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美姫は早朝に出勤して急ぎの仕事を片付けると内田に声を掛け、父の入院している病院に向かった。
特別病棟の扉に手を掛けると、中から笑い声が聞こえてくる。
この声は……
誠一郎を囲むように、凛子と大和が立っている。
美姫は、疎外感を覚えた。
私の、両親なのに……まるで、大和の方が本物の家族みたい。
お腹が絞られるような痛みを感じ、目眩がした。
こんな動揺している姿、お父様には見せられない。
しっかりしなくては。
病室に入ると、精一杯の笑顔を見せた。
「入院って聞いて心配していましたが、思っていたより元気でよかったです」
誠一郎は美姫を見つめると、嬉しそうに目を細めた。
「仕事が忙しいのに、わざわざ来てくれたのか。すまんな……」
「お父様、そんなこと言わないで下さい。大切な家族なんですよ、当たり前じゃないですか。
どう、か……心配させて下さい……ッグ」
美姫の感情が高ぶり、思わず瞳が潤んだ。凛子は肩を震わせ、目を逸らした。
「すま、ない……美姫」
誠一郎が申し訳なさそうに頭を下げた。
医師の話では、前回急性心筋梗塞で発作を起こした時もかなり危険な状態だったが、今は新たな動脈が塞がった部分の壊死が広がり、いつ発作が起こってもおかしくない状態だという。これが更に広がれば、心室細動という危険な致死的不整脈の発生の可能性が高まる。
心室細動が発生すると血圧はただちにゼロになるため、患者はその場で意識を失ってしまい、かなりの確率で生命の危険をもたらす。
「手術すれば、父はまた回復するんですよね?」
縋るように医師に確認したが、医師は目を伏せた。
「もちろんこちらでも手は尽くしますが、非常に難しいケースと言えます」
再び父が死んでしまうかもしれないという不安に陥り、美姫は顔を蒼白にした。
凛子は誠一郎に付き添う為に残り、大和が美姫を乗せて自宅へと帰る。運転しながら、大和は美姫に話しかけた。
「お父さんに、早く孫が出来たって報告してやりたいな」
大和の言葉に美姫の瞳が熱くなり、涙が浮かんでくる。
「ウッ……ウゥッ……」
「えっ!? ど、どうした、美姫?
お父さんなら、大丈夫だ。きっと手術は上手くいくから……
ごめ、俺が不安にさせたんだよな?」
焦りながら謝る大和に、美姫は首を振った。
「ちが、違うの……ッグ」
大和は車を路肩に停めた。肩を大きく震わせて泣く美姫に、どうしていいか分からず見つめることしか出来なかった。
やがて落ち着きを取り戻した美姫は、大和に告白する決意をした。
「あの……秀一さんの、衣装合わせした日。帰りに、エレベーターで二人きりになった時にキス、されて……私、拒みきれなかった」
大和の表情が険しくなる。
「あいつと……セックス、したのか?」
美姫は、俯いた。
「最後までは、してない……
でも、その時の私は秀一さんが止めてなかったら……流されていたと思う」
大和は唇を噛み締め、ガンッとハンドルを叩きつけた。
「あいつに無理やり迫られて、そうなったんだろう?
美姫、お前のせいじゃない!!」
大和の言葉に美姫の心がグラリと揺れる。
「わた、しは……二人になるって分かった時点で、逃げ出すことが出来たのにそれをしなかった。拒みながらも、それを心で望んでいたから、受け入れてしまった。
私は、大和が千代菊さんと浮気した時にあれ程傷ついたのに、同じことをしてしまったの。最低……最低な、女なの、私は……」
大和がグッと両手の拳を握り締め、声を張り上げる。
「違う! 違う! 悪いのは、あいつなんだ!!
お前はあいつにたぶらかされただけだ!!」
特別病棟の扉に手を掛けると、中から笑い声が聞こえてくる。
この声は……
誠一郎を囲むように、凛子と大和が立っている。
美姫は、疎外感を覚えた。
私の、両親なのに……まるで、大和の方が本物の家族みたい。
お腹が絞られるような痛みを感じ、目眩がした。
こんな動揺している姿、お父様には見せられない。
しっかりしなくては。
病室に入ると、精一杯の笑顔を見せた。
「入院って聞いて心配していましたが、思っていたより元気でよかったです」
誠一郎は美姫を見つめると、嬉しそうに目を細めた。
「仕事が忙しいのに、わざわざ来てくれたのか。すまんな……」
「お父様、そんなこと言わないで下さい。大切な家族なんですよ、当たり前じゃないですか。
どう、か……心配させて下さい……ッグ」
美姫の感情が高ぶり、思わず瞳が潤んだ。凛子は肩を震わせ、目を逸らした。
「すま、ない……美姫」
誠一郎が申し訳なさそうに頭を下げた。
医師の話では、前回急性心筋梗塞で発作を起こした時もかなり危険な状態だったが、今は新たな動脈が塞がった部分の壊死が広がり、いつ発作が起こってもおかしくない状態だという。これが更に広がれば、心室細動という危険な致死的不整脈の発生の可能性が高まる。
心室細動が発生すると血圧はただちにゼロになるため、患者はその場で意識を失ってしまい、かなりの確率で生命の危険をもたらす。
「手術すれば、父はまた回復するんですよね?」
縋るように医師に確認したが、医師は目を伏せた。
「もちろんこちらでも手は尽くしますが、非常に難しいケースと言えます」
再び父が死んでしまうかもしれないという不安に陥り、美姫は顔を蒼白にした。
凛子は誠一郎に付き添う為に残り、大和が美姫を乗せて自宅へと帰る。運転しながら、大和は美姫に話しかけた。
「お父さんに、早く孫が出来たって報告してやりたいな」
大和の言葉に美姫の瞳が熱くなり、涙が浮かんでくる。
「ウッ……ウゥッ……」
「えっ!? ど、どうした、美姫?
お父さんなら、大丈夫だ。きっと手術は上手くいくから……
ごめ、俺が不安にさせたんだよな?」
焦りながら謝る大和に、美姫は首を振った。
「ちが、違うの……ッグ」
大和は車を路肩に停めた。肩を大きく震わせて泣く美姫に、どうしていいか分からず見つめることしか出来なかった。
やがて落ち着きを取り戻した美姫は、大和に告白する決意をした。
「あの……秀一さんの、衣装合わせした日。帰りに、エレベーターで二人きりになった時にキス、されて……私、拒みきれなかった」
大和の表情が険しくなる。
「あいつと……セックス、したのか?」
美姫は、俯いた。
「最後までは、してない……
でも、その時の私は秀一さんが止めてなかったら……流されていたと思う」
大和は唇を噛み締め、ガンッとハンドルを叩きつけた。
「あいつに無理やり迫られて、そうなったんだろう?
美姫、お前のせいじゃない!!」
大和の言葉に美姫の心がグラリと揺れる。
「わた、しは……二人になるって分かった時点で、逃げ出すことが出来たのにそれをしなかった。拒みながらも、それを心で望んでいたから、受け入れてしまった。
私は、大和が千代菊さんと浮気した時にあれ程傷ついたのに、同じことをしてしまったの。最低……最低な、女なの、私は……」
大和がグッと両手の拳を握り締め、声を張り上げる。
「違う! 違う! 悪いのは、あいつなんだ!!
お前はあいつにたぶらかされただけだ!!」
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