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《61》
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ジャロリーノと王子は部屋を出た。
ここは王子を含めたビスマスの居住区である。
王宮の一部である。別の場所では政が行われ、他の宮には神殿もある。
ネイプルスにも同じように政や神々のための場所があるが、ジャロリーノがいる首都の城ではあまり機能しておらず、その役割はネイプルス州のネイプルス領のネイプルス城が担っていた。
なので、住まいと政治と宗教が一体化しているこの場所が、今はどうも落ち着かなかった。
さっきまでセックスしてたんだよな、こいつと、ここで。
隣にいる王子を横目で見ては、居心地の悪さにむずむずした。
「お腹すかない?」
王子はさして気にしていないようだった。
「……空いたような、そうでもないような」
「お腹が気持ち悪い?」
「は?」
と返したあと、王子が気にした意味が分かった。
中出しされたのだ。
「……場所が違う」
「胃と直腸だもんね。それもそうだね。でも気持ち悪くない?」
「……分かんない。良くはない」
「ふうん。……ジャロリーノは少し寝れば回復するんだね。やっぱり魔女の血筋は違うんだなあ」
「意味分かんない。で、食事はするのか?」
「シンフォニーに会いに来たんだろう?」
「……お前の話しはしょっちゅう飛ぶよな」
シンフォニーに会いに来たのだが、正直、今はあまり会いたくなかった、
「多分神殿での仕事が一段落つく頃だから、シンフォニーに支度をさせよう。これからはシンフォニーをシェアするわけだから、ちょうどいい」
「シェア。完全に俺のものだろ? なんのためにお前とヤったと思ってるんだ」
「まあそうだね。けど今は陛下の所有だから。ジャロリーノ次第だよ」
「……スマルト王陛下のモノ、か」
サーリピーチが国王を激怒させたと言っていた。果たして手放すだろうか。
「ジャロリーノが成果を出せば、……いいんだけど……。お腹気持ち悪くない?」
「悪くないよ」
「そっかあ。あ、この先はもしかしたら大変かも。なんかあったらすぐに言ってね」
王子の言うことは半分聞き流すくらいがちょうどいい。
王子直々に扉を開けてくれたが、やはりなにが大変なのかは分からなかった。
少し人の気配があるくらいだ。
美しく着飾った人間が柱の側に立ち、頭を下げている。
使用人は表にあまり出てこないので、身分ある貴族の宮仕えか高級奴隷だろう。
「大丈夫そう?」
「なにが」
すると王子は、んー、と唸って首をかしげた。
「……大丈夫かなあ……」
「なにがだよ」
「……シンフォニー、ジャロリーノに渡すことできるかな」
「約束は守れよ」
「うん。明日また頑張るよ」
「明日かよ」
「うん」
王子に連れられ、ジャロリーノは馬車に乗った。
神殿に移動するのだ。
五分もかからずに到着し、雪と見分けのつかない白い床を歩く。そして真っ白な絨毯にたどり着き、黄金が縁取る白い扉が開けられて神殿内に入った。
荘厳であるが絢爛である。
アウロラの贅と美を集結させな宗教芸術で一杯だ。
だがそれは外側の部分で、中央内部へ向かうにつれて装飾が剥がれてゆくのだ。
目的地は決まっているらしい。
ジャロリーノは久々に訪れた神殿を見て回りたかったが、王子は寄り道する気はないようだ。
白く、しかし細かな細工が彫られた柱が続き、それらが壁の存在しない部屋を作り出している。
壁のある部屋はむしろ異質に見え、中でなにが執り行われるのか気になってしまう。
そんな部屋の一つに、王子は入っていった。
「……」
ジャロリーノも遅れて入った。
中には椅子がたくさん並んでいた。四方の壁を背に、何も置かれていない中央の空間を見るように並べられている。
「あれ。騙された」
王子は驚いたように言った。
「は?」
「居るっていってたのに」
「……なにが」
「僕の神官奴隷たち。ここで降霊の儀式をしてるって」
聞いちゃいけないことを聞いてしまった。
「……んー。予定変更……かなあ。僕がサボったからかな」
「もしかして俺と……、ヤってたから?」
