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第四章 逃走
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いつも騒がしい声に包まれているずらりと並んだ靴箱が並んだ昇降口は、ひっそりと静まり返っていた。短い階段を上ると、正面が廊下で左側には入試部と事務室、右側に保健室とカウンセラールームがある。廊下はいつもより薄暗く感じ、緑のリノリウムの床が上履きにやけにくっついて音を鳴らす。
歩きながら、自然といつもの学校の風景が甦ってくる。右手の職員室に何かの用事で入らなくちゃいけない時には、常に何人かの先生や事務員さんがいるから緊張した。その隣の印刷室からは、絶えず印刷するガシャーン、ガシャーンという音が響いていた。廊下を挟んだ反対側には購買と食堂があって、お昼にはパンやおにぎりを買うためにたくさんの生徒で賑わっていた。コンビニでお昼を買ってから登校する私はあまり行かなかったけど、くまっちは購買の焼きそばパンが好きで、いつもお昼のチャイムが鳴るとダッシュで購買に走ってたっけ。
進路指導室を通って生徒会室まで来ると、4組の松下くんがちらりと窓から中を覗いた。生徒会で会計だった松下くんには、ここでの思い出があるのだろう。
階段を上がると、3年生の教室と化学室がある。
「ちょっといいか?」
光くんがみんなを待たせ、化学準備室の中へと入っていく。本当は外で待っていなくちゃいけないのは分かってるんだけど、一度も入ったことのない光くんの学校での根城に興味を惹かれ、思わず後に続いて入っていった。
長細く狭いスペースの真ん中には化学室にも置かれている長テーブルがどんと居座っていて、パソコンの隣には本やら書類やらが山積みになっていた。左手には背の高いガラス棚が3つ並び、その隣の書棚にはぎっしり書籍が並べられていて、入りきらない本が上に積み重ねてある。『現代有機化学』や『基礎高分子科学』等、見ただけで頭が痛くなるような難しいタイトルの本ばかりが置いてあった。
ここが、光くんが授業のない時に過ごしてる場所なんだ。
こんなことがなければ、一度も入ることはなかったかもしれない。化学室の薬品や埃に混じって、光くんの匂いを感じるような気がして、鼻をスンと鳴らした。
「へぇー、化学準備室ってこんな風になってたんだ」
私に続いて入ってきた翔は、物珍しそうにガラス棚を覗いたり、書類を手に取ったりしていた。
「勝手にあちこち触るなよ」
書類の山の向こうにいる光くんが、引き出しを開ける音を響かせながら声をかける。
「よし、行くか」
光くんはバッグパックを手に、準備室を後にした。
3階が2年生の教室が入っている階になる。いつも登校する時は反対側の階段を使うので、こちらからだと1組の教室は一番遠くにある。階段を上るとすぐにあるのが美術室で、通り過ぎる際、美術部の京ちゃんは寂しそうに教室を見つめていた。
「美術室、入る?」
「ううん。入ると、辛くなりそうだから」
「そっ、か」
それぞれの場所に、それぞれの思い出が残ってる。その場所も、記憶も全て、呑み込まれてしまうんだ。
美術準備室の隣が、2年4組の教室だった。光くんが教室の扉を開け、松下くんが続いて入っていく。4組の生徒でない私は中に入るのが躊躇われ、廊下で待っていることにした。それぞれの机の上には教科書やノート、筆記用具やスナックなんかが乱暴に置かれたままで荒涼としていて、寒々しさを覚える。
松下くんは自分の席へと歩いていき、机の横にかけてあるスクバを取ると不要なものを机の上に並べていった。松下くんとは1年でも同じクラスになったことがなく、生徒会で会計を担当していることから名前を知っているだけだった。肌が白くて黒縁のメガネをかけ、少し長めの重い前髪を眼鏡のフレームと同じぐらいの位置で切り揃えていて、真面目で神経質そうな印象があった。
松下くんは、どんな事情で学校に残るんだろう。
気になったけど、私だって聞かれたくない事情があるから、尋ねることは出来なかった。
