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悪魔のように美麗な執事に恋に堕ちてしまった私は、悪役令嬢となって婚約者をヒロインに差し出すことにいたしました
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喉をゴクリと鳴らし、瞳を閉じました。
リチャード……
「あの、毒薬は……
異国の商人から直接買ったものですので、その方の名前も出所も分かりません」
リチャードが私を愛していなくても、私には彼を裏切ることは出来ませんでした。
「嘘を言え!!」
「いえ、本当のことです。どこから毒薬を入手したのかも、あの人がどんな経緯でこの国を訪れたのかも、この後どこへ行くのかも分かりません」
その後、3日間に渡って同じことを繰り返し聞かれ、鞭で叩かれもしましたが、私は最後まで口を割りませんでした。
留置所にいる間、お父様が或いは保釈金を払ってここから出してくれるのではないかと期待していましたが……お父様も、お母様も、リチャードも……誰も私を迎えには来てくれませんでした。
そうしているうちに、同じ牢屋にいたガリガリの女性が亡くなりました。
皆に背を向けたまま、ずっと寝ているのかと思っていたのですが……食事をずっととっていなかったので心配になって声を掛けたら、ぐらりと体が傾いて倒れ……そのまま、動きませんでした。初めてまともに見た彼女の目は落ち窪み、骸骨のように骨と皮のようになっていて、体から強烈な悪臭を放っていました。
既に半死状態だったハナ嬢を見たことがあったのに、あの時は彼女が生き返ることがわかっていたので、それほどの恐ろしさは感じませんでした。
けれど、その女性が亡くなっているのを見た時、死の影がぴたりと私に張り付き、ギョロリと見つめられているかのように感じ、背筋が凍りました。
もう、微かな希望の光さえも消えました。
明日、私はブラック・マリアで裁判所へ送られ、判決を受けます。
そこに、リチャードは来ているのでしょうか。馬鹿な女だと私を蔑みの目で見つめ、薄ら笑いを浮かべるのでしょうか。
それでも……死ぬ前に、リチャードに会えるのなら。瞳に映すことができたなら……
そう思ってしまう私は、本当に愚かな女ですわね。
リチャードに会わずにいたら、なんの疑問も持たずアンソニー様と婚姻を結び、平穏な生活を送っていたというのに。
リチャードに会って、たとえ偽りの愛だったとしてもあれほど情熱を傾けて溺れる恋に堕ちられたことが、幸せだったと思うなんて。
翌日。
真っ黒な護送車、ブラック・マリアに乗せられ、裁判所へと運ばれます。
狭い護送車は上部が横に張られた鉄越しの檻になっていますが、間がとても狭く、光もあまり入ってこないどころか空気さえ薄く感じ、息苦しくなります。
ガタゴトと車輪が軋みながら揺れ、体も心も大きく揺さぶられます。不安と緊張で喉の皮がひっつき、胃液が浮き上がってくるような気持ち悪さを覚えます。汚く、異臭を放つようになったドレスを見つめ、溜息が零れます。
監獄に送られれば囚人服を着せられ、このドレスともお別れになりますのね。
このドレスを脱いだら……今までの生活全てを捨てることになるのだと、苦しい気持ちになりました。
手首を拘束された状態で裁判所へ連れられると、人々のどよめきを感じました。変わり果てた私の姿を見て、お父様がハッとし、お母様がハンカチを当てて泣いていらっしゃいます。
あぁ、まだお父様とお母様には私への情がありましたのね。
もう親子の縁はとっくに切られているものと思っていた私は、嬉しさが込み上がると同時に、犯罪者の親にしてしまったことへの罪悪感がこみあげてきました。
裁判官に呼ばれて手の拘束が解かれ、法廷に立たされました。
「あなたはビアンカ・ソフィアーノ・ウィンランドで間違いありませんか」
「はい、間違いありません」
本人確認をした後、起訴状が読み上げられます。
続いて冒頭陳述に入り、証拠であった毒薬は水であることが分かったためか、即座に証人が呼ばれました。
証人のひとりめは、ハナ嬢でした。私にだけ見える角度で、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべました。
