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運命の朝

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 その後は、青海学園大学出身で元東京都知事である早瀬匠が「成人者としての心構え」をテーマとして講演をした。

 早瀬匠といえば、彼がまだ都知事を務めていた頃、この櫻井ロイヤルホテルの『絢爛の間』にて誕生日パーティーが開かれ、そこに薫子も父と共に出席したのだった。櫻井家関連以外での初めての社交場という慣れない環境と元々内気で人と話すのが苦手な性格ゆえ極度に緊張し、薫子はそこで気分を悪くしてしまった。

 けれど、それがきっかけで悠が薫子を心配して追いかけてくれ......

『薫子が、好きなんだ。俺の恋人になって欲しい』

 告白されたのだった。

 早瀬元都知事が駆け落ちの日に成人式の講演者として招待されるなんて、なんという偶然なんだろう。

 もし、この世に偶然がないのだとしたら、これも運命の導きなのだろうか......

 講演が終わり、学長が終わりの挨拶をし、最後に集合写真を撮影して成人式は終了となった。

「ふぁー、やぁーっと終わったな」

 遼は思い切り両手を伸ばして、首を回しながらストレッチした。

「もう、遼くんがずっと成人式の間くだらないことで色々話しかけるから、ヒヤヒヤしちゃったわよ」
「なっ、お前だってノリノリで喋ってただろーが!同犯だろ、同犯っ!」

 陽子は遼の妨害により、薫子の様子には気付かなかったようだ。密かに胸を撫で下ろした薫子の手首が不意に掴まれ、グイと引っ張られる。

「りょ、遼ちゃん...危ないよ」

 袖を引っ張られるよりはいいが、それでも自由の利かない着物でいきなり手首を引かれた薫子はつんのめりそうになった。

「しゃ...写真......」
「ぇ?」

 あまりにも小さい遼の声が会場の喧騒に掻き消され、薫子は首を傾げた。

「おら、写真撮るから!陽子、ほらカメラっっ!!」

 陽子にカメラを押し付けた遼の顔は、真っ赤になっている。

「はいはい......ったく、人使い荒いわね」
「ごちゃごちゃ言わずにさっさと撮れよっ」

 遼は照れ隠しにぶっきらぼうな言い方をして、陽子を急かす。

 遼の隣に立つ薫子は、切ない気持ちで胸を締め付けられた。

 この写真を見る時、遼ちゃんはいなくなってしまった私のことをどう思うのだろう......

 遼と写真を撮った後は、陽子が遼に頼み、女子3人の写真を撮ってもらうことにした。

「ほら、薫子。せっかく綺麗な着物着てるんだから、笑って、笑って」
「うん...」

 薫子は陽子の言葉に、笑みを見せた。

 会場では殆どの者が友達同士でデジカメやスマホで写真を撮ったり、お喋りに夢中になったり、式が終わった途端にバーカウンターでお酒を飲んで盛り上がったりと、一向に帰る気配が見られない。

「この後パーティー行くよな?どうする?」

 遼が、薫子に向けて聞いてきた。

 途端に薫子は心臓を鷲掴みにされたかの如くギュッとした痛みを感じつつ、平静を装い、答えた。

「うん。一度家に帰って着替えてから、また来るつもり」

 大丈夫。何度も頭の中でイメージして繰り返し練習してきたんだもん。ちゃんと、答えられているはず......

「だよな。着物のままずっとじゃ、つれぇよな。ってか、パーティーって何時からだっけ?」
「2時からでしょ。ほら、案内にも書いてあるよ」

 陽子が手元の案内を指差した。

「そっか。あ、薫子。お前も2時に行くんならついでに迎えに行ってやんぞ」

 遼の申し出に、薫子はビクッと肩を揺らした。

「あ...あの...」

 震えそうになりながらも口を開きかけた薫子に被せるようにして、陽子が答える。

「薫子は、私と美姫さんと一緒に行く約束してるの!ねぇーっ」

 陽子は首を傾げて薫子を見つめた。

「そうかよ。だったら別にいいけどよ」

 遼がそれ以上聞いてこないことに安堵しながらも、薫子の胸の中をどうしようもない後ろめたさが覆っていく。

 遼ちゃんは、私との約束を果たす為にアメリカでの生活を捨ててまで日本に来た。

 遼ちゃんと再会してから今まで振り回されてばかりだったけど......それだけじゃなく、助けられたこともいっぱいあったのに......

ーー私はこのまま、何も言わずに駆け落ちしてもいいの?

 絶対に知られてはいけない......

 そう、頭では分かっているのに、いざ遼を目の前にしてしまうと、薫子はどうしても罪悪感を拭い去ることが出来ずにいた。
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