「それもあるといえばあるかな。……いつも唱えてる呪文を今日は唱えてないんだよね。……はあ。分厚い本をまるまる一冊だよ。歩きながらでもできるんだけど、よく間違えるんだ。だから本を読みながら唱えてる。……間違えると全部やり直しなんだよねえ……」
「もしかしてさっき読んでたのってそれか。……さっきでもないけど」
「ジャロリーノが気持ちよすぎるから、すっかり忘れてた」
あはは。王子はあっけらかんと笑った。
その後王子は神殿をうろうろ歩き、神官を見つけて奴隷たちの居場所を聞き出した。
奴隷たちはそれぞれの持ち場に戻ったらしい。
シンフォニーは近衛として、大神官でもある王子のための部屋で警備を当たっているらしいが、王子不在のために休憩にでたかもしれないとのこと。
なので王子とジャロリーノは、休憩場所に行ってみた。
普段そこには王子が立ち入ることがないらしく、王子が現れると蜂の巣をつついたように大騒ぎとなり、だらだらしていた者達が大慌てで身なりを整え平伏した。
「シンフォニーは?」
王子がニコニコと訊ねた。
「お、恐れながら、王太子殿下。殿下付きの近衛奴隷はこちらにはおりません。神官奴隷の方々は別の場所にてお休みになっておられます。近衛奴隷も、おらるならばそちらでしょう」
「そっか。わかった」
王子はニコニコしたまま休憩室を出た。
「……なんか神殿も階級とか面倒なんだな」
「うん。すごく面倒だよ。貴族の神官と奴隷の神官と、普通の神官と。あと術者と預言者と巫女と。んーと、……神官奴隷でも、代々の血筋と、一代限りとは違うし」
「貴族の神官ってのは、大教会の司祭とかか」
「まあね。大巫女とかもそうかな」
「大巫女って?」
「女性だけがなれる神官職の一つなんだけど、……まあ、難しい話しはいいじゃないか。ジャロリーノもきっと習うことになるだろうしね」
「そうなのか。あー、大人になるって大変だな。奴隷に関してやっと勉強をはじめたんだけど、覚えることが多過ぎだ」
「ジャロリーノは黒鳥の王になるの?」
「黒鳥館の仕事を教えてもらってるとこだよ。オルカはもう神官なんだろ?」
「うん。でも神官には小さい頃にはもうなってたから。……教皇や法王になる準備をしてるとこ」
「教皇と法王ってなんか違うのか」
「国王職を終えたら教皇になるんだよ。教皇を終えたら法王だよ。法王までなるのはあんまりないらしいけどね。だいたいは引退して大公になるから」
「ネイプルスだと、王を辞したら大公だけど、引退はしないみたいだぜ?」
「いわゆる大公の代わりの名前が、教皇。ネイプルス大公は引退しても大公って肩書きのままだよね? 教皇は引退してやっと大公に落ち着けるんだ。……法王になるのはしんどいよ」
「ふうん」
王子は僅かに眉尻を下げ、唇をつきだした。
すでに老後の心配をしている。
どれだけ神官職、もとい王職が辛いのだろうか。
「なあオルカ。俺、中央の祈りの間に行きたいんだけど」
「なんで?」
「え。なんでって、……聞かれるとは思わなかったんだけど」
中央の祈りの間はいわゆる礼拝堂だ。教会にきたらまず先に祈りを捧げに赴く場所であるし、聖堂でもそうだ。
神殿にきたら祈りの間で神に挨拶するのは疑問に上がることさえない当然のことだ。
「どうして行きたいの?」
「……。……行かせたくないのかよ、俺を」
「そうじゃないよ。ただ不思議に思っただけ」
なんで不思議に思われたのか本当に分からなかった。
ジャロリーノは祈りの間に行った。
そこはやはりどこの教会や聖堂よりも神聖な空気だった。
美しい天井のモザイク。
巨大なパイプオルガン。
青い光が注がれ、白さが浮かび、蝋燭のあかりが魂の光のようだ。
ジャロリーノは美しさと澄んだ空気に生き返るような感覚を得た。
先ほどまでの下劣極まりない自分とは別物でいられる気がした。
祈りを軽く捧げる。
挨拶だ。
「よっし。行くか」
「え! もういいの?」
「なんで驚くんだよ」
「だって! ……凄い省略してるから。びっくりした」
「そんなに省略したかな?」
「ジャロリーノ、もうちょっと気合いいれたほうがいいよ。神様も、それだけかよ! ってずっこけてるよ!」
「うーん。……、ま、ネイプルスは奴隷担当だから! 宗教はビスマスに任せた」
「ジャロリーノってば!」
もー、と王子はジャロリーノの腰を引き寄せた。
近い。
瞬時に緊張し、回される腕の感触に、その親密な動きに、ジャロリーノは王子とセックスに及んでしまったのだと理解した。
