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After Story1 ー新しい命の誕生ー
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病室の扉が軽くノックされた。
ばあやが出ようとしたが、
「あ......私が、出ます」
薫子が重い腰を上げる。
妊娠36週に入り、子宮が下がってきている為、それまで感じていた心臓や肺への圧迫感からは解放されたものの、脚のつけ根が痛くなるのでゆっくりしか歩けない。ようやくたどり着いた扉を開けると、薫子の予想していた通り、そこには美姫と大和が立っていた。
「いらっしゃい。忙しい中来てくれて、ありがとう」
「悠、来たよ」
「調子は、どうだ?」
美姫と大和に声を掛けられ、悠は緊張した頬を緩ませながらも、少し不満そうに息を吐いた。
「忙しい中、わざわざ来なくてもよかったのに」
「寂しいこというなよ。わざわざ励ましに来てやったのに」
大和が冗談めいた口調で嘆いた。
今日、悠は角膜移植手術を行う。2日前に病院側からドナー提供の順番が回ってきたと聞かされ、手術日が決定した。
それを薫子から電話で聞き、美姫と大和は忙しい中スケジュールを調整し、病院に駆けつけたのだった。
ばあやが美姫の元へと寄ると、腰を低くして頭を下げた。
「美姫さま、お久しぶりでございます。あの時の無礼を、どうかお許しくださいませ......」
美姫は、慌てて手を振った。
「そ、そんな謝らないで下さい。ばあやさんが薫子のことを思って、あぁ言うしかなかったんだって分かってますから。
ふたりが一緒になれて、本当によかった」
美姫の言葉に、ばあやは何度も頷いた。
「えぇ、えぇ、本当に」
病室には静音と悠人がいることにも気付き、美姫は緊張で身を硬くした。だが、静音は以前に会った時から、少し雰囲気が変わったように思えた。悠の隣に座っている薫子に対して追い出したり、怒鳴ったりすることもなく、仲がいいとはいえないものの、彼女の存在を許容しているように思えた。
よかった......少しずつ、受け入れてもらえてるみたいで。
きっとそれは、妊娠後期に入って大変な中にも関わらず毎日のように悠を見舞い、献身的に世話をしている薫子の努力が実を結んだのだろう。
美姫はホッとしつつ、悠の両親に声をかけた。
「......ご無沙汰、しております」
『手術が決まって、おめでとうございます』と言おうとし、手術が成功するとは限らない、成功しても悠の視力が回復するかも分からないこの状況では言うべきではないと押し止め、当たり障りのない挨拶になってしまった。
静音は軽くお辞儀をして笑みを見せたものの、その表情は強張っていた。
「不安で堪らないんですけど......上手くいくよう、祈るばかりです」
隣で悠人が静音の肩を抱いた。
「心配ばかりしていても仕方ない。あとは運を天に任せるだけだ」
扉が開く音がして振り返ると、看護師が青い衣服を手に入ってきた。
「目薬、さしますね」
悠の傍かたわらに立ち、手術を行う右眼を開き、瞳を小さくするための目薬を点眼した。
角膜移植は両眼一気には行えない。まずは片眼だけ行い、期間をあけてからもう片方の移植をおこなうことになる。
「こちらが手術着になりますので、これに着替えておいて下さいね」
目薬の際にベッドの上に置いた青い手術着を悠に渡すと、看護師は出て行った。
悠は上体を起こし、ゆっくりと病衣の前合わせの紐に指を伸ばした。
「あ、カーテン、閉めるね」
薫子が脱ぎ始めようとした悠に焦りながらカーテンに手を掛け、ベッドの周りをカーテンで囲った。
大和が、声を上げた。
「悠......起き上がれるように、なったんだな」
あれから何度か悠の見舞いには来ていたが、ここ1ヶ月は忙しくて悠だけじゃなく、誠一郎の見舞いにさえも来れていなかった。薫子から電話で悠の状況は聞いていたものの、実際に目にし、驚かずにはいられなかった。
「あぁ」
カーテン越しの悠の返事はそっけなかったが、薫子は嬉しそうに頷いた。
「まだ立つには支えが必要だし、移動は車椅子じゃないといけないんだけど。毎日リハビリしてどんどん動かせるようになってきてるし、ほんとに悠、頑張ってる。
この前はね、病院の主催する母親学級にも一緒に参加してくれたの」
それを聞き、静音はその時のことを思い出したのか涙ぐんだ。
美姫は胸が熱くなった。
薫子とお腹の子供の存在が、悠にとってリハビリの大きな原動力になってるんだ。
