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幼い姪は美麗な叔父に結婚の誓いをたてる
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サラがパタパタと靴音を鳴らして嬉しそうにこちらに駆けてくるのが見える。
「スティ!」
「サラ……」
サラの目線の高さまで座って待っていると、ボスッという音ともに胸に飛び込んでくる。チョコレートの甘い匂いが鼻を擽る。きっと、おやつの時間にでも食べたのだろう。
天使の輪が出来ている艶のある髪を撫でてやると、猫のように仰向けになって甘えてくる。
本当に……天使なのかも、しれないですね。私の為に舞い降りてきてくれた天使……
無邪気なサラは、大きな黒目をパチパチと瞬きさせてから飛び上がった。
「スティ、『けっこんしき』するから、こっちきてください!」
「え……結婚式、ですか?」
「アミーが、ゆってました。『けっこんしき』は、だいすきな人とすると。ですから、これからスティと『けっこんしき』するのです。
ほら、スティ、はやくきてください!」
「サラ、そんなに走ったら転びますよ」
サラは私の手を引っ張りながら、裏庭へと連れ出した。どうやら倉庫を教会に見立て、この前で結婚式を挙げるつもりらしかった。
サラは背中からリュックサックを取り出すと、草の上に並べた。
「ふふ。おかーさまとおでんわしたときに、『けっこんしき』になにがいるか、きいたのです」
白いパーティードレス、それに合わせたヒール。カフェカーテン用のレース、おもちゃの指輪、アルミホイルで作った指輪。『Sarah』『Stephan』と個性的な字で書かれた紙まで用意してあった。
そして、参列者と思われるぬいぐるみ達を慎重に並べていった。私がサラに誕生日の時に買ってあげた大のお気に入りの英国老舗デパート限定のテディベアは、一番前に陣取っていた。
「さぁ、スティもてつだってください!」
サラは、裏庭に咲いている薔薇を摘み取って、空になったリュックサックに入れ始めた。
「何をしているのですか?」
「『けっこんしき』のあとにね、おはなをバアッて、まくのだとききました!」
ぬいぐるみの参列者にはフラワーシャワーは頼めないので、結局、式を挙げた自分達がフラワーシャワーをするのかと考えるとおかしかったが、サラは至って真面目なので、付き合うことにした。
「サラ、待って下さい。薔薇なら私が……」
サラが棘に指を刺されでもしたら、と思い止めようとすると、
「いたっ!」
心配が的中してしまう。どうやら、棘は刺さっていないようだ。少し血が出てしまっているが、ほんの僅かなかすり傷だった。
「可哀想に……」
小さな指を手に取り、血の出ている部分を唇に当てた。サラは、神妙な顔つきで見ている。
「すみ、ません……スティが、とめようとしてくれてましたのに……」
「いいのですよ。でも、これからは私に薔薇は摘ませて下さいね」
私が薔薇を摘み取り、サラにはリュックサックの中で花弁をバラバラにしてもらった。
後で庭師が来たら、驚くでしょうね……
「さ、よういはできましたわ!」
まるで淑女のようにサラが振る舞う姿を微笑ましく見ていると、サラの指示が飛んできた。
「スティ、『おむこさん』はむこうでまってるのですよ!」
「はいはい、分かりましたよ」
教会に見立てた倉庫の前で佇んでいると、サラが例のテディベアを抱いてしずしずと歩いてきた。どう見てもリードしているのはサラだが、本人の空想の中ではテディベアの父親と腕を組んで歩く花嫁なのだ。
テディベアを席へと戻すと、真剣な表情で向き合った。サラは白いドレスにレースのカフェカーテンを頭に乗せ、上目遣いに見てきた。
「どう、ですか……?」
「ええ、とても可愛いですよ」
その言葉にサラは嬉しそうに微笑んだ。
「スティ、ここに『さいん』してください」
結婚誓約書にはペンまで添えてあり、用意がいい。掌に乗せて、なんとかサインした。サラもそれを真似てやってみるが、紙に大きな穴が開いてしまった。
「すみません……」
「大丈夫ですよ」
サラにはおもちゃの指輪をはめ、私にはアルミホイルで作った手作りの指輪を巻いてくれた。
「スティ、わたしの……サラの、『おむこさん』になってくれますか?」
「えぇ、もちろんですよ」
サラの顔が花が咲いたようにぱぁっと明るくなる。
「ふふ、じゃあわたしは、スティの『およめさん』になってあげますね?」
そして、真っ直ぐに立つと私に向かって背伸びをした。
「はいっ!」
「え?」
「『けっこんしき』では、『くちづけ』をするんですよね?」
サラは、背伸びをしても全く届かない背丈を頑張って届かせようとヒールの靴の踵をぶらぶらさせながら、懸命に背伸びしていた。しっかりと目まで瞑っている。
膝を曲げ、その愛らしく染まった頬に軽く口付けた。
「えぇっ、ほっぺですか? えほんでは、プリンセスはおうじさまからくちびるにくちづけをしてもらってましたよ」
頬への感触に、期待が外れてサラが不満げな表情を見せる。
「そうですね、プリンセス。では……」
軽く唇を重ねるとサラの顔がたちまち真っ赤になった。
「これで、満足ですか?」
「は、はい……」
リュックサックから花弁を取り出し、両手で空高く舞い上げる。サラはドレスにわざと花弁がかかるようにくるくると踊るように回っていた。
「ねぇ、スティ」
「何ですか?」
「スティ、だぁいすき!!」
「私も……サラのことが好きですよ」
サラは……いつか私とは結婚出来ない関係だと知るのでしょう。そして、他の男を愛すようになり、いつかは結婚する……なんだか、娘を奪われる父親のような心境ですね。