ああ、そうか。
こいつとの壁が一つ剥がれてしまったのだ。
「……」
どうしよう。
「ねえジャロリーノ、もう一回祈ろう? 真似してくれればいいからさ」
「……あ、ああ」
隣に立つ王子との距離が、いつもより近い。
いや、いつもとは、いつだっただろう。
いつもは王子はそばにいない。
でも近い。
そうだ、他のやつらと比べて近い。
いやそうだったろうか。わからない、わからなくなった。
王子の真似をして祈り直すと、王子がにっこりとジャロリーノを見た。
近い。
「どうしたのさ。行こ。神様も満足したはず」
「……あ、ああ」
「……やっぱりお腹変になってきた?」
「大丈夫だよ」
駄目だ。どんどん卑屈になっていきそうだ。
自分はゲイであるし、そうやって生きるのだと決めたのだし、初めてのセックスをしてしまったけど、相手が王子ならそう悪くはない。
悪い相手ではないのだ。
むしろ良い相手だ。
身分的にも文句のつけようがない。
「……」
だけれど、後悔の波が寄せては引いてを繰り返している。
「……オルカ、俺……と、お前って、これからどんな関係になるんだ?」
「え? 明日、またエッチする関係だよ。あと妖精さんをたくさん作る関係」
それってなんなんだよ。
聞きたかったけど、まともな答えが来る気もしなかったのでやめた。
「ごめんな。俺……、最近少し気分の浮き沈みが激しいんだ」
「恋ってやつだね!」
「は?」
ビックリしてジャロリーノは胸を押さえた。急に心臓を捕まれたような痛みを感じた。
「ジャロリーノ、男の人に恋をしちゃったでしょ」
「な、……な、な……」
言葉がでない。
もしかしてセックスの最中にうっかりシェパイの名前を読んでしまったのだろうか。
「それで、なんだか落ち着かないんだよね?」
「……、……、……」
「そっか。僕からもちゃんと言わないといけないよね。ジャロリーノの恋人になる相手、僕が定期的にジャロリーノとセックスして、ジャロリーノの中にたくさん射精するって言っとかないと、きっと嫉妬するよね。奴隷なら許せても、一応身分同じだし。……、指輪を交換したらそんなこともなくなるけど、どうする?」
「……、……、え、」
まだ心臓が痛い。
「そっかそっか、そんな実務的なことより、恋の方が問題だよね。心、大事。男が男に恋をするって辛いんだよね、たしか。んーと、……んー……、恋、恋かあ……、恋……、どんな気持ちなの?」
「どうって、……くるしい……」
「苦しいなら嫌いなんじゃない?」
「……違う。……好き」
言った瞬間、顔が急に火照り、涙が滲んできた。
心臓が痛い。
どうしよう。
シェパイじゃない相手とセックスしてしまった。
シェパイに嫌われる。
「…………。んー……」
王子は小さく唸りながら、目をくりくり動かして回りを見ていた。
「僕じゃなく、シンフォニーの方がいいかもね。慰めてもらおう」
「は? 何言ってるんだよ、訳わかんねーの」
ジャロリーノは目を擦りながら言った。
「いいからいいから、ね?」
王子はジャロリーノを抱きしめ、背中をポンポンと叩き、最後にチュッとキスをしてきた。
それがあまりにも流れるような動きだったので、ジャロリーノは瞬き以外できなかった。
シンフォニーを見つけたのは、バルコニーからしたの講堂を見下ろしたときだった。
王宮近衛の制服に、薄手の生地の短いマントを肩から下げていて、あまりのかっこよさに胸かキュンと音を立てた。
まともに見るのも最初できなくて、たまらず視線をそらしてしまった。
それでも、見ないことなんて勿体なくて、ドキドキしなからバルコニーの下を見れば、そのシンフォニーとバッチリ目があってしまった。
「!」
ビックリして顔を引っ込めた。
「どうしたんだよ、ジャロリーノのお目当てのシンフォニーだよ。そんな態度とったら嫌われるんじゃないかな」
「う、うるさい! だって、だって……!」
顔が熱いしドキドキするし、声が上ずってしまう。
「あれ? ジャロリーノが好きな人ってシンフォニーだった?」
「うああ、そんなこと言うのやめろよぉ、バカあ! 違うから、違うから!」
「違うの?」
「違わないけど違うんだよ!」
ああ、かっこよすぎて直視できない。
ジャロリーノは恥ずかしくてバルコニーの影にずるずるとしゃがみこんだ。
