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エピローグ
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ーー1年後。
聖夜のモントリオール。
昨日降り積もった雪がまだしっかりと固まっていない道を革靴に雪を埋めながら、僕は教会へと向かっていた。
ふと腕時計に目をやる。既にクリスマスミサは始まっており、ぱらぱらと僅かな人が教会へと足を運んでいた。
雪が僅かに積もる階段を上り、教会の扉を開ける。
途端に、人々の熱気とパイプオルガンの荘厳な音色と波打つような空気に身体全体を包まれた。聖歌隊がキリエ(憐みの賛歌)を歌い始める。
教会の外の閑散とした雰囲気とは対照的に、中では人々がすし詰めになって席の前に立ち、聖歌隊と共に歌っていた。座ることができず、溢れた人々は席の後ろに固まって立っていた。
僕は最後尾に立つと、頭越しに覗く聖歌隊や参列している人々の様子を目に映していた。
キリエが終わると、続いてグロリア(栄光の賛歌)の前奏が流れる。
聖歌隊が天井まで響く美しい歌声で「Les anges dans nos campagnes」を歌い上げる。曲が進むにつれ、耳から入る聖歌隊の歌声と、心の奥に深く沈んでいた記憶の中のアンジュの歌声が溶け合って、僕の胸をざわめかせていく……
僕の脳裏にアンジュとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。
掌を天に翳していた細く華奢な白い腕。
エッグノッグの絡みつくような甘さ。
クリスマスツリーの点滅するライトに照らされた美しい横顔。
くるまった毛布の暖かさ。
重なり合う鼓動の速さ。
身体の奥に感じたアンジュの温もり......
胸が熱くなり、何かに突き動かされていく。
僕は教会の重い扉を開けて、外に飛び出していた。雪が足元に絡み付きながらも足早に歩いて行く。
チョコレートショップやクリスマスストア、アンティークショップ等の建ち並ぶ通りを脇目もふらず、ひたすら足を進めた。パブを通り過ぎる時に、扉のすぐ近くに立って煙草を吸っていた数人のグループが目につく。
彼らは僕をみとめると、口々に
「 Joyeux Noel!(メリークリスマス!)」
と言ったが、僕は目も合わさず、ただ片手を上げて応えると更に足を速めた。
石畳の道を過ぎ、国立総合病院をチラッと眺めると走り出した。
「ハッハッハッハッ……」
短い呼吸を繰り返し、足をもたつかせ、絡まりそうになりながらも、あれから一度も通ることがなかったアパルトマンへの近道へ向かって必死で走る。
雪に埋もれた遊歩道を無視して斜めに突っ切る。途中革靴が雪に絡めとられてバランスを崩し、バサッと勢いよく雪の中へダイブした。
脱げてしまった革靴を拾い上げ、濡れた靴下の上から履くと、髪の毛やジャケットについた雪を払うことなく立ち上がる。
立ち上がった視線の先には街灯があった。僕が天使を見つけた、あの街灯が……
いない……
街灯は降り積もる雪の地面を白く映し出すだけで、そこにはただ重く静かな真夜中の光景が広がるだけだった。
僕は、何を期待していたんだ……
重い足取りでアパルトマンの扉へと続く階段を上り、ずっしりとした鈍い音を響かせて扉を開けた。革靴と濡れてしまった靴下をその場で脱ぐ。
真っ暗なリビングルームを電気をつけることもなく通り過ぎ、階段を上り、廊下を渡ると自分の部屋へと戻った。
聖夜のモントリオール。
昨日降り積もった雪がまだしっかりと固まっていない道を革靴に雪を埋めながら、僕は教会へと向かっていた。
ふと腕時計に目をやる。既にクリスマスミサは始まっており、ぱらぱらと僅かな人が教会へと足を運んでいた。
雪が僅かに積もる階段を上り、教会の扉を開ける。
途端に、人々の熱気とパイプオルガンの荘厳な音色と波打つような空気に身体全体を包まれた。聖歌隊がキリエ(憐みの賛歌)を歌い始める。
教会の外の閑散とした雰囲気とは対照的に、中では人々がすし詰めになって席の前に立ち、聖歌隊と共に歌っていた。座ることができず、溢れた人々は席の後ろに固まって立っていた。
僕は最後尾に立つと、頭越しに覗く聖歌隊や参列している人々の様子を目に映していた。
キリエが終わると、続いてグロリア(栄光の賛歌)の前奏が流れる。
聖歌隊が天井まで響く美しい歌声で「Les anges dans nos campagnes」を歌い上げる。曲が進むにつれ、耳から入る聖歌隊の歌声と、心の奥に深く沈んでいた記憶の中のアンジュの歌声が溶け合って、僕の胸をざわめかせていく……
僕の脳裏にアンジュとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。
掌を天に翳していた細く華奢な白い腕。
エッグノッグの絡みつくような甘さ。
クリスマスツリーの点滅するライトに照らされた美しい横顔。
くるまった毛布の暖かさ。
重なり合う鼓動の速さ。
身体の奥に感じたアンジュの温もり......
胸が熱くなり、何かに突き動かされていく。
僕は教会の重い扉を開けて、外に飛び出していた。雪が足元に絡み付きながらも足早に歩いて行く。
チョコレートショップやクリスマスストア、アンティークショップ等の建ち並ぶ通りを脇目もふらず、ひたすら足を進めた。パブを通り過ぎる時に、扉のすぐ近くに立って煙草を吸っていた数人のグループが目につく。
彼らは僕をみとめると、口々に
「 Joyeux Noel!(メリークリスマス!)」
と言ったが、僕は目も合わさず、ただ片手を上げて応えると更に足を速めた。
石畳の道を過ぎ、国立総合病院をチラッと眺めると走り出した。
「ハッハッハッハッ……」
短い呼吸を繰り返し、足をもたつかせ、絡まりそうになりながらも、あれから一度も通ることがなかったアパルトマンへの近道へ向かって必死で走る。
雪に埋もれた遊歩道を無視して斜めに突っ切る。途中革靴が雪に絡めとられてバランスを崩し、バサッと勢いよく雪の中へダイブした。
脱げてしまった革靴を拾い上げ、濡れた靴下の上から履くと、髪の毛やジャケットについた雪を払うことなく立ち上がる。
立ち上がった視線の先には街灯があった。僕が天使を見つけた、あの街灯が……
いない……
街灯は降り積もる雪の地面を白く映し出すだけで、そこにはただ重く静かな真夜中の光景が広がるだけだった。
僕は、何を期待していたんだ……
重い足取りでアパルトマンの扉へと続く階段を上り、ずっしりとした鈍い音を響かせて扉を開けた。革靴と濡れてしまった靴下をその場で脱ぐ。
真っ暗なリビングルームを電気をつけることもなく通り過ぎ、階段を上り、廊下を渡ると自分の部屋へと戻った。
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