「あの日、私はビアンカ嬢にお茶会に呼ばれてガーデンに伺いました。あの時、ふたりだけでお茶会をするなんておかしいと感じていましたし、ビアンカ嬢の言動もいつもと違っていました。彼女は初めから私を殺すつもりで呼び出したのです……ウッ、ウッ、私……確かに、アンソニー様に恋心を抱いておりましたが、ビアンカ嬢から彼を奪おうだなんて考えたこともありませんし、全てにおいてビアンカ嬢に劣っている私が敵うはずなどないと、諦めていました。
なにより私は、ビアンカ嬢のことを尊敬し、憧れていましたのに……ウゥッ、ビアンカ嬢が私を殺したいほど憎んでいたなんて、とてもショックです……ッグ」
瞳いっぱいに涙を湛えて切々と訴えるハナ嬢に、同情を寄せる視線が集まりました。
続いての証人は、アンソニー様でした。彼は私のみすぼらしい姿を見て眉を顰め、辛そうに目を逸らしました。けれど、グッと拳を握ってから証言を述べ始めたアンソニー様は、堂々としていらっしゃいました。
「僕は、ハナ嬢がビアンカにお茶会に誘われているのを偶然聞いて、心配になって様子を見にいくことにしたんです。ビアンカは……ハナが僕に色目を使って唆していると非難し、責めていました。
そして……ハナがティーカップに口をつけた途端、苦しげな声を上げて……椅子から落ちて、倒れました。その後医者が、死亡確認をしたのです。あの時、確かにハナの心臓が止まり、呼吸もしていませんでした。なぜ、その後息を吹き返したのかは分かりませんが……
ビアンカが、ハナを殺そうとしたのは……確かです」
医者も証言台に立ち、ハナ嬢を診察した際の説明をしました。
これで……私の刑が確定しますのね。
そう思っていた時、もうひとりの証人が証言台に立つことになりました。
リチャードです。
闇のように深い漆黒の燕尾服を纏ったリチャードが優美に証言台に立ち、私をみとめてにこりと微笑みました。
なぜ、微笑みかけるのですか……
胸の高鳴りを感じながらも、複雑な心情に駆られます。
私は、これから極刑を受けるかもしれないというのに。
それを、嘲笑っているのですか?
愚かな女の末路を見届けに……とどめを刺しに、現れたのですか?
リチャード……
「あの、毒薬は……
異国の商人から直接買ったものですので、その方の名前も出所も分かりません」
リチャードが私を愛していなくても、私には彼を裏切ることは出来ませんでした。
「嘘を言え!!」
「いえ、本当のことです。どこから毒薬を入手したのかも、あの人がどんな経緯でこの国を訪れたのかも、この後どこへ行くのかも分かりません」
その後、3日間に渡って同じことを繰り返し聞かれ、鞭で叩かれもしましたが、私は最後まで口を割りませんでした。
留置所にいる間、お父様が或いは保釈金を払ってここから出してくれるのではないかと期待していましたが……お父様も、お母様も、リチャードも……誰も私を迎えには来てくれませんでした。
そうしているうちに、同じ牢屋にいたガリガリの女性が亡くなりました。
皆に背を向けたまま、ずっと寝ているのかと思っていたのですが……食事をずっととっていなかったので心配になって声を掛けたら、ぐらりと体が傾いて倒れ……そのまま、動きませんでした。初めてまともに見た彼女の目は落ち窪み、骸骨のように骨と皮のようになっていて、体から強烈な悪臭を放っていました。
既に半死状態だったハナ嬢を見たことがあったのに、あの時は彼女が生き返ることがわかっていたので、それほどの恐ろしさは感じませんでした。
けれど、その女性が亡くなっているのを見た時、死の影がぴたりと私に張り付き、ギョロリと見つめられているかのように感じ、背筋が凍りました。
もう、微かな希望の光さえも消えました。
明日、私はブラック・マリアで裁判所へ送られ、判決を受けます。
そこに、リチャードは来ているのでしょうか。馬鹿な女だと私を蔑みの目で見つめ、薄ら笑いを浮かべるのでしょうか。
それでも……死ぬ前に、リチャードに会えるのなら。瞳に映すことができたなら……
そう思ってしまう私は、本当に愚かな女ですわね。
リチャードに会わずにいたら、なんの疑問も持たずアンソニー様と婚姻を結び、平穏な生活を送っていたというのに。