「……ジャロリーノ、お腹すいたから食事をしに行こうよ。それにシンフォニーに会いに来たんだろ。……」
「いい、なんかお腹いっぱい、胸がドキドキしてそれどころじゃない。……ここでシンフォニー見てる……」
そろりとシンフォニーを見る。
駄目だ、心臓が割れる。
それくらいドキドキしている。
「ああ……カッコいい……」
「……。じゃもうそこにいてよ。僕ちょっとシンフォニーのとこに行ってくるから」
「う、うん」
王子を見送り、そっとシンフォニーを見る。
シンフォニーを見るとドキドキして泣けてくる。
もしかして恋をしているのだろうか。
それともカッコいいからだろうか。
シェパイのことを考えると苦しいし、シンフォニーを見ていても苦しいのだけど、シェパイは辛くて、シンフォニーは辛くない。
バルコニーの下、王子が現れるとシンフォニーがスッと動いた。
そして王子の前で会釈をする。
王子がなにか話し始めた。いつもの、なにを考えているかわからない笑顔で、妙に饒舌に口を動かしている。
そして王子とシンフォニーは同時にバルコニーを見上げたので、ジャロリーノはサッと隠れた。
隠れてしまった。
シンフォニーに不審がられているだろうな。
手摺の影に隠れてうじうじしていると、王子とシンフォニーが近づいてきたのが見えた。
さすがにいつまでもしゃがんでいるわけにもいかないので、ジャロリーノは立ち上がり、二人と合流した。
思ったよりも緊張しなかった。
「ジャロリーノ・エリス・ネイプルス殿下。シンフォニーにございます。本日はお声かけ、誠にありがとうございます」
声はまだかけてないが、王子がなにか言ったのだろう。
「うん」
ジャロリーノは言葉少なく返事をした。
「じゃあシンフォニーに食事の支度を頼んだから、王宮に戻ろう」
そう言って王子がジャロリーノの手を握った。
ビックリして振り払いそうになったがそれはいけない気がして手を繋いだまま歩きだしたが手を振りほどいた方がよかっただろうか。
ジャロリーノは静かに混乱をしていた。
ここは王子を含めたビスマスの居住区である。
王宮の一部である。別の場所では政が行われ、他の宮には神殿もある。
ネイプルスにも同じように政や神々のための場所があるが、ジャロリーノがいる首都の城ではあまり機能しておらず、その役割はネイプルス州のネイプルス領のネイプルス城が担っていた。
なので、住まいと政治と宗教が一体化しているこの場所が、今はどうも落ち着かなかった。
さっきまでセックスしてたんだよな、こいつと、ここで。
隣にいる王子を横目で見ては、居心地の悪さにむずむずした。
「お腹すかない?」
王子はさして気にしていないようだった。
「……空いたような、そうでもないような」
「お腹が気持ち悪い?」
「は?」
と返したあと、王子が気にした意味が分かった。
中出しされたのだ。
「……場所が違う」
「胃と直腸だもんね。それもそうだね。でも気持ち悪くない?」
「……分かんない。良くはない」
「ふうん。……ジャロリーノは少し寝れば回復するんだね。やっぱり魔女の血筋は違うんだなあ」
「意味分かんない。で、食事はするのか?」
「シンフォニーに会いに来たんだろう?」
「……お前の話しはしょっちゅう飛ぶよな」
シンフォニーに会いに来たのだが、正直、今はあまり会いたくなかった、
「多分神殿での仕事が一段落つく頃だから、シンフォニーに支度をさせよう。これからはシンフォニーをシェアするわけだから、ちょうどいい」
「シェア。完全に俺のものだろ? なんのためにお前とヤったと思ってるんだ」
「まあそうだね。けど今は陛下の所有だから。ジャロリーノ次第だよ」
「……スマルト王陛下のモノ、か」
サーリピーチが国王を激怒させたと言っていた。果たして手放すだろうか。
「ジャロリーノが成果を出せば、……いいんだけど……。お腹気持ち悪くない?」
「悪くないよ」
「そっかあ。あ、この先はもしかしたら大変かも。なんかあったらすぐに言ってね」
王子の言うことは半分聞き流すくらいがちょうどいい。
王子直々に扉を開けてくれたが、やはりなにが大変なのかは分からなかった。
少し人の気配があるくらいだ。
美しく着飾った人間が柱の側に立ち、頭を下げている。
使用人は表にあまり出てこないので、身分ある貴族の宮仕えか高級奴隷だろう。
