<完結>【R18】愛するがゆえの罪 10 ー幸福の基準ー

奏音 美都

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不意打ち

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 秀一が呆気にとられる美姫にフッと笑みを溢した。

「貴女は私を迎えに行こうとし、飛行機に乗る直前で引き返した。
 そう、レナードから聞きました」
「えぇ、そうです......」

 美姫は、胸が潰れそうな思いで返事した。

「だから、私はウィーンへ戻る決心をしたのです。
 絶対に赦されるはずなどないと思っていた貴女が、私を迎えに来ようとしていた。貴女の気持ちは、完全に羽鳥 大和のものになったわけではない。美姫はまだ私への愛情があり、気持ちが揺れていると知ったのですから」
「ッ......」

 美姫は真実を言い当てられ、俯いた。

「貴女の揺れる心を知り、今の貴女の生活を知った時に......貴女をこの腕に取り戻す決心をしたのです。
 美姫を、今度こそ幸せにする為に」

 秀一の言葉が胸を貫く。

 ずっと聞きたかったその言葉を聞き、否が応にも期待が高まり、そうなれたらどんなにいいかと夢見てしまう。

 けれど、今の美姫は秀一と付き合った当初のような何も知らない無垢な女ではなかった。

「そんなの、無理です。分かっているでしょう?
 私たちは一度何もかも捨て、二人だけの世界に生きようとしました。けれど、それは叶いませんでした。

 秀一さんは狂気に囚われ、ピアノを捨てることは出来なかった。私は、両親や財閥を裏切ることが出来なかった。同じ過ちを繰り返すわけにはいかないんです。

 今の私は、あの頃よりも更に大きなものを抱えているんです。逃げ出すことなんて、出来ません」

 秀一が睫毛を伏せる。

「以前の私達では、無理でした。私達は、あまりにも弱く、脆かった......

 けれど、様々な経験を経て、分かった筈です。
 お互いの存在が、どれだけ必要か。どれ程求めているのかを......」

 美姫は堪えきれなくなり、自らの躰を抱き締めた。今、同じ空間にいて、同じ空気を吸っているというだけで、美姫の細胞が秀一を欲しているのを感じていた。もし、しがらみも何もなければ、今すぐにでも秀一の胸に飛び込み、力強く抱き締めて欲しい。

 けれど、そんなこと出来ない。

 どうして秀一がそんなことを言えるのか、美姫には理解出来なかった。

 秀一は寛いでいた脚と共に瞳を真っ直ぐに向けた。

「ウィーンに戻った私は、まず心理カウンセリングを受けることから始めました。貴女とのことだけでなく、過去の出来事を全て話し、今まで封印していた痛みや辛さ、憎しみ......全ての膿を吐き出したのです」

 秀一、さんが......!?
 信じられない。

 たとえ相手が心療カウンセラーであろうとも、彼の内面を美姫以外の者に打ち明けるなど考えられなかった。

 驚愕する美姫に、秀一は睫毛を揺らした。

「このままの私では......貴女を苦しめ、壊してしまうだけだと思ったから、変わろうと決意したのですよ。
 私は貴女と、死んでも構わないと思える程の恋愛ではなく、一緒に生きていきたいと思える程の恋愛をしたいのです」
「ゥッ......」

 不覚にも涙が溢れてきて、美姫は両手で口と目頭を押さえた。

 秀一さんは、私を取り戻すために......そこ、までしたの!?
 あれ程、人に弱みを見せない秀一さんが。

 『一緒に生きていきたいと思える恋愛』
 それは、まさに美姫が求めているものであり、渇望しているものだった。

 秀一とは、叶うはずないと思った。
 大和となら、叶えられると思った。

 そんな、願いだった。
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