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降臨

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 その時、急に会場の後ろがざわざわし始めた。興奮と緊張を含んだような空気が会場を包んでいく。

 その騒めきは、まるで津波のように押し寄せてきた。

 なんだろう......

 美姫が後ろを振り返ると、一人の男性がこちらに向かって歩いてくる。

 周りの人々は彼に視線を向け、追いかけながらも決して話しかけようとはしない。いや、彼の崇高なオーラがそれを阻んでいるのだ。

 彼が歩く先から、どんどん道が開かれていく。流れている音楽や人々の騒めきが聴こえなくなり、時間さえも止まってしまったような感覚に陥った。

 美姫は、その男性をまるで夢でも見ているかのように見つめていた。



 信じ、られない......



 信じられないと思っているのは美姫だけではなかった。隣に立つ誠一郎も、凛子ですら驚愕の眼差しで見つめている。

「兄様、お久し振りです」

 秀一は、柔らかな笑みを誠一郎に向けた。以前のように黒髪が肩先で艶かしく揺れ、切れ長のライトグレーの瞳は金縁の細いフレームのレンズから変わることなく美しく煌めき、匂うほどの色香を漂わせている。

 洗練されたデザインが人気のフランスブランドの燕尾服は深い夜のような光沢のある紺で、襟の部分が光沢のある黒でジレと同色となっていた。それに白いシャツと最上級の礼服であることを示すホワイトタイで合わせている。その完璧な着こなしに、周囲の女性達からは溜息が溢れていた。

 3年という月日を経て彼の目尻や頬には年輪を感じさせるものがあったが、ますます深まった男らしさと色香に渋さが加わり、より魅力的な男性となっていた。

「お、お前......
 どう、して......ここに......」

 誠一郎は穏やかな秀一とは対照的に、明らかに動揺し、声を上擦らせていた。

「来栖財閥150周年の記念パーティーですから、私も親族の一員として当然出席しなければならないでしょう?
 招待したのは兄様ではありませんか。フフッ、お忘れですか?」

 報道陣も大勢いる中、誠一郎は秀一に話を合わせるしかなかった。差し出された手を握り返すと、たくさんのフラッシュが焚かれた。

「いや、すまん。まさか出席してもらえるとは思わなかったもんでな。
 来てくれて、嬉しいよ」

 誠一郎は強張った笑みを浮かべた。

 秀一を認めた時は一瞬顔を青ざめたものの、さすが凛子は平静を取り戻していた。微笑みながら、自ら手を差し出す。

「秀一さんとずっと連絡がとれなかったので、どうしているかと心配していたのですよ。
 お元気そうでよかったわ」

 秀一は百戦錬磨の義姉の鉄壁な守りに、艶やかな笑みを返す。

「ありがとうございます。
 姉様たちもお元気そうで、安心しました」

 秀一の視線が、凛子の横にいる美姫を捉える。その視線はそれまで誠一郎や凛子に向けられていたものの、彼の意識はずっと自分に向けられていることを美姫はひしひしと感じていた。

「美姫......」

 秀一の低く艶のある声で名前を呼ばれ、それだけで美姫は顔が熱くなり、全身が震えた。今までの自制心も罪悪感も何もかも忘れ、彼の声に蕩かされてしまいそうになる。

 溢れそうになる涙を必死に堪え、美姫は笑顔を繕った。

「お久しぶり、です」

 名前を呼ぶことさえ、躊躇われた。
 想いが、溢れ出してしまいそうだったから。

「貴女は、相変わらず美しい......」

 艶麗な笑みを向けられ、美姫の心臓がドクン、と激しく跳ねた。全身が熱く滾り、眠っていた細胞のひとつひとつが呼び覚まされていくようだった。激しい動揺が美姫の心を大きく揺さぶる。 

 お願い、覚まさせないで。
 どうか、止めて......
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