「大丈夫そう?」
「なにが」
すると王子は、んー、と唸って首をかしげた。
「……大丈夫かなあ……」
「なにがだよ」
「……シンフォニー、ジャロリーノに渡すことできるかな」
「約束は守れよ」
「うん。明日また頑張るよ」
「明日かよ」
「うん」
王子に連れられ、ジャロリーノは馬車に乗った。
神殿に移動するのだ。
五分もかからずに到着し、雪と見分けのつかない白い床を歩く。そして真っ白な絨毯にたどり着き、黄金が縁取る白い扉が開けられて神殿内に入った。
荘厳であるが絢爛である。
アウロラの贅と美を集結させな宗教芸術で一杯だ。
だがそれは外側の部分で、中央内部へ向かうにつれて装飾が剥がれてゆくのだ。
目的地は決まっているらしい。
ジャロリーノは久々に訪れた神殿を見て回りたかったが、王子は寄り道する気はないようだ。
白く、しかし細かな細工が彫られた柱が続き、それらが壁の存在しない部屋を作り出している。
壁のある部屋はむしろ異質に見え、中でなにが執り行われるのか気になってしまう。
そんな部屋の一つに、王子は入っていった。
「……」
ジャロリーノも遅れて入った。
中には椅子がたくさん並んでいた。四方の壁を背に、何も置かれていない中央の空間を見るように並べられている。
「あれ。騙された」
王子は驚いたように言った。
「は?」
「居るっていってたのに」
「……なにが」
「僕の神官奴隷たち。ここで降霊の儀式をしてるって」
聞いちゃいけないことを聞いてしまった。
「……んー。予定変更……かなあ。僕がサボったからかな」
「もしかして俺と……、ヤってたから?」
「それもあるといえばあるかな。……いつも唱えてる呪文を今日は唱えてないんだよね。……はあ。分厚い本をまるまる一冊だよ。歩きながらでもできるんだけど、よく間違えるんだ。だから本を読みながら唱えてる。……間違えると全部やり直しなんだよねえ……」
「もしかしてさっき読んでたのってそれか。……さっきでもないけど」
「ジャロリーノが気持ちよすぎるから、すっかり忘れてた」
あはは。王子はあっけらかんと笑った。
その後王子は神殿をうろうろ歩き、神官を見つけて奴隷たちの居場所を聞き出した。
奴隷たちはそれぞれの持ち場に戻ったらしい。
シンフォニーは近衛として、大神官でもある王子のための部屋で警備を当たっているらしいが、王子不在のために休憩にでたかもしれないとのこと。
なので王子とジャロリーノは、休憩場所に行ってみた。
普段そこには王子が立ち入ることがないらしく、王子が現れると蜂の巣をつついたように大騒ぎとなり、だらだらしていた者達が大慌てで身なりを整え平伏した。
「シンフォニーは?」
王子がニコニコと訊ねた。
「お、恐れながら、王太子殿下。殿下付きの近衛奴隷はこちらにはおりません。神官奴隷の方々は別の場所にてお休みになっておられます。近衛奴隷も、おらるならばそちらでしょう」
「そっか。わかった」
王子はニコニコしたまま休憩室を出た。
「……なんか神殿も階級とか面倒なんだな」
「うん。すごく面倒だよ。貴族の神官と奴隷の神官と、普通の神官と。あと術者と預言者と巫女と。んーと、……神官奴隷でも、代々の血筋と、一代限りとは違うし」
「貴族の神官ってのは、大教会の司祭とかか」
「まあね。大巫女とかもそうかな」
「大巫女って?」
「女性だけがなれる神官職の一つなんだけど、……まあ、難しい話しはいいじゃないか。ジャロリーノもきっと習うことになるだろうしね」
「そうなのか。あー、大人になるって大変だな。奴隷に関してやっと勉強をはじめたんだけど、覚えることが多過ぎだ」
「ジャロリーノは黒鳥の王になるの?」
「黒鳥館の仕事を教えてもらってるとこだよ。オルカはもう神官なんだろ?」
「うん。でも神官には小さい頃にはもうなってたから。……教皇や法王になる準備をしてるとこ」
「教皇と法王ってなんか違うのか」
「国王職を終えたら教皇になるんだよ。教皇を終えたら法王だよ。法王までなるのはあんまりないらしいけどね。だいたいは引退して大公になるから」
「ネイプルスだと、王を辞したら大公だけど、引退はしないみたいだぜ?」
「いわゆる大公の代わりの名前が、教皇。ネイプルス大公は引退しても大公って肩書きのままだよね? 教皇は引退してやっと大公に落ち着けるんだ。……法王になるのはしんどいよ」