光くんは一番前の窓側の机にかけてあるスクバからお弁当を取り出すと、先ほど準備室から持ってきたバッグパックに入れた。
「町田先生、何してるんですか!?」
京ちゃんが目を丸くし、廊下越しに扉から声を上げた。
歩きながら、自然といつもの学校の風景が甦ってくる。右手の職員室に何かの用事で入らなくちゃいけない時には、常に何人かの先生や事務員さんがいるから緊張した。その隣の印刷室からは、絶えず印刷するガシャーン、ガシャーンという音が響いていた。廊下を挟んだ反対側には購買と食堂があって、お昼にはパンやおにぎりを買うためにたくさんの生徒で賑わっていた。コンビニでお昼を買ってから登校する私はあまり行かなかったけど、くまっちは購買の焼きそばパンが好きで、いつもお昼のチャイムが鳴るとダッシュで購買に走ってたっけ。
進路指導室を通って生徒会室まで来ると、4組の松下くんがちらりと窓から中を覗いた。生徒会で会計だった松下くんには、ここでの思い出があるのだろう。
階段を上がると、3年生の教室と化学室がある。
「ちょっといいか?」
光くんがみんなを待たせ、化学準備室の中へと入っていく。本当は外で待っていなくちゃいけないのは分かってるんだけど、一度も入ったことのない光くんの学校での根城に興味を惹かれ、思わず後に続いて入っていった。
長細く狭いスペースの真ん中には化学室にも置かれている長テーブルがどんと居座っていて、パソコンの隣には本やら書類やらが山積みになっていた。左手には背の高いガラス棚が3つ並び、その隣の書棚にはぎっしり書籍が並べられていて、入りきらない本が上に積み重ねてある。『現代有機化学』や『基礎高分子科学』等、見ただけで頭が痛くなるような難しいタイトルの本ばかりが置いてあった。
ここが、光くんが授業のない時に過ごしてる場所なんだ。
こんなことがなければ、一度も入ることはなかったかもしれない。化学室の薬品や埃に混じって、光くんの匂いを感じるような気がして、鼻をスンと鳴らした。
「へぇー、化学準備室ってこんな風になってたんだ」
私に続いて入ってきた翔は、物珍しそうにガラス棚を覗いたり、書類を手に取ったりしていた。
「勝手にあちこち触るなよ」
書類の山の向こうにいる光くんが、引き出しを開ける音を響かせながら声をかける。
「よし、行くか」
光くんはバッグパックを手に、準備室を後にした。
3階が2年生の教室が入っている階になる。いつも登校する時は反対側の階段を使うので、こちらからだと1組の教室は一番遠くにある。階段を上るとすぐにあるのが美術室で、通り過ぎる際、美術部の京ちゃんは寂しそうに教室を見つめていた。
「美術室、入る?」
「ううん。入ると、辛くなりそうだから」
「そっ、か」
それぞれの場所に、それぞれの思い出が残ってる。その場所も、記憶も全て、呑み込まれてしまうんだ。
美術準備室の隣が、2年4組の教室だった。光くんが教室の扉を開け、松下くんが続いて入っていく。4組の生徒でない私は中に入るのが躊躇われ、廊下で待っていることにした。それぞれの机の上には教科書やノート、筆記用具やスナックなんかが乱暴に置かれたままで荒涼としていて、寒々しさを覚える。
松下くんは自分の席へと歩いていき、机の横にかけてあるスクバを取ると不要なものを机の上に並べていった。松下くんとは1年でも同じクラスになったことがなく、生徒会で会計を担当していることから名前を知っているだけだった。肌が白くて黒縁のメガネをかけ、少し長めの重い前髪を眼鏡のフレームと同じぐらいの位置で切り揃えていて、真面目で神経質そうな印象があった。
松下くんは、どんな事情で学校に残るんだろう。
気になったけど、私だって聞かれたくない事情があるから、尋ねることは出来なかった。
光くんは一番前の窓側の机にかけてあるスクバからお弁当を取り出すと、先ほど準備室から持ってきたバッグパックに入れた。
「町田先生、何してるんですか!?」
京ちゃんが目を丸くし、廊下越しに扉から声を上げた。
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