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第三章 翔との別れ

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 フッと顔を上げると、いつの間にか講堂の出口に立っていて、でもそこには翔の姿が見えなかった。

 ぇ、嘘。

「す、すみません翔っ、いえ、吉田くんは?」

 出口に立つ中西先生に、慌てて尋ねる。

「あぁ、吉田ならもうお母さんと一緒に帰ってったぞ」

 そう答えられて、唖然とする。京ちゃんが中西先生に向かって叫んだ。

「先生、扉を開けて!! 私たち、吉田くんにまださよなら言ってない!! ちゃんとお別れ、言えてないんです!!」
「え? まいったな。本当は、保護者引き渡しの時だけしか扉は開けちゃいけないって言われてるんだけど。特別だぞ。外には出るなよ?」

 念を押してから、中西先生が扉に手をかける。

 ガラガラと開けた扉の向こうには、3段の階段の先にコンクリートで固められた鋪道が真っ直ぐ伸びていて、その両脇には青々とした芝生と背の低い木が等間隔に植えられている。澄み切った水色の空にもくもくと湧き上がる白い入道雲。遠くに見えるプールの水面は、太陽の光に照らされてキラキラと光っていた。いつも見慣れている光景のはずなのに、自分たちのいる世界はこうも美しく優しい世界だったのかと小さく驚き、涙が込み上げてきた。

 扉に手をかけて左右を見渡したけど、翔は既に右折した先にある駐車場に行ってしまったのか、姿が見えなかった。

「翔ーー!! 翔ーーっ!!」 
「戻ってきてよ、翔ーーっっ!! まだ、『また、明日』って言えて……ない…ッグ」

 ありったけの声を出して叫んだ。京ちゃんが飛び出そうとして、中西先生の筋肉質な太い腕に掴まれた。

「おぉっと、外には出るなよ」
「ちょっとだけだから! 翔に声かけるだけだからぁ!! ッグお、願……ッッ」

 けれど、私たちが外へ出るのを許されることはなく、再び扉が硬く閉ざされてしまった。

「ウッ、ウッ……ウゥッ」

 膝から崩れ、京ちゃんが泣き出した。

「京ちゃん」

 短く息を吐き、膝を曲げると京ちゃんを抱き締める。

 京ちゃん、やっぱり翔のことが好きなんだよね? いつから、好きだったの? どうして、何も言ってくれなかったの?
 私は……京ちゃんの気持ちを知らずに、ずっと傷つけてたの?

「ごめ。ごめんね、京ちゃん」

 私の言葉に、京ちゃんが涙に濡れた顔を上げる。

「ち、違うっっ!! 違う、の私、そんなッつもりじゃ、なくて」

 その時、外の扉がガンガンと叩かれ、私たちの会話が中断される。

 中西先生が何事かと扉を開けると、そこには去ったはずの翔が息を切らしながら、立っていた。

「ハァッ、ハァッ先生、俺ここに残る」
「はぁ!? 何を言ってんだ、お前は。親御さんはどうした?」

 翔が手に持ったスマホを中西先生に渡す。受け取った先生は耳に当て、翔のお母さんと話し始めたようだった。

「翔、どうして」

 複雑な気持ちで翔を見上げる。

「母さんと父さんには、今までの感謝の気持ちを伝えた。それでも、学校に残りたいって説得したんだ。
 俺は、ここでお前と、最期を迎えたいから」

 翔はそう私に言いながらも、ほんの一瞬だけチラッと京ちゃんに目線が動いた。

 翔のお母さんと話し合いを終えた中西先生が、苦い顔で翔にスマホを返す。

「お母さんから学校で保護してくれるよう、頼まれた。ここにいると他の生徒たちの邪魔だ。別のところで待機してろ」

 言っている側から名前を呼ばれた生徒が来て、保護者の方も出口に立っていた。

「ご、ごめんなさいっっ」

 慌てて立ち退き、そこから離れた。
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