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英国公爵の妹を演じる令嬢は、偽りの兄である恋人に甘やかされ、溺愛される

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 デッキへと足を踏み入れると、そこにはたくさんの薔薇の花束を詰めた大きな籠を持った男の子が立っていた。

「おじさん、花買ってくれよ」

 ランドルフが苦笑する。

「おいおい……『おじさん』はないだろ。お兄さんって呼んだら、考えてあげてもいいがな」
「じゃ、お兄さん。花、買ってくれよ」
「そうだな。では赤い薔薇を一輪もらおうか」

 男の子から薔薇を受け取ると、ランドルフがジュリアに渡した。

「美しい俺の姫に」

 ジュリアがとろけるような笑顔を浮かべる。

「嬉しいっ……ありがとうございます」

 ジュリアは男の子が持っている花束を覗き込んだ。

「いろいろな色の薔薇がありますね」
「あぁ、それぞれの薔薇の色には、意味があるんだ」

 一息つき、ランドルフはジュリアの顔を覗き込む。

「赤の薔薇は、自分が愛する人へ贈るものだ」

 自分が愛する人……

 ランドルフの言葉を心の中で反芻すると、水面に雫が落ちたように斑紋が広がっていく。

「本当に……嬉しいです」

 ジュリアが幸せそうにランドルフに微笑んだ。

 その後、ランドルフはちょうどデッキに入ってきた駅員に、特等車両に乗っている婦人へ医師の派遣の手配を指示した。

 発車を告げるベルが鳴り、列車がゆっくりと動き出す。

 ランドルフがジュリアに告げる。

「ただの恋人同士に、なりに行こう、ジュリア」
「はい!」

 だが、コンパートメントへの扉を開けた途端、

「おや、ランドルフ様と妹君のレディジュリアじゃないですか」

 知り合いの『リンデンバーグ・タイムス』の新聞記者に会ってしまう。

「こんなところで会うとは驚きました。貴族の当主であり、鉄道事業の経営者であるランドルフ様が3等車両にいらっしゃるなんて」
「まぁ、いろいろあってな……」

 ランドルフが歯切れ悪く答える。

 厄介なやつに捕まっちまったなぁ。

 列車の中でも兄と妹を演じなければならない苦痛を、自分はまだしもジュリアに与えるのが心苦しかった。

 早々に挨拶だけして立ち去るか。

 そう考えていると、新聞記者がジュリアの手元の赤い薔薇に目を留めた。

「これは、リンデンバーグの薔薇フェスティバルの赤い薔薇ですね。
 レディジュリアは、どの殿方から頂いたんですか」

 興味深げに尋ねられた。

 途端に、ジュリアの背中から冷たい汗が流れる。

 どうしよう……ランドルフ様から頂いたことが知られたら、大変なことになるよね。

「こ、これは……」

 すると、ジュリアの言葉を遮るように、ランドルフが気楽に新聞記者に話す。

「あぁ、これは俺がジュリアに渡したものだ」

 ランドルフ様!!

 焦るジュリアとは対照的に、ランドルフはなんの動揺も見せず答える。

「可愛い妹に悪い虫がつかないための、魔除けだ」

 それを聞いて、新聞記者が笑った。

「なるほど。レディジュリアが既に赤い薔薇を持っていたら、他の殿方が渡す隙がないですもんね」

 よ、よかった……納得してくれたみたい。

 ジュリアがひきつった笑みを見せる。

「えぇ……」
「それにしても、ランドルフ様は妹君を溺愛してますねぇ」

 ランドルフが優美にほほえむ。

「まぁな。こんな可愛い妹は、世界中どこを探してもいないさ」

『可愛い妹』、か……

 ジュリアは嬉しさと寂しさの混ざった複雑な感情が渦を巻き、顔を俯かせた。

 記者との話が落ち着くまもなく、コンパートメントに入ってきたランドルフとジュリアを見て、至るところから声をかけられる。

「いやぁ、こんなところでランドルフ様に会えるとは!」

「妹君も連れておられるぞ」

「どこかご旅行ですか?」

 あっとゆうまに大勢の人に囲まれてしまった。

 ランドルフ様は、街の人みんなに慕われているな。

 嬉しさと誇らしさを感じると同時に、胸の中に薄黒い雲のようなものが広がっていく。

 自分のことみたいに、嬉しいけど……今日は、みんなのランドルフ様じゃなくて、私の恋人なのに。

 つまらない嫉妬が胸に沸くのを、ジュリアは慌てて心の奥底に押し込める。

「ジュリア、食堂へ行こうか」

 ランドルフはジュリアの手首を取ると、強引に囲まれている輪の中から彼女を連れ出した。

「お、お兄様!?」
「これから可愛い妹と、ブランチを楽しんでくるよ」

 皆にそう告げると、食堂車へと向かった。
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