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狡い女
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『来栖様あてに、外線が入っております』
ホテルの従業員が流暢な日本語で案内する。或いは、日本人スタッフかもしれない。
「分かりました。ありがとうございます」
電話の切替音が響くのを待つ間、今まで高まっていた熱が一気に引いていくのを感じた。
『もしもし、美姫か!?』
大和......
美姫からの連絡が来ないので耐えきれず、大和がホテルに直接電話してきたのだった。何か会った時の連絡先として、宿泊のホテルと部屋番号は事前に伝えていた。
「大和、ごめんね。
今、帰ったとこだったの」
そう言いながら、バーにいた時に大和から電話がかかってきたのが何時だったか考えていた。小百合と別れてタクシーに乗ったのが10時半で、そこからホテルまでは20分ぐらいだったから、恐らく電話があってから今までは1時間半ぐらいのはずだ。
『そっか.....』
大和が息を吐いたのが電話越しに伝わって来る。
それから少しの間が空き、躊躇いがちに大和が尋ねた。
『今、ひとりか?』
「うん」
部屋には秀一はおらず、本当のことを話しているにも関わらず、美姫は後ろめたい気持ちが広がっていた。それは、先ほど秀一を想って自慰をしてしまったという背徳感からだった。
『あいつに......何かされたか?』
美姫の肩がビクッと震える。『何もされていない』と言い返そうとした瞬間、秀一の言葉が脳裏に響く。
『そうして、なんでもかんでも隠そうとするから、嘘をついていることが苦しくなる。
その嘘を突き通す為に、己の首を絞めることになる......そうではありませんか?』
そうだ、またここで嘘をつけば、苦しくなるだけ......
「背中を抱きしめられて......首の、後ろに......噛みつかれた」
大和は予想外の答えを聞き、素っ頓狂な声を上げた。
『は!? か、噛まれたのか!?』
「うん......」
『他、には......?』
「帰り際に、手の甲に口づけされた」
『っの、キザ野郎!』
大和が舌打ちする。だが、怒りながらも安心しているような響きも感じ取れた。
美姫は、密かに切ない息を吐いた。
そう、秀一さんが触れたのはそれだけ。
それだけ、なのに......
こんなにも、私を支配してしまえる。
肉欲を掻き立て、淫らにし、乱れさせてしまう。
---私は彼の枷から抜け出せていなかったのだと、ことごとく思い知らされる。
大和の低い声が電話越しに落とされる。
『ごめん......美姫を、疑うような真似して。
俺がお前を責められる立場にないってことは分かってるけど、どうしてもあいつにだけは、お前を取られたくないんだ』
美姫は、なんと言っていいか分からなかった。
自分の気持ちは、確実に秀一にある。それは大和も知っているはず。
それなのに、美姫は大和を夫という立場に繋ぎとめようとし、大和は秀一を愛している美姫を手放そうとはしない。
この奇妙な夫婦関係は、いつまで続いていくのだろう。苦しくなるばかりだとは分かっていても、そこから抜け出すことは出来なかった。
何も答えない美姫に、大和は明るく切り出した。
『美姫が無事に部屋に戻ったことだし、俺そろそろ寝るわ。
明日のフライト、何時だっけ?』
「夜7時20分発のJALに乗って、成田に着くのは9時半だから、家に着くのは11時過ぎると思う」
『迎えに行くから』
「え、いいよ! 仕事で疲れてるのにわざわざ成田まで行くの、大変でしょ?
空港には畑中さんが迎えに来てくれるし」
大和の真剣な声が耳に届く。
『俺が、美姫に会いたいんだ......』
美姫の胸がズクンと痛んだ。
「分かっ、た......」
どうして私は、大和を拒めないんだろう。
ホテルの従業員が流暢な日本語で案内する。或いは、日本人スタッフかもしれない。
「分かりました。ありがとうございます」
電話の切替音が響くのを待つ間、今まで高まっていた熱が一気に引いていくのを感じた。
『もしもし、美姫か!?』
大和......
美姫からの連絡が来ないので耐えきれず、大和がホテルに直接電話してきたのだった。何か会った時の連絡先として、宿泊のホテルと部屋番号は事前に伝えていた。
「大和、ごめんね。
今、帰ったとこだったの」
そう言いながら、バーにいた時に大和から電話がかかってきたのが何時だったか考えていた。小百合と別れてタクシーに乗ったのが10時半で、そこからホテルまでは20分ぐらいだったから、恐らく電話があってから今までは1時間半ぐらいのはずだ。
『そっか.....』
大和が息を吐いたのが電話越しに伝わって来る。
それから少しの間が空き、躊躇いがちに大和が尋ねた。
『今、ひとりか?』
「うん」
部屋には秀一はおらず、本当のことを話しているにも関わらず、美姫は後ろめたい気持ちが広がっていた。それは、先ほど秀一を想って自慰をしてしまったという背徳感からだった。
『あいつに......何かされたか?』
美姫の肩がビクッと震える。『何もされていない』と言い返そうとした瞬間、秀一の言葉が脳裏に響く。
『そうして、なんでもかんでも隠そうとするから、嘘をついていることが苦しくなる。
その嘘を突き通す為に、己の首を絞めることになる......そうではありませんか?』
そうだ、またここで嘘をつけば、苦しくなるだけ......
「背中を抱きしめられて......首の、後ろに......噛みつかれた」
大和は予想外の答えを聞き、素っ頓狂な声を上げた。
『は!? か、噛まれたのか!?』
「うん......」
『他、には......?』
「帰り際に、手の甲に口づけされた」
『っの、キザ野郎!』
大和が舌打ちする。だが、怒りながらも安心しているような響きも感じ取れた。
美姫は、密かに切ない息を吐いた。
そう、秀一さんが触れたのはそれだけ。
それだけ、なのに......
こんなにも、私を支配してしまえる。
肉欲を掻き立て、淫らにし、乱れさせてしまう。
---私は彼の枷から抜け出せていなかったのだと、ことごとく思い知らされる。
大和の低い声が電話越しに落とされる。
『ごめん......美姫を、疑うような真似して。
俺がお前を責められる立場にないってことは分かってるけど、どうしてもあいつにだけは、お前を取られたくないんだ』
美姫は、なんと言っていいか分からなかった。
自分の気持ちは、確実に秀一にある。それは大和も知っているはず。
それなのに、美姫は大和を夫という立場に繋ぎとめようとし、大和は秀一を愛している美姫を手放そうとはしない。
この奇妙な夫婦関係は、いつまで続いていくのだろう。苦しくなるばかりだとは分かっていても、そこから抜け出すことは出来なかった。
何も答えない美姫に、大和は明るく切り出した。
『美姫が無事に部屋に戻ったことだし、俺そろそろ寝るわ。
明日のフライト、何時だっけ?』
「夜7時20分発のJALに乗って、成田に着くのは9時半だから、家に着くのは11時過ぎると思う」
『迎えに行くから』
「え、いいよ! 仕事で疲れてるのにわざわざ成田まで行くの、大変でしょ?
空港には畑中さんが迎えに来てくれるし」
大和の真剣な声が耳に届く。
『俺が、美姫に会いたいんだ......』
美姫の胸がズクンと痛んだ。
「分かっ、た......」
どうして私は、大和を拒めないんだろう。
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