上 下
53 / 124
板挟み

しおりを挟む
「分かりました。
 まずは、お二人がどれぐらい妊娠の成功率があるのか確認させてもらいます。大和さんは精液検査をご希望とのことでしたが、禁欲期間は守って頂けましたか」

 予約の際に精液検査を申し込んだ際、3日から4日間の禁欲期間を持たなければいけないことを大和は聞いていた。

「はい」

 美姫の前で質問されるとは思わず、歯切れ悪く答える。

 内藤は、そんな大和の気持ちには御構い無しで説明した。

「では、フロアの一番奥にある採精室に行ってもらえますか。精子の検査をしますので」
「分かり、ました……」

 大和は固い表情で頷いた後、美姫に安心させるように笑みを見せ、立ち上がった。美姫はそれを固い表情で見送った。
 
 医師が美姫に向き直り、問診表を手に取る。

「過去3ヶ月間の月経ですが、最後の月経は3ヶ月前ですか……かなり空いていますね。
 元々、生理不順な方ですか」

 美姫は頷いた。

「一時期ピルを飲んでいた時は生理が定期的に来るようになっていたんですが、1年ぐらい前にやめてからまた生理不順になりました。生理が来る時にはかなり重く、たぶん人よりも血液の量は多めだと思います」

 大和との性行為がなくなり、避妊の必要がなくなったので、1年ほど前からピルの服用をやめていた。生理不順であることは知っていたが、この問診表を書くまでは前回の生理が3ヶ月前だったとは気付かず、美姫自身も驚いていた。

「では、美姫さんには、まず血液検査を受けてもらいます。そこでエストロゲン(卵胞ホルモン)やLH(黄体化ホルモン)、FSH(卵胞刺激ホルモン)といったホルモン値を測ります。その後、経膣超音波検査を実施します」
「ぇ……」

 ど、どうしよう……今日は、話を聞くつもりだけで来たのに。

 看護師が、美姫を案内する。

「では、血液採取しますね」

 美姫は戸惑いながらも、腕を出した。

 血液採取が終わると、別の部屋に案内された。そこには診察台が置かれていたが、両足を引っ掛ける踏み台があり、分娩台のようだと美姫は感じた。中央はカーテンで仕切られている。

 看護師が声を掛けた。

「スカートを履かれているので、下着を脱ぐだけで大丈夫ですよ。脱いだ下着は籠の中に入れておいて下さい」
「はい」

 パンティを脱ぎ、籠の中に入れた。目隠し用の蓋があるのがありがたい。

 内診台に腰かけて待っている間、心もとなく、不安な気持ちに襲われた。

 本当に、これでいいの?

 父のことを思い、覚悟したはずなのにそんな思いが浮かび上がる。

 秀一の言葉が脳裏に響く。

『どうして子供をもつ覚悟もないのに、不妊治療など受けるのですか』

 あの時、秀一さんに言われたのに、私は結局ここに来てしまった。

 もし大和との子供を妊娠したら、秀一さんはなんて言うだろう……

 込み上がりそうになる思いを押し込んで唇をきつく結び、必死に耐えた。 

 その時、扉の向こう側から女性の悲痛な泣き声が聞こえてきた。聞いては悪いと思ったが、静まり返ったこの部屋にいると、はっきり聞こえてきてしまう。

「ウッ、ウゥッ……もぅ、やだ……また、駄目だ、なんて……ウグッ。
 どう、して……どうしてなのっっ!!」

 ヒステリックな中に落胆の籠った女性の声。

 そして、それを宥める男性の声。

「また……次、がんばろう。
 な? まだ、チャンスはある......」
「ッッもう私たち、6年も不妊治療続けてるのに……ッグ。もう歳だって、お金だって限界……ヴッ今、回が……最後の望みだって、かけてたのに……ウゥゥゥゥッ、ウッ、ヒック……」

 悲痛な女性の声を聞き、美姫の胸が苦しくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

Catch hold of your Love

天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。 決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。 当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。 なぜだ!? あの美しいオジョーサマは、どーするの!? ※2016年01月08日 完結済。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

甘々に

緋燭
恋愛
初めてなので優しく、時に意地悪されながらゆっくり愛されます。 ハードでアブノーマルだと思います、。 子宮貫通等、リアルでは有り得ない部分も含まれているので、閲覧される場合は自己責任でお願いします。 苦手な方はブラウザバックを。 初投稿です。 小説自体初めて書きましたので、見づらい部分があるかと思いますが、温かい目で見てくださると嬉しいです。 また書きたい話があれば書こうと思いますが、とりあえずはこの作品を一旦完結にしようと思います。 ご覧頂きありがとうございます。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

昨日、課長に抱かれました

美凪ましろ
恋愛
金曜の夜。一人で寂しく残業をしていると、課長にお食事に誘われた! 会社では強面(でもイケメン)の課長。お寿司屋で会話が弾んでいたはずが。翌朝。気がつけば見知らぬ部屋のベッドのうえで――!? 『課長とのワンナイトラブ』がテーマ(しかしワンナイトでは済まない)。 どっきどきの告白やベッドシーンなどもあります。 性描写を含む話には*マークをつけています。

処理中です...