児退行に対応できる精神状態になく、秀一も大和も仕事がある為、ずっと付きっ切りではいられない。
幼いころ最も一緒に時間を過ごし、愛情を与えてくれていた佐和がいれば、美姫も精神的に安らげるだろうし、美姫の世話も慣れているので安心だということで、世話係を頼む為だ。
佐和は葬儀の後、東京のホテルに滞在していた。翌朝の新幹線で、岡山に戻る予定だった。
「お嬢、様が……そんなことに……」
事態を聞いた佐和は涙を流し、一も二もなく美姫の世話係を引き受けた。翌日から美姫専属の家政婦として住み込みで働き、美姫の症状が回復するまでいてくれることになった。
秀一は美姫の誕生日に合わせて帰国し、その際にツアーの打ち合わせ等をするために2週間の滞在を予定していたので、誠一郎の社葬まではいられる。ホテルに滞在する予定だったが、佐和がまだいない状態で美姫と離れるのは心配なので、今夜はここに泊まることになった。
それを聞き、大和は焦燥に駆られて声を上げた。
「だったら俺もここに泊まる!」
本当は美姫を自宅に連れて帰りたかったが、そんなことをすればパニックを起こすのは間違いない。それに、今の美姫は、美姫であって、美姫ではない。だったらせめて、ここにいたいと思った。
だが、秀一は首を振った。
「先ほど貴方は美姫を無理やり連れて行こうとし、美姫を怯えさせました。
貴方がここにいては、美姫は落ち着くことはできません」
大和は反論したかったが、秀一に抱きついて膝の上に座る美姫を見て、そんな力を失くした。3歳以降の記憶がない美姫にとって、大和は『どこかのしらないこわいおにーちゃん』でしかないのだ。
警戒しているように自分を見上げる美姫を見つめ、大和の胸が引き千切れそうだった。
「分かった……
でも、また様子は見にくるから」
美姫は完全に自分のことを3歳児だと思っていた。20年も経っている母や秀一の顔は認識できるのに、鏡に映る20年後の自分の姿を見てパニックを起こした。
話し方も幼児独特の舌足らずな喋り方で、秀一のことを「しゅーちゃん」と呼んで離れようとせず、何をするにも一緒だった。
「みき、しゅーちゃんだぁいすき。ずぅぅっといっしょにいてね」
瞳をキラキラさせて話す美姫に、秀一は切なさの籠った優しい瞳で微笑んだ。
「私も、美姫が好きですよ」
そんな二人を見て、大和は唇を震わせ、拳を握り締めた。
「ック……」
もうこれ以上見ていられなくなり、大和は家を飛び出した。
夜、寝る時間になり秀一が美姫に声をかけた。
「美姫、もう寝る時間ですよ」
ベッドに寝かせて部屋を出て行こうとした秀一の袖を美姫が掴む。
「しゅーちゃん、いっしょにねて」
泣きそうな顔で見上げる美姫に、秀一は優しく頭を撫でた。
「では、眠るまで傍についていますよ」
「やだぁ! やだぁ! しゅーちゃんとねるのぉ!!
おねがい……さみしいよぉ。ひとりにしないでよぉ……ッグ、ウウゥッ」
泣きじゃくる美姫に、秀一の心臓がグシャッと握り潰されるようだった。
幼かった美姫ですら、ここまで言うことはなかったのに。
あの時抑えていた気持ちが、ここで爆発してしまったのか……
秀一はライトグレーの瞳を揺らした。
「わかりました」
隣に添い寝すると、美姫が嬉しそうに頭を秀一の胸に擦り付けた。
「しゅーちゃんのにおいがする。しゅーちゃんのにおい、だぁいすき」
「そう、ですか……」
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