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鬩(せめ)ぎ合う心

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 染子の生け花教室のお手伝いをすることになったとばあやに伝えた薫子は、予想に反して怒られることはなかった。

「華岡先生からのご紹介であればしっかりした仕事でしょうし、時間的にもそれほどお躰に負担にもならず、返っていい気分転換になるでしょう。最近薫子様はずっと考えごとばかりされて、口数も少なくなっていましたし、仕事が見つかったことで気持ちが明るくなるのでしたら、ばあやは大歓迎でございますよ」

 家を出てからさえも、未だにばあやに心配ばかり掛けていることを薫子は申し訳なく思った。

「ばあや、ありがとう。いつも心配かけて、ごめんなさい」

 それでもばあやは、心配しながらもずっと見守っていてくれていた。
 信頼してくれていたのだ。

 そのことを、薫子は心から嬉しく思った。

 週に2回、僅か1時間の生け花教室の給料では、生活に必要なお金を全て補うことなど当然無理だ。だが、仕事を手にし、少しでも自分で自由に使えるお金が手に入るのだと思うと、薫子は精神的にずいぶん気持ちが楽になった。

 染子から指導のノウハウを教えてもらったり、花やその生け方について再度勉強をすることは、薫子にとって新たな楽しみとなった。特に、今まで知らなかった花材について調べたり、最近の生け花の傾向や流行を知る為に展覧会の写真をネットで見たりする時には胸が躍った。花屋に花材を注文したり、教室を始める前に事務の人間に挨拶したりといったやりとりは緊張するものの、それも好きなことのためだと思うとやる気になった。

 物心ついた頃から始めたお稽古事であり、自ら選択したわけではなかったが、こうして携わることで、やはり自分は花が、華道が好きなのだと再認識した。

 受講しているお年寄りは皆、この生け花教室を楽しみにしてくれている。それぞれに持病や老齢から病気を患っていたり、中には車椅子で教室まで来てそこから看護師におろしてもらって受講する者もいた。
 だが皆、長期入院しているにも関わらず、明るさを失っていない。受講生は皆まるで昔からの知り合いのように仲が良く、毎回活気がある中、わきあいあいとした雰囲気で授業は進んでいた。

 孫と同じくらいであろう年齢の薫子に対しても「先生」と敬意を表してくれ、薫子の拙い指導を熱心に聞いてくれる。妊娠している薫子を気遣って、妊娠中にいいという食べ物やお茶を貰うこともあった。また、自らの子育ての経験を語り、薫子へのアドバイスを一人が話し出すと、われもわれもと受講者達が語りだし、時には生け花そっちのけで話が盛り上がってしまい、染子に窘められることもあった。

 人生の大先輩である彼らの経験談やアドバイスは薫子にとってとても興味深く、教室が終わってから暫く聞き入ることも珍しくなかった。

 毎回教室が終わる度に、受講生たちが薫子に声を掛けてくれる。

「先生、今日もありがとうございました。この生け花教室が、なによりの私の楽しみなんですよ」

「ここに来ると、10年も20年も若くなった気になりますよ。本当に、ありがとうね」

 口々に感謝の言葉を述べ、中には薫子の手を両手で包み込み、深々とお辞儀をする彼らの姿に、薫子の目頭が熱くなる。元気をもらい、励まされ、生きる力を与えてもらっているのは自分の方だと強く感じていた。

 この仕事を紹介してくれた染子に、改めて感謝せずにはいられなかった。
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