大人になったステファンのデスクの引き出しには、結婚誓約書とアルミホイルで作った指輪が未だ捨てられずに眠っていた。
「スティ!」
「サラ……」
サラの目線の高さまで座って待っていると、ボスッという音ともに胸に飛び込んでくる。チョコレートの甘い匂いが鼻を擽る。きっと、おやつの時間にでも食べたのだろう。
天使の輪が出来ている艶のある髪を撫でてやると、猫のように仰向けになって甘えてくる。
本当に……天使なのかも、しれないですね。私の為に舞い降りてきてくれた天使……
無邪気なサラは、大きな黒目をパチパチと瞬きさせてから飛び上がった。
「スティ、『けっこんしき』するから、こっちきてください!」
「え……結婚式、ですか?」
「アミーが、ゆってました。『けっこんしき』は、だいすきな人とすると。ですから、これからスティと『けっこんしき』するのです。
ほら、スティ、はやくきてください!」
「サラ、そんなに走ったら転びますよ」
サラは私の手を引っ張りながら、裏庭へと連れ出した。どうやら倉庫を教会に見立て、この前で結婚式を挙げるつもりらしかった。
サラは背中からリュックサックを取り出すと、草の上に並べた。
「ふふ。おかーさまとおでんわしたときに、『けっこんしき』になにがいるか、きいたのです」
白いパーティードレス、それに合わせたヒール。カフェカーテン用のレース、おもちゃの指輪、アルミホイルで作った指輪。『Sarah』『Stephan』と個性的な字で書かれた紙まで用意してあった。
そして、参列者と思われるぬいぐるみ達を慎重に並べていった。私がサラに誕生日の時に買ってあげた大のお気に入りの英国老舗デパート限定のテディベアは、一番前に陣取っていた。
「さぁ、スティもてつだってください!」
サラは、裏庭に咲いている薔薇を摘み取って、空になったリュックサックに入れ始めた。
「何をしているのですか?」
「『けっこんしき』のあとにね、おはなをバアッて、まくのだとききました!」
ぬいぐるみの参列者にはフラワーシャワーは頼めないので、結局、式を挙げた自分達がフラワーシャワーをするのかと考えるとおかしかったが、サラは至って真面目なので、付き合うことにした。
「サラ、待って下さい。薔薇なら私が……」
サラが棘に指を刺されでもしたら、と思い止めようとすると、
「いたっ!」
心配が的中してしまう。どうやら、棘は刺さっていないようだ。少し血が出てしまっているが、ほんの僅かなかすり傷だった。
「可哀想に……」
小さな指を手に取り、血の出ている部分を唇に当てた。サラは、神妙な顔つきで見ている。
「すみ、ません……スティが、とめようとしてくれてましたのに……」
「いいのですよ。でも、これからは私に薔薇は摘ませて下さいね」
私が薔薇を摘み取り、サラにはリュックサックの中で花弁をバラバラにしてもらった。
後で庭師が来たら、驚くでしょうね……
「さ、よういはできましたわ!」
まるで淑女のようにサラが振る舞う姿を微笑ましく見ていると、サラの指示が飛んできた。
「スティ、『おむこさん』はむこうでまってるのですよ!」
「はいはい、分かりましたよ」
教会に見立てた倉庫の前で佇んでいると、サラが例のテディベアを抱いてしずしずと歩いてきた。どう見てもリードしているのはサラだが、本人の空想の中ではテディベアの父親と腕を組んで歩く花嫁なのだ。
テディベアを席へと戻すと、真剣な表情で向き合った。サラは白いドレスにレースのカフェカーテンを頭に乗せ、上目遣いに見てきた。
「どう、ですか……?」
「ええ、とても可愛いですよ」
その言葉にサラは嬉しそうに微笑んだ。
「スティ、ここに『さいん』してください」
結婚誓約書にはペンまで添えてあり、用意がいい。掌に乗せて、なんとかサインした。サラもそれを真似てやってみるが、紙に大きな穴が開いてしまった。
「すみません……」
「大丈夫ですよ」
サラにはおもちゃの指輪をはめ、私にはアルミホイルで作った手作りの指輪を巻いてくれた。
「スティ、わたしの……サラの、『おむこさん』になってくれますか?」
「えぇ、もちろんですよ」
サラの顔が花が咲いたようにぱぁっと明るくなる。
「ふふ、じゃあわたしは、スティの『およめさん』になってあげますね?」
そして、真っ直ぐに立つと私に向かって背伸びをした。
「はいっ!」
「え?」
「『けっこんしき』では、『くちづけ』をするんですよね?」
サラは、背伸びをしても全く届かない背丈を頑張って届かせようとヒールの靴の踵をぶらぶらさせながら、懸命に背伸びしていた。しっかりと目まで瞑っている。
膝を曲げ、その愛らしく染まった頬に軽く口付けた。
「えぇっ、ほっぺですか? えほんでは、プリンセスはおうじさまからくちびるにくちづけをしてもらってましたよ」
頬への感触に、期待が外れてサラが不満げな表情を見せる。
「そうですね、プリンセス。では……」
軽く唇を重ねるとサラの顔がたちまち真っ赤になった。
「これで、満足ですか?」
「は、はい……」
リュックサックから花弁を取り出し、両手で空高く舞い上げる。サラはドレスにわざと花弁がかかるようにくるくると踊るように回っていた。
「ねぇ、スティ」
「何ですか?」
「スティ、だぁいすき!!」
「私も……サラのことが好きですよ」
サラは……いつか私とは結婚出来ない関係だと知るのでしょう。そして、他の男を愛すようになり、いつかは結婚する……なんだか、娘を奪われる父親のような心境ですね。
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