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絶望 ー悠回想ー

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 事故に遭い、まるで躰が引き裂かれるような激痛の中、意識が戻った俺がまず考えたのは薫子のことだった。

 迎えに、行けなかった......

 無念が広がると同時に、薫子がどんな思いで俺を待っていたのかと思うと胸が苦しくなった。

 薫子はもう、俺が事故にあったことを聞いたのだろうか。それを聞いた時......きっと、彼女のことだから自分を責めるに違いない。

 絶対にこの駆け落ちを成功させてみせるという強すぎる思いゆえに事故を招き、結果、薫子に罪の意識を感じさせてしまったことを後悔したところで、時を戻すことなど出来ない。

 彼女のことが、心配で堪らなかった。
 

 ある日、母さんが出かけ、父さんと病室で二人きりになった。頭全体を包帯で巻かれ、目の部分も覆われていたために視界を遮られていたが、気配と音で父さんがベッドの隣の椅子に座ったことが分かった。

 いったん大きく息を吐いた後、父さんが重々しく口を開く。

『悠......話しておかなければならないことがある』

 そして、薫子の父親から電話がきたことを聞かせられた。

 父さんは、俺が風間財閥も何もかも捨てて駆け落ちしようとしていたことを知っても、咎めることはなかった。

『悠は......やはり、僕の子供だな』

 そう呟いただけだった。

 父さんの態度に安堵するよりも、薫子が父親に駆け落ちしようとしていたことを知られ、どれだけ責められているのかと心配する気持ちの方が大きかった。

 事故に遭い、どれだけ両親が心配し、そのことで自分が迷惑をかけたのか、痛いほど感じていた。特に母さんには、俺が昏睡状態の際、一睡もしないで俺の意識が戻るのを祈り続けていたことを聞き、申し訳ない気持ちでいる。

 ---もうこれ以上、両親を心配させるべきではない。

 そんな思いはあるものの、薫子への想いは募るばかりだった。

 今すぐにでも薫子の元に行きたい。なんとか父親から、彼女を守ってやりたい......

 気持ちではそう思うのに、躰は言うことを聞いてくれず、全身の痛みが俺を拘束する。排泄さえ自分で出来ず、管に繋がれた状態だ。

 薫子......どれだけ辛い思いをしているか。
 早く退院して、君に会いたい......
 
 俺は歯噛みし、焦燥を募らせた。

 顔全体を覆っていた包帯をようやく解いた時、目を開けた俺に期待していた景色は入ってこなかった。

『......どう、だい?』

 何度か聞き覚えのある医師の不安を伴った声を聞き、彼がこのことを予測していたのだと知った。

『何、も......見えません』

 光を感じ取れるものの、まるで景色全体に濃い靄がかかったようで、形として認識することが出来ない。

 母さんの呻き声が聞こえ、啜り泣く音が病室に響き渡る。

 この包帯がとれれば、骨折が元に戻れば、退院してここを出られれば......薫子に会いに行き、彼女を守る何らかの手だてが見つかるのではないかと信じていた。

 これから先の未来が打ち砕かれ、心さえも視界が閉ざされた気がした。
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