Loving You Is Blind(愛しているから)

寅田 奈里

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Episode1

2.不思議な日本人

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 私がまだ日本に来ることになる前の話だが、当時勤めていた地元の会社で、私はある不思議な出会いを経験した。

 いつも通り仕事をしていたある日、担当していた企画の会議が終わって、自分の部署に戻ろうと廊下を歩いていると、向こうから見慣れない男性がやって来るのが目に入った。その男性は、背が高くて顔が整っていて、いわゆるイケメンと呼ばれるタイプの人で、すれ違いざまに一瞬目が合ったかと思うと、ニコッと軽く会釈をして去って行った。ほんの一瞬すれ違っただけなのに、なぜか私は彼のその微笑みかけるような笑顔を忘れることができなかった。
 
 その日の仕事終わりは、職場での飲み会があり、同じ部署の先輩の紹介で、日本人の男性と会うことになっていた。一体どんな人なんだろうと思いながら少し緊張していたが、その人が目の前に現れたとき、私は驚いて一瞬自分の目を疑った。偶然にも、その人は昼間廊下ですれ違ったあのイケメンだったのだ。
 
 驚きを隠せないまま戸惑う私をよそに、先輩は彼の紹介を始めた。
「彼の名前は、ケン。日本の貿易会社で働いていて、仕事の関係でこっちに来ることになったの。しばらくの間、うちの会社で一緒に仕事をするから、色々サポートしてあげてね」
 
 ケンは主に私たちの部署で一か月くらい一緒に仕事をすることになったが、まさかこの人が、後に私の人生を大きく変えるキーパーソンになるなんて、そのときの私はこれっぽっちも想像していなかった。
 
 ケンは私より7歳年下で、真面目で誠実そうな人だった。ケンは飲み会の間、お酒も飲まず煙草も吸わず、ジュースを片手にとても流暢な英語で会社の人達に挨拶して回っていた。その姿を眺めていて、日本人ってやっぱり礼儀正しいんだと感心したけれど、いい年をしたイケメンがジュースだなんて……彼のイメージとあまりにもギャップがありすぎて、思わず笑ってしまった。周りを見てみると、他の人達も同じようなことを思ったのか、「ケンはとても真面目な人なんだね」と、皆楽しそうに笑っていた。

 ケンがタイを訪れたのは今回が初めてだったので、せっかくだからと思い、休日になると私たちは彼に国内の色んな観光名所を案内して回った。ケンは物静かだが、とても優しくて気配り上手な人で、そんな彼に私は徐々に心を惹かれていった。
 
 そうして、いつの間にかケンのことを目で追うようになっていた私は、いっそのこと彼が帰国してしまう前に、思い切って彼にアプローチしてみようかと考えた。けれど、7歳も年上の女なんて相手にしてもらえないんじゃないかという不安もあって、自分の気持ちに正直になるのに迷いが生じていた。
 
 こんなに誰かにときめいたのは久々のことだったが、結局その後もケンとは他愛もない会話しかできなくて、ただいたずらに時間だけが過ぎていった。
 そうこうしているうちに、ケンの滞在期間はあっという間に終わりを迎えて、私は何も伝えられないまま、彼の帰国を見送ることになってしまった。
 
 ケンがいなくなって数日、彼に自分の気持ちを伝えられなかったことに心残りがないと言えば嘘になる。だけど、きっとケンは年上に興味なんてなかっただろうし、変に告白して傷つかなくてすんだのだから、これでよかったんだと、なんとか彼のことを忘れようと自分に言い聞かせた。
 
 それから、相変わらず仕事に追われて忙しい日々を過ごしていたある日、日本から私宛に手紙が届いたと、先輩が手に持っていた茶色い封筒を手渡してくれた。差出人を確認すると、そこにはケンの名前が書かれていた。
 
 なぜ私宛なのだろうと不思議に思いながら、手紙の内容に目を通すと……
「ナンさん。先日は大変お世話になり、ありがとうございました。おかげさまで素敵な時間を過ごすことができました。それまでは、タイという国に対して特別な思いはありませんでしたが、ナンさん達が案内してくれたおかげで、今ではこの国のことがとても好きになりました。今後もタイには旅行に行こうと思っているので、そのときにぜひまたお会いしましょうね。ケンより」
 
 それは、とても丁寧な英語の筆記体で書かれたお礼の挨拶状だったが、タイへの想いが綴られたその手紙は、私には期待外れのものだった。こんな内容ならわざわざ私宛にしなくてもいいのに……それに、また会おうだなんて、どうせ社交辞令でしょ……。
 思わせぶりな手紙の内容に少し腹が立ったが、おかげでもうケンのことはきれいさっぱり忘れようという決心がついた。

 ところが、その後半年も経たないうちに、ケンは本当にまたタイを訪れて、私に顔を見せに来てくれたのだった……。
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