上 下
310 / 355
After Story1 ー新しい命の誕生ー

しおりを挟む
 病室の扉が軽くノックされた。

 ばあやが出ようとしたが、

「あ......私が、出ます」

 薫子が重い腰を上げる。

 妊娠36週に入り、子宮が下がってきている為、それまで感じていた心臓や肺への圧迫感からは解放されたものの、脚のつけ根が痛くなるのでゆっくりしか歩けない。ようやくたどり着いた扉を開けると、薫子の予想していた通り、そこには美姫と大和が立っていた。

「いらっしゃい。忙しい中来てくれて、ありがとう」
「悠、来たよ」
「調子は、どうだ?」

 美姫と大和に声を掛けられ、悠は緊張した頬を緩ませながらも、少し不満そうに息を吐いた。

「忙しい中、わざわざ来なくてもよかったのに」
「寂しいこというなよ。わざわざ励ましに来てやったのに」

 大和が冗談めいた口調で嘆いた。

 今日、悠は角膜移植手術を行う。2日前に病院側からドナー提供の順番が回ってきたと聞かされ、手術日が決定した。

 それを薫子から電話で聞き、美姫と大和は忙しい中スケジュールを調整し、病院に駆けつけたのだった。
 
 ばあやが美姫の元へと寄ると、腰を低くして頭を下げた。

「美姫さま、お久しぶりでございます。あの時の無礼を、どうかお許しくださいませ......」

 美姫は、慌てて手を振った。

「そ、そんな謝らないで下さい。ばあやさんが薫子のことを思って、あぁ言うしかなかったんだって分かってますから。
 ふたりが一緒になれて、本当によかった」

 美姫の言葉に、ばあやは何度も頷いた。

「えぇ、えぇ、本当に」

 病室には静音と悠人がいることにも気付き、美姫は緊張で身を硬くした。だが、静音は以前に会った時から、少し雰囲気が変わったように思えた。悠の隣に座っている薫子に対して追い出したり、怒鳴ったりすることもなく、仲がいいとはいえないものの、彼女の存在を許容しているように思えた。

 よかった......少しずつ、受け入れてもらえてるみたいで。

 きっとそれは、妊娠後期に入って大変な中にも関わらず毎日のように悠を見舞い、献身的に世話をしている薫子の努力が実を結んだのだろう。

 美姫はホッとしつつ、悠の両親に声をかけた。

「......ご無沙汰、しております」

『手術が決まって、おめでとうございます』と言おうとし、手術が成功するとは限らない、成功しても悠の視力が回復するかも分からないこの状況では言うべきではないと押し止め、当たり障りのない挨拶になってしまった。

 静音は軽くお辞儀をして笑みを見せたものの、その表情は強張っていた。

「不安で堪らないんですけど......上手くいくよう、祈るばかりです」

 隣で悠人が静音の肩を抱いた。

「心配ばかりしていても仕方ない。あとは運を天に任せるだけだ」

 扉が開く音がして振り返ると、看護師が青い衣服を手に入ってきた。

「目薬、さしますね」

 悠の傍かたわらに立ち、手術を行う右眼を開き、瞳を小さくするための目薬を点眼した。

 角膜移植は両眼一気には行えない。まずは片眼だけ行い、期間をあけてからもう片方の移植をおこなうことになる。

「こちらが手術着になりますので、これに着替えておいて下さいね」

 目薬の際にベッドの上に置いた青い手術着を悠に渡すと、看護師は出て行った。

 悠は上体を起こし、ゆっくりと病衣の前合わせの紐に指を伸ばした。

「あ、カーテン、閉めるね」

 薫子が脱ぎ始めようとした悠に焦りながらカーテンに手を掛け、ベッドの周りをカーテンで囲った。

 大和が、声を上げた。

「悠......起き上がれるように、なったんだな」

 あれから何度か悠の見舞いには来ていたが、ここ1ヶ月は忙しくて悠だけじゃなく、誠一郎の見舞いにさえも来れていなかった。薫子から電話で悠の状況は聞いていたものの、実際に目にし、驚かずにはいられなかった。

「あぁ」

 カーテン越しの悠の返事はそっけなかったが、薫子は嬉しそうに頷いた。

「まだ立つには支えが必要だし、移動は車椅子じゃないといけないんだけど。毎日リハビリしてどんどん動かせるようになってきてるし、ほんとに悠、頑張ってる。
 この前はね、病院の主催する母親学級にも一緒に参加してくれたの」

 それを聞き、静音はその時のことを思い出したのか涙ぐんだ。

 美姫は胸が熱くなった。

 薫子とお腹の子供の存在が、悠にとってリハビリの大きな原動力になってるんだ。
 ふたりの絆が、前よりももっと強くなっているのを感じる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】十六歳の誕生日、許嫁のハイスペお兄さんを私から解放します。

どん丸
恋愛
菖蒲(あやめ)にはイケメンで優しくて、将来を確約されている年上のかっこいい許嫁がいる。一方菖蒲は特別なことは何もないごく普通の高校生。許嫁に恋をしてしまった菖蒲は、許嫁の為に、十六歳の誕生日に彼を自分から解放することを決める。 婚約破棄ならぬ許嫁解消。 外面爽やか内面激重お兄さんのヤンデレっぷりを知らないヒロインが地雷原の上をタップダンスする話です。 ※成人男性が未成年女性を無理矢理手込めにします。 R18はマーク付きのみ。

【R18】こんな産婦人科のお医者さんがいたら♡妄想エロシチュエーション短編作品♡

雪村 里帆
恋愛
ある日、産婦人科に訪れるとそこには顔を見たら赤面してしまう程のイケメン先生がいて…!?何故か看護師もいないし2人きり…エコー検査なのに触診されてしまい…?雪村里帆の妄想エロシチュエーション短編。完全フィクションでお送り致します!

性欲のない義父は、愛娘にだけ欲情する

如月あこ
恋愛
「新しい家族が増えるの」と母は言った。  八歳の有希は、母が再婚するものだと思い込んだ――けれど。  内縁の夫として一緒に暮らすことになった片瀬慎一郎は、母を二人目の「偽装結婚」の相手に選んだだけだった。  慎一郎を怒らせないように、母や兄弟は慎一郎にほとんど関わらない。有希だけが唯一、慎一郎の炊事や洗濯などの世話を妬き続けた。  そしてそれから十年以上が過ぎて、兄弟たちは就職を機に家を出て行ってしまった。  物語は、有希が二十歳の誕生日を迎えた日から始まる――。  有希は『いつ頃から、恋をしていたのだろう』と淡い恋心を胸に秘める。慎一郎は『有希は大人の女性になった。彼女はいずれ嫁いで、自分の傍からいなくなってしまうのだ』と知る。  二十五歳の歳の差、養父娘ラブストーリー。

私を犯してください♡ 爽やかイケメンに狂う人妻

花野りら
恋愛
人妻がじわじわと乱れていくのは必読です♡

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました

utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。 がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

処理中です...