「ふうん」
王子は僅かに眉尻を下げ、唇をつきだした。
すでに老後の心配をしている。
どれだけ神官職、もとい王職が辛いのだろうか。
「なあオルカ。俺、中央の祈りの間に行きたいんだけど」
「なんで?」
「え。なんでって、……聞かれるとは思わなかったんだけど」
中央の祈りの間はいわゆる礼拝堂だ。教会にきたらまず先に祈りを捧げに赴く場所であるし、聖堂でもそうだ。
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「どうして行きたいの?」
「……。……行かせたくないのかよ、俺を」
「そうじゃないよ。ただ不思議に思っただけ」
なんで不思議に思われたのか本当に分からなかった。
ジャロリーノは祈りの間に行った。
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美しい天井のモザイク。
巨大なパイプオルガン。
青い光が注がれ、白さが浮かび、蝋燭のあかりが魂の光のようだ。
ジャロリーノは美しさと澄んだ空気に生き返るような感覚を得た。
先ほどまでの下劣極まりない自分とは別物でいられる気がした。
祈りを軽く捧げる。
挨拶だ。
「よっし。行くか」
「え! もういいの?」
「なんで驚くんだよ」
「だって! ……凄い省略してるから。びっくりした」
「そんなに省略したかな?」
「ジャロリーノ、もうちょっと気合いいれたほうがいいよ。神様も、それだけかよ! ってずっこけてるよ!」
「うーん。……、ま、ネイプルスは奴隷担当だから! 宗教はビスマスに任せた」
「ジャロリーノってば!」
もー、と王子はジャロリーノの腰を引き寄せた。
近い。
瞬時に緊張し、回される腕の感触に、その親密な動きに、ジャロリーノは王子とセックスに及んでしまったのだと理解した。
ああ、そうか。
こいつとの壁が一つ剥がれてしまったのだ。
「……」
どうしよう。
「ねえジャロリーノ、もう一回祈ろう? 真似してくれればいいからさ」
「……あ、ああ」
隣に立つ王子との距離が、いつもより近い。
いや、いつもとは、いつだっただろう。
いつもは王子はそばにいない。
でも近い。
そうだ、他のやつらと比べて近い。
いやそうだったろうか。わからない、わからなくなった。
王子の真似をして祈り直すと、王子がにっこりとジャロリーノを見た。
近い。
「どうしたのさ。行こ。神様も満足したはず」
「……あ、ああ」
「……やっぱりお腹変になってきた?」
「大丈夫だよ」
駄目だ。どんどん卑屈になっていきそうだ。
自分はゲイであるし、そうやって生きるのだと決めたのだし、初めてのセックスをしてしまったけど、相手が王子ならそう悪くはない。
悪い相手ではないのだ。
むしろ良い相手だ。
身分的にも文句のつけようがない。
「……」
だけれど、後悔の波が寄せては引いてを繰り返している。
「……オルカ、俺……と、お前って、これからどんな関係になるんだ?」
「え? 明日、またエッチする関係だよ。あと妖精さんをたくさん作る関係」
それってなんなんだよ。
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「ごめんな。俺……、最近少し気分の浮き沈みが激しいんだ」
「恋ってやつだね!」
「は?」
ビックリしてジャロリーノは胸を押さえた。急に心臓を捕まれたような痛みを感じた。
「ジャロリーノ、男の人に恋をしちゃったでしょ」
「な、……な、な……」
言葉がでない。
もしかしてセックスの最中にうっかりシェパイの名前を読んでしまったのだろうか。
「それで、なんだか落ち着かないんだよね?」
「……、……、……」
「そっか。僕からもちゃんと言わないといけないよね。ジャロリーノの恋人になる相手、僕が定期的にジャロリーノとセックスして、ジャロリーノの中にたくさん射精するって言っとかないと、きっと嫉妬するよね。奴隷なら許せても、一応身分同じだし。……、指輪を交換したらそんなこともなくなるけど、どうする?」
「……、……、え、」
まだ心臓が痛い。
「そっかそっか、そんな実務的なことより、恋の方が問題だよね。心、大事。男が男に恋をするって辛いんだよね、たしか。んーと、……んー……、恋、恋かあ……、恋……、どんな気持ちなの?」
