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After Story 3 ー悲しみの中の幸福ー
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それでも、薫子の心に小さな変化が訪れた。
例えそれが歪んだ愛情だったとしても、父は母を愛していたということが分かった。
まだ、父が自分を愛してくれているという気持ちにはなれないし、感じられない。けれど、今まで何があっても他人に左右されることのなかった龍太郎がばあやの手紙に動かされ、恥も外聞も捨てて教会に現れたのだ。
それは、ばあやの導きであるように感じた。
まだ、この人を許すことは出来ない。
この先も、許せるのかどうかは分からない。
櫻井家を出てアパートで暮らし始めた日に、ばあやに言われた言葉。
『旦那様は、本当は薫子様を愛してらっしゃいます』
『今すぐとはいきませんが......旦那様もいつかきっと、分かって下さいますよ。
分かりあえる日が、来るはずです』
ばあやは薫子が父と和解し、いつか分かり合えるようになることを望んでいた。
ばあやの願いを叶えたい。
この人のため、ではなく......大好きな、ばあやのために。
薫子は手紙を3つ折りにすると、龍太郎に返した。拒否されたと思った龍太郎は、俯いた。
薫子が龍太郎の左に立ち、腕に軽く手を絡ませる。
「ッッ!!!」
飛び上がるのではないかと思うぐらい、龍太郎の躰がビクンと大きく揺れた。薫子を見つめるその顔は真っ赤になり、口をパクパクさせている。
「せっかく来てくださっているゲストの方たちを、これ以上待たせるわけにはいきません。
行きましょう?」
「あ、あぁ......」
ようやく父娘の話し合いに決着がついたことを見届けたスタッフが、安堵の息を漏らした。僅かに扉を開けて始まりの合図をし、再び閉める。
暫くして内側からは、神聖なパイプオルガンの調べが流れてきた。薫子に絡められた龍太郎の腕はますます硬直し、躰全体が鋼鉄のように固まっている。
「それでは、入場です」
スタッフの掛け声と共に、正面扉が大きく開かれた。
真っ赤な絨毯の敷かれたヴァージンロードを、緊張でカチコチになった龍太郎と一歩一歩ゆっくりと歩く。驚くぐらいに歩調が合わず、無様な二人三脚のようだった。
教会に密やかな騒めきが波立つ。
薫子と龍太郎を見つめる視線は、両極端に分かれていた。事情を知らず微笑ましく見つめる視線と、事情を知っており驚きを隠せない視線だ。
悠は父親が親族席に戻ってきた時点で何かあるとは推測していたが、まさか本当に龍太郎が薫子と腕を組んで歩いてくるとは思わなかった。だが、薫子にいつか父親との和解を果たしてもらいたいと願っていたので、嬉しくもあった。
薫子は悠の視線に気づき、ベール越しにはにかんだ笑顔を見せた。
それは、悠が初めて出会った日。薫子に別れを告げ、廊下を歩いてから振り返った際に見せた笑みと重なる。
本当に君は、いつまでも俺の胸を掴んで離さない。
薫子と出会った日から今までずっと、悠の心は彼女で満たされている。娘が生まれてさえも、薫子を愛しく思う気持ちは募る一方だ。
子供がいるとは思えないほど、薫子は未だ少女のような愛らしい雰囲気が漂っていた。だがその内面は、驚くほどに強くなり、逞しくなった。そんな彼女を誇らしく思う。
もっと、俺の知らなかった君の一面を見せて欲しい。全て知りたい。
そして、これから変わっていく君を、今以上に愛したい。
薫子となら、どんな困難だって乗り越えていける。
もう彼女は、俺の後ろで庇護される存在じゃない。隣に立ち、俺を支えてくれる大事なパートナーなのだから。
薫子はぎくしゃくしながらもようやく龍太郎と共に悠の元に辿り着いた。
悠は、龍太郎に視線を向けた。
薫子が俺の両親に認めてもらえたように、俺も彼に認められるようになりたい。家族としての絆を、築きたい。
密かな決意とともに、自分の前へと進み出た龍太郎に、悠は深く頭を下げた。
「今まで薫子さんを育てて下さり、ありがとうございました。
娘さんと、必ず幸せになります」
悠......
