【R18】聖夜に舞い降りた天使

奏音 美都

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急変

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 そして、アンジュの心音や瞳孔などひととおりの診察をし、血圧を測っていると、先程の看護師が入ってきた。

「すぐに採血とって。あとレントゲンも。それから抗菌薬と輸血の準備をしてくれ。敗血症にかかったかもしれん。急いでくれ!」

 その緊迫した声に僕の胸が急激に鼓動を速める。

 看護師はナースコールを押して他の看護師も呼び出した。手早く採血し、他の看護師が来ると採血した試験管を渡しながら指示した。

「これ、最優先で回して。それ終わったら抗菌薬と輸血の準備ね」

 そして僕に向き直る。

「さ、レントゲン検査行くわよ」

 再びアンジュをストレッチャーに乗せ、レントゲン室へと向かう。

 そこからX線、CT、MRIと回るが、レントゲン室はいくつもあるのに検査技師が足りないのか、それぞれの部屋で患者が待たされていた。アンジュは最優先とのことで、早く来てくれたようだが、それでも30分は優に待たされた。

 ようやく検査が終わり、部屋に戻ると抗菌薬と輸血の準備がされていた。複数の看護師がアンジュを取り囲み、酸素マスクや心電図端子、栄養点滴の管や血中酸素を測る為の機械を彼女の身体に繋いでいく。

「まだ検査結果は出ないのかしら……」

 ずっとついててくれた看護師が呟いた。

 すると、ひとりの看護師が声を荒げた。

「血圧がどんどん降下してます!」

 そこへ別の看護師がバルト医師とともに飛び込んできた。

「検査結果でました! 敗血症です!!」

 バルト医師が太い針とともに抗菌薬の点滴をアンジュの華奢な腕に打ち、輸血が施される。全員が安堵の息をついたところで、バルト医師が僕に振り向いた。

「君がアルベールさんをここまで運んでくれたの?」

 僕は無言で頷いた。

「ありがとう。君は……?」
「アンジュの……友人、です」

 咄嗟に僕は答えた。

 バルト医師は驚いたように僕を一瞥した後、少し考えるような仕草をして言った。

「ちょっと、来てくれるかな……」

 僕は頷くと、アンジュの手を一度握り締めてから病室の扉へと向かった。

 すぐに、戻るから......

 扉を出る前にアンジュに振り向き、心の中で呼び掛けた。

 バルト医師は僕を小さい処置室に案内すると医師用の椅子に腰掛け、患者用の椅子に腰掛けるよう、僕に手で促した。

「アルベールさんは再生不良性貧血でこの病院に入院していたんだ」
「再生不良性、貧血……」

 貧血は知っているが、その前につく聞き慣れない言葉に眉を顰めた。

「あぁ、簡単に説明すると骨髄機能低下による貧血の1つだ。骨髄の造血能力が低下し、抹消血中の全ての血球が減少する。自覚症状としては息切れ、動悸、眩暈や出血傾向……」

 バルト医師の説明にハッとした。

 僕の脳裏には、「酒に酔った」と言ってふらついていたり、秘事の際に異常なまでに息を上げていたアンジュの姿が浮かび上がった……

「重症度によって5段階に分けられるが、病院を抜け出す前の彼女の症状はステージ3だった。ステージ2までは無治療で自宅にて経過観察をしてもらっていたんだが、ステージ3になったのを機に、彼女に入院してもらったんだ。
 彼女の家族は以前から彼女を入院させたがっていたんだが、病床が空かなくてね。君も聞いたことはあると思うが、ケベックの医療保健制度は破綻している。医者不足に看護師不足、不十分な国家予算……余程必要でない限り、入院はさせない。皮肉なもんだろ?

 ステージ3に入るとATGという免疫抑制療法とネオーラルの併用療法か、白血球の型であるHLAが適合する兄弟姉妹がいれば骨髄移植を行うことになる。アルベールさんには近親者はおらず、保護者であった遠方の親戚である彼女の叔母も適合しなかったため移植は諦めたんだよ」
「…‥骨髄バンクのドナーは?」
「拒絶反応を起こしやすく、早期死亡の頻度が高いので、通常は免疫抑制療法とネオーラル併用療法で効果が見られなかった場合にのみ 非血縁者のドナーからの骨髄移植となるんだ。

 だが……彼女は特殊なHLAを持っているため、たとえドナーからの骨髄を受け取れる状況になっても適合するドナーが見つかる可能性は非常に低かった」
「そ、んな……」
「それで……僅かな望みをかけて、本当なら今日から5日間、1日に12時間以上かけてATGの点滴注射を行う予定だったんだが」
「僅かな、望み?」
「あぁ……PNH血球と呼ばれるごく微量の血球がある基準を超える陽性とそうでない場合と比べて、陽性だとATGがかなり効きやすいとされているが……検査の結果、彼女は陰性だった」
「それを、彼女は?」
「昨日の朝、彼女には俺から直接伝えた。彼女はステージとしては重症にあたるが、本人の自覚症状はそれほどないのだけが救いだった。
 それを伝えた時も彼女は動揺を見せていなかったので、すっかりATGに肯定的だと思っていたのだが……」

 そしてアンジュはその夜、粉雪が降る中、病院を抜け出した……

 アンジュは……本当は何を思いながら天に掌を翳していたのだろう。
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