リチャードに会って、たとえ偽りの愛だったとしてもあれほど情熱を傾けて溺れる恋に堕ちられたことが、幸せだったと思うなんて。
翌日。
真っ黒な護送車、ブラック・マリアに乗せられ、裁判所へと運ばれます。
狭い護送車は上部が横に張られた鉄越しの檻になっていますが、間がとても狭く、光もあまり入ってこないどころか空気さえ薄く感じ、息苦しくなります。
ガタゴトと車輪が軋みながら揺れ、体も心も大きく揺さぶられます。不安と緊張で喉の皮がひっつき、胃液が浮き上がってくるような気持ち悪さを覚えます。汚く、異臭を放つようになったドレスを見つめ、溜息が零れます。
監獄に送られれば囚人服を着せられ、このドレスともお別れになりますのね。
このドレスを脱いだら……今までの生活全てを捨てることになるのだと、苦しい気持ちになりました。
手首を拘束された状態で裁判所へ連れられると、人々のどよめきを感じました。変わり果てた私の姿を見て、お父様がハッとし、お母様がハンカチを当てて泣いていらっしゃいます。
あぁ、まだお父様とお母様には私への情がありましたのね。
もう親子の縁はとっくに切られているものと思っていた私は、嬉しさが込み上がると同時に、犯罪者の親にしてしまったことへの罪悪感がこみあげてきました。
裁判官に呼ばれて手の拘束が解かれ、法廷に立たされました。
「あなたはビアンカ・ソフィアーノ・ウィンランドで間違いありませんか」
「はい、間違いありません」
本人確認をした後、起訴状が読み上げられます。
続いて冒頭陳述に入り、証拠であった毒薬は水であることが分かったためか、即座に証人が呼ばれました。
証人のひとりめは、ハナ嬢でした。私にだけ見える角度で、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべました。
「あの日、私はビアンカ嬢にお茶会に呼ばれてガーデンに伺いました。あの時、ふたりだけでお茶会をするなんておかしいと感じていましたし、ビアンカ嬢の言動もいつもと違っていました。彼女は初めから私を殺すつもりで呼び出したのです……ウッ、ウッ、私……確かに、アンソニー様に恋心を抱いておりましたが、ビアンカ嬢から彼を奪おうだなんて考えたこともありませんし、全てにおいてビアンカ嬢に劣っている私が敵うはずなどないと、諦めていました。
なにより私は、ビアンカ嬢のことを尊敬し、憧れていましたのに……ウゥッ、ビアンカ嬢が私を殺したいほど憎んでいたなんて、とてもショックです……ッグ」
瞳いっぱいに涙を湛えて切々と訴えるハナ嬢に、同情を寄せる視線が集まりました。
続いての証人は、アンソニー様でした。彼は私のみすぼらしい姿を見て眉を顰め、辛そうに目を逸らしました。けれど、グッと拳を握ってから証言を述べ始めたアンソニー様は、堂々としていらっしゃいました。
「僕は、ハナ嬢がビアンカにお茶会に誘われているのを偶然聞いて、心配になって様子を見にいくことにしたんです。ビアンカは……ハナが僕に色目を使って唆していると非難し、責めていました。
そして……ハナがティーカップに口をつけた途端、苦しげな声を上げて……椅子から落ちて、倒れました。その後医者が、死亡確認をしたのです。あの時、確かにハナの心臓が止まり、呼吸もしていませんでした。なぜ、その後息を吹き返したのかは分かりませんが……
ビアンカが、ハナを殺そうとしたのは……確かです」
医者も証言台に立ち、ハナ嬢を診察した際の説明をしました。
これで……私の刑が確定しますのね。
そう思っていた時、もうひとりの証人が証言台に立つことになりました。
リチャードです。
闇のように深い漆黒の燕尾服を纏ったリチャードが優美に証言台に立ち、私をみとめてにこりと微笑みました。
なぜ、微笑みかけるのですか……
胸の高鳴りを感じながらも、複雑な心情に駆られます。
私は、これから極刑を受けるかもしれないというのに。
それを、嘲笑っているのですか?
愚かな女の末路を見届けに……とどめを刺しに、現れたのですか?
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