薫子の胸が痺れ、再び涙が溢れそうになった。
龍太郎は腕を解くと、悠に向かって頭を下げた。
「娘を......頼む」
それから、手を差し出した。悠は目を細め、しっかりと握手した。
薫子は、信じられない思いで目の前の光景を見つめた。
例えそれが歪んだ愛情だったとしても、父は母を愛していたということが分かった。
まだ、父が自分を愛してくれているという気持ちにはなれないし、感じられない。けれど、今まで何があっても他人に左右されることのなかった龍太郎がばあやの手紙に動かされ、恥も外聞も捨てて教会に現れたのだ。
それは、ばあやの導きであるように感じた。
まだ、この人を許すことは出来ない。
この先も、許せるのかどうかは分からない。
櫻井家を出てアパートで暮らし始めた日に、ばあやに言われた言葉。
『旦那様は、本当は薫子様を愛してらっしゃいます』
『今すぐとはいきませんが......旦那様もいつかきっと、分かって下さいますよ。
分かりあえる日が、来るはずです』
ばあやは薫子が父と和解し、いつか分かり合えるようになることを望んでいた。
ばあやの願いを叶えたい。
この人のため、ではなく......大好きな、ばあやのために。
薫子は手紙を3つ折りにすると、龍太郎に返した。拒否されたと思った龍太郎は、俯いた。
薫子が龍太郎の左に立ち、腕に軽く手を絡ませる。
「ッッ!!!」
飛び上がるのではないかと思うぐらい、龍太郎の躰がビクンと大きく揺れた。薫子を見つめるその顔は真っ赤になり、口をパクパクさせている。
「せっかく来てくださっているゲストの方たちを、これ以上待たせるわけにはいきません。
行きましょう?」
「あ、あぁ......」
ようやく父娘の話し合いに決着がついたことを見届けたスタッフが、安堵の息を漏らした。僅かに扉を開けて始まりの合図をし、再び閉める。
暫くして内側からは、神聖なパイプオルガンの調べが流れてきた。薫子に絡められた龍太郎の腕はますます硬直し、躰全体が鋼鉄のように固まっている。
「それでは、入場です」
スタッフの掛け声と共に、正面扉が大きく開かれた。
真っ赤な絨毯の敷かれたヴァージンロードを、緊張でカチコチになった龍太郎と一歩一歩ゆっくりと歩く。驚くぐらいに歩調が合わず、無様な二人三脚のようだった。
教会に密やかな騒めきが波立つ。
薫子と龍太郎を見つめる視線は、両極端に分かれていた。事情を知らず微笑ましく見つめる視線と、事情を知っており驚きを隠せない視線だ。
悠は父親が親族席に戻ってきた時点で何かあるとは推測していたが、まさか本当に龍太郎が薫子と腕を組んで歩いてくるとは思わなかった。だが、薫子にいつか父親との和解を果たしてもらいたいと願っていたので、嬉しくもあった。
薫子は悠の視線に気づき、ベール越しにはにかんだ笑顔を見せた。
それは、悠が初めて出会った日。薫子に別れを告げ、廊下を歩いてから振り返った際に見せた笑みと重なる。
本当に君は、いつまでも俺の胸を掴んで離さない。
薫子と出会った日から今までずっと、悠の心は彼女で満たされている。娘が生まれてさえも、薫子を愛しく思う気持ちは募る一方だ。
子供がいるとは思えないほど、薫子は未だ少女のような愛らしい雰囲気が漂っていた。だがその内面は、驚くほどに強くなり、逞しくなった。そんな彼女を誇らしく思う。
もっと、俺の知らなかった君の一面を見せて欲しい。全て知りたい。
そして、これから変わっていく君を、今以上に愛したい。
薫子となら、どんな困難だって乗り越えていける。
もう彼女は、俺の後ろで庇護される存在じゃない。隣に立ち、俺を支えてくれる大事なパートナーなのだから。
薫子はぎくしゃくしながらもようやく龍太郎と共に悠の元に辿り着いた。
悠は、龍太郎に視線を向けた。
薫子が俺の両親に認めてもらえたように、俺も彼に認められるようになりたい。家族としての絆を、築きたい。
密かな決意とともに、自分の前へと進み出た龍太郎に、悠は深く頭を下げた。
「今まで薫子さんを育てて下さり、ありがとうございました。
娘さんと、必ず幸せになります」
悠......
薫子の胸が痺れ、再び涙が溢れそうになった。
龍太郎は腕を解くと、悠に向かって頭を下げた。
「娘を......頼む」
それから、手を差し出した。悠は目を細め、しっかりと握手した。
薫子は、信じられない思いで目の前の光景を見つめた。
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