ふたりの絆が、前よりももっと強くなっているのを感じる。
ばあやが出ようとしたが、
「あ......私が、出ます」
薫子が重い腰を上げる。
妊娠36週に入り、子宮が下がってきている為、それまで感じていた心臓や肺への圧迫感からは解放されたものの、脚のつけ根が痛くなるのでゆっくりしか歩けない。ようやくたどり着いた扉を開けると、薫子の予想していた通り、そこには美姫と大和が立っていた。
「いらっしゃい。忙しい中来てくれて、ありがとう」
「悠、来たよ」
「調子は、どうだ?」
美姫と大和に声を掛けられ、悠は緊張した頬を緩ませながらも、少し不満そうに息を吐いた。
「忙しい中、わざわざ来なくてもよかったのに」
「寂しいこというなよ。わざわざ励ましに来てやったのに」
大和が冗談めいた口調で嘆いた。
今日、悠は角膜移植手術を行う。2日前に病院側からドナー提供の順番が回ってきたと聞かされ、手術日が決定した。
それを薫子から電話で聞き、美姫と大和は忙しい中スケジュールを調整し、病院に駆けつけたのだった。
ばあやが美姫の元へと寄ると、腰を低くして頭を下げた。
「美姫さま、お久しぶりでございます。あの時の無礼を、どうかお許しくださいませ......」
美姫は、慌てて手を振った。
「そ、そんな謝らないで下さい。ばあやさんが薫子のことを思って、あぁ言うしかなかったんだって分かってますから。
ふたりが一緒になれて、本当によかった」
美姫の言葉に、ばあやは何度も頷いた。
「えぇ、えぇ、本当に」
病室には静音と悠人がいることにも気付き、美姫は緊張で身を硬くした。だが、静音は以前に会った時から、少し雰囲気が変わったように思えた。悠の隣に座っている薫子に対して追い出したり、怒鳴ったりすることもなく、仲がいいとはいえないものの、彼女の存在を許容しているように思えた。
よかった......少しずつ、受け入れてもらえてるみたいで。
きっとそれは、妊娠後期に入って大変な中にも関わらず毎日のように悠を見舞い、献身的に世話をしている薫子の努力が実を結んだのだろう。
美姫はホッとしつつ、悠の両親に声をかけた。
「......ご無沙汰、しております」
『手術が決まって、おめでとうございます』と言おうとし、手術が成功するとは限らない、成功しても悠の視力が回復するかも分からないこの状況では言うべきではないと押し止め、当たり障りのない挨拶になってしまった。
静音は軽くお辞儀をして笑みを見せたものの、その表情は強張っていた。
「不安で堪らないんですけど......上手くいくよう、祈るばかりです」
隣で悠人が静音の肩を抱いた。
「心配ばかりしていても仕方ない。あとは運を天に任せるだけだ」
扉が開く音がして振り返ると、看護師が青い衣服を手に入ってきた。
「目薬、さしますね」
悠の傍かたわらに立ち、手術を行う右眼を開き、瞳を小さくするための目薬を点眼した。
角膜移植は両眼一気には行えない。まずは片眼だけ行い、期間をあけてからもう片方の移植をおこなうことになる。
「こちらが手術着になりますので、これに着替えておいて下さいね」
目薬の際にベッドの上に置いた青い手術着を悠に渡すと、看護師は出て行った。
悠は上体を起こし、ゆっくりと病衣の前合わせの紐に指を伸ばした。
「あ、カーテン、閉めるね」
薫子が脱ぎ始めようとした悠に焦りながらカーテンに手を掛け、ベッドの周りをカーテンで囲った。
大和が、声を上げた。
「悠......起き上がれるように、なったんだな」
あれから何度か悠の見舞いには来ていたが、ここ1ヶ月は忙しくて悠だけじゃなく、誠一郎の見舞いにさえも来れていなかった。薫子から電話で悠の状況は聞いていたものの、実際に目にし、驚かずにはいられなかった。
「あぁ」
カーテン越しの悠の返事はそっけなかったが、薫子は嬉しそうに頷いた。
「まだ立つには支えが必要だし、移動は車椅子じゃないといけないんだけど。毎日リハビリしてどんどん動かせるようになってきてるし、ほんとに悠、頑張ってる。
この前はね、病院の主催する母親学級にも一緒に参加してくれたの」
それを聞き、静音はその時のことを思い出したのか涙ぐんだ。
美姫は胸が熱くなった。
薫子とお腹の子供の存在が、悠にとってリハビリの大きな原動力になってるんだ。
ふたりの絆が、前よりももっと強くなっているのを感じる。
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