「どうって、……くるしい……」
「苦しいなら嫌いなんじゃない?」
「……違う。……好き」
言った瞬間、顔が急に火照り、涙が滲んできた。
心臓が痛い。
どうしよう。
シェパイじゃない相手とセックスしてしまった。
シェパイに嫌われる。
「…………。んー……」
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ジャロリーノは目を擦りながら言った。
「いいからいいから、ね?」
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それがあまりにも流れるような動きだったので、ジャロリーノは瞬き以外できなかった。
シンフォニーを見つけたのは、バルコニーからしたの講堂を見下ろしたときだった。
王宮近衛の制服に、薄手の生地の短いマントを肩から下げていて、あまりのかっこよさに胸かキュンと音を立てた。
まともに見るのも最初できなくて、たまらず視線をそらしてしまった。
それでも、見ないことなんて勿体なくて、ドキドキしなからバルコニーの下を見れば、そのシンフォニーとバッチリ目があってしまった。
「!」
ビックリして顔を引っ込めた。
「どうしたんだよ、ジャロリーノのお目当てのシンフォニーだよ。そんな態度とったら嫌われるんじゃないかな」
「う、うるさい! だって、だって……!」
顔が熱いしドキドキするし、声が上ずってしまう。
「あれ? ジャロリーノが好きな人ってシンフォニーだった?」
「うああ、そんなこと言うのやめろよぉ、バカあ! 違うから、違うから!」
「違うの?」
「違わないけど違うんだよ!」
ああ、かっこよすぎて直視できない。
ジャロリーノは恥ずかしくてバルコニーの影にずるずるとしゃがみこんだ。
「……ジャロリーノ、お腹すいたから食事をしに行こうよ。それにシンフォニーに会いに来たんだろ。……」
「いい、なんかお腹いっぱい、胸がドキドキしてそれどころじゃない。……ここでシンフォニー見てる……」
そろりとシンフォニーを見る。
駄目だ、心臓が割れる。
それくらいドキドキしている。
「ああ……カッコいい……」
「……。じゃもうそこにいてよ。僕ちょっとシンフォニーのとこに行ってくるから」
「う、うん」
王子を見送り、そっとシンフォニーを見る。
シンフォニーを見るとドキドキして泣けてくる。
もしかして恋をしているのだろうか。
それともカッコいいからだろうか。
シェパイのことを考えると苦しいし、シンフォニーを見ていても苦しいのだけど、シェパイは辛くて、シンフォニーは辛くない。
バルコニーの下、王子が現れるとシンフォニーがスッと動いた。
そして王子の前で会釈をする。
王子がなにか話し始めた。いつもの、なにを考えているかわからない笑顔で、妙に饒舌に口を動かしている。
そして王子とシンフォニーは同時にバルコニーを見上げたので、ジャロリーノはサッと隠れた。
隠れてしまった。
シンフォニーに不審がられているだろうな。
手摺の影に隠れてうじうじしていると、王子とシンフォニーが近づいてきたのが見えた。
さすがにいつまでもしゃがんでいるわけにもいかないので、ジャロリーノは立ち上がり、二人と合流した。
思ったよりも緊張しなかった。
「ジャロリーノ・エリス・ネイプルス殿下。シンフォニーにございます。本日はお声かけ、誠にありがとうございます」
声はまだかけてないが、王子がなにか言ったのだろう。
「うん」
ジャロリーノは言葉少なく返事をした。
「じゃあシンフォニーに食事の支度を頼んだから、王宮に戻ろう」
そう言って王子がジャロリーノの手を握った。
ビックリして振り払いそうになったがそれはいけない気がして手を繋いだまま歩きだしたが手を振りほどいた方がよかっただろうか。
ジャロリーノは静かに混乱をしていた。
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指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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