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癒えぬ悲しみ

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 翌日、菩提寺からの僧侶が到着した。

 瀬戸が僧侶にお茶を出した後、凛子を呼びに行くため彼女の部屋へ向かった。凛子は病院から帰ってきてから、一度も顔を出していなかった。

 挨拶を済ませた大和は、僧侶を仏間へと案内した。美姫は誠一郎の枕元で、未だに放心したように白い布を見つめていた。

「美姫、これから枕経まくらぎょうが始まるから……」

 そう言っても動かないので、大和は美姫を抱き上げて移動させた。
 
 凛子が瀬戸に伴われて姿を現した。目を真っ赤にし、化粧も崩れて酷い状態だった。

 そんな凛子を、大和は今まで目にしたことなどなかった。

 凛子は僧侶にお辞儀し、静かに正座した。

 枕経が終わると納棺となる。葬儀社のスタッフが、仏間に桐の棺を運び込んだ。病院でお清めは済ませてもらっていたものの、再び遺体が清められ、死装束が整えられる。棺布団の上からは、仏衣が掛けられた。

 最後にヒゲ剃りをすると、いよいよ納棺となる。大和と瀬戸で遺体を抱き上げ、慎重に棺へと納めた。

 棺には誠一郎が愛用していたセーターや結婚式の時の写真等が次々に入れられていく。

 白布を被せられていない父の顔を見つめながら、美姫はマフラーを手にしていた。それは、誠一郎からのリクエストだった。

 小学生の時に佐和に手伝ってもらいながらも初めて美姫が自分で編み、クリスマスに父にプレゼントしたものだった。娘から手編みのマフラーを贈られた誠一郎は大喜びで、従業員たちに自慢して回った。ほつれ目が解けても気にせず、ずっと大切にしてくれていた。

 お父、様……

 父の顔がぼやけていく。視界が、涙の海で溺れていく。

 いい娘になれなくて、ごめんなさい。
 苦労ばかりかけてしまって、親不孝をしてしまって……ごめんなさい、お父様。

 後悔が後から後から湧き出て、美姫を責め立てる。美姫は癒えることのない悲しみのどん底に落ちていった。

 通夜は、都内にある葬儀場にて行われた。今までに多くの有名人の葬儀が数多く執り行われた、格式高い斎場だ。

 社葬は個人葬の2週間後に同じ斎場にて行われる為、財閥の人間は主だった重役のみに絞り、親戚や親しかった友人、知人に参列してもらうことにした。それでも、1000名まで収容できる会場には多くの弔問客が訪れていた。ニュースの影響なども考えると、明日の葬儀及び告別式には更に人が集まることだろう。

 誠一郎が亡くなってから翌日の通夜にもかかわらず、会場には彼の死を悼んで贈られた供花が会場を埋め尽くしていた。

 凛子は、黒羽二重に染め抜き五つ紋の長着で通夜式に参列していた。葬儀場につくまでは『心ここにあらず』といった感じだったが、通夜式が始まり弔問客が訪れると、悲しみを堪えて挨拶していた。
 
 一方美姫は、黒の膝下のシンプルなワンピースに真珠のネックレスをつけ、祭壇の父の写真をぼんやりと見つめて座っていた。時折弔問客に声を掛けられてお辞儀をするものの、全く覇気がなかった。

 通夜式が終わると、明日は葬儀式、告別式が待っている。祭壇の灯、線香を絶やさないため、今夜は葬儀場で一夜を過ごすことになる。

 だが、凛子と美姫は体力的にも精神的にも疲労がピークに達しているため、二人は家に帰し、大和と副社長である八郎の息子、淘汰とうたが担当することになった。八郎は誠一郎の父の姉の息子、つまり従兄弟になるので、淘汰も親族のひとりだ。

「助かります。ありがとうございます」

 頭を下げた大和に、淘汰もまた頭を下げた。

「いえ、いつもうちの父が色々とご迷惑をお掛けしていますから。誠一郎おじさんには幼い頃遊んでもらった覚えがあって、こんな時で申し訳ないですが、少しでもお役にたてたらと思いまして」

 八郎の息子とは思えないほど人のいい淘汰の言葉に、大和は驚きつつも感謝した。
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