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第一章

第二十九話 魔王、ぽんぽこ撃つ

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 エリスの様子を、やや離れたところから観察する影が二つ。

「くくく……計画通りだ。やはりクーポン券の魔力には侯爵令嬢とて抗えぬということだな」

「……いや、多分違うと思うぞ」

 不敵な笑みを浮かべるバゼルを、スオウが不安そうに見つめる。

「しかし、標的が上手く外に出てきてくれたのは良いが……かなりの護衛の数だぞ?人の出もすごいし……こんな中で暗殺なんて出来るのか?」

「くく、安心しろ。あのクーポンに導かれるままに、ヤツは死地へと足を踏み入れることになるだろう」

「そうか……俺はクーポンという単語が出てくるだけで全然安心できなくなるのだが……」

「おっと。早速ワナにかかったようだ。任せたぞ、同志チェクロよ!」




「お嬢様!まずは射的よ!射的をやりましょう!なんと、このクーポン使えばタダで出来るんですよ!」

 シェリルがクーポンの束を握りしめながら叫ぶ。

「射的とはなんじゃ?」

「射的っていうのは、矢で的を撃って、当たったら景品を貰えるっていう遊びですよ!……あら?この射的、弓矢じゃなくて……これ、銃?ウチの製品じゃないの」

 銃とは、最近ウィンベル商会が販売を始めた武器である。細い筒に金属の玉を詰めて、奥に設置された爆発魔法の魔道具によって一気に玉を押し出し攻撃するものだ。
 ただ、筒の強度の都合で低級の爆発魔法しか採用できず、威力は護身用程度に留まる。

「それでも、鳥ぐらいは撃ち落とせるのよね。こんなの祭りで出して、危険じゃないの?」

「大丈夫でさぁ!射的用に、さらに弱い魔法に変更してもらっていやす!」

「あらそう?そんなサービスやってたかしら?」

「まぁでも、嘘はないようだよ。実際、魔法式が初級のものに変更されてる」

 シェリルの後ろからひょっこりと顔を出したウィスカーの言葉に、店主が反応する。

「え……だ、旦那、魔法式が見えるんで?」

「もちろん。エルフだからね。特に私はそのへんが得意なんだ」

「そ、そうなんでやんすね……」

「?どうかしたかい?顔が青いよ?」

「あ、いえいえ!なんでも!なんでもありやせん!」

 店主は慌てて顔を背ける。

「ルールは……あそこに並んだ的に当てて、倒せればそれを貰えるのね。さ、お嬢様!やってみて!」

「ええい、こんな子供騙し……」

 エリスが、銃を的に向けて引き金を引く。
 引き金と連動して魔法式が発動し、ポンっと可愛い音を立てた。
 衝撃に押し出された木の球が、筒の口から飛び出す。
 それは見事に……的の遥か横を抜けていった。

「ぐぬっ!?」

「ハズレちゃいましたね」

「……店主!もう一回じゃ!!」

「へ、へい!クーポンお持ちなら、何度でも無料ですよ!」

 エリスがぽんぽこと玉を乱れ打つ。
 射撃魔法の精度においては天下無双の魔王エリスだったが……それとこれとは全く別のようであった。

「カスリもせぬ!!小癪な!真の爆発魔法というものを思い知らせて……!」

「はいはい、お嬢様。お祭りお祭り!イライラしないの!」

「ぐぬー!」

 歯軋りしながら、エリスは再びぽんぽこと玉を撃つ。

 あまりの当たらなさに、射的会場の周りではエリスがいつ景品をゲットできるかで賭けが始まっていた。

 そして……

「当たったのじゃ!」

 初めて、エリスの放った玉が、奇怪な姿をした人形の的を揺らす。
 しかし……

「ただ揺れただけ……」

 例え当たっても、倒れなければ景品は貰えない。

「ぐぬーっ!なんなのじゃ!威力が弱すぎるぞ!何とかせぬか店主!!」

「へ、へい、そうでやんすね……その……」

 店主は、チラチラとウィスカーの方を窺いながら言い淀んだ。




 射的会場の様子を、外から見ていたバゼルが怪訝な顔を見せる。

「どうした?同志チェクロよ。今がチャンスではないか」

「……どういう算段なんだ?」

「うむ。標的には特別な銃を渡す計画だったのだ。それはそれは強力な爆発魔法が込められた、な」

「なるほど。それで標的を事故に見せかけて吹き飛ばす、と。しかしチェクロは渡す様子を見せないな……?」

 店主に化けたチェクロが、魔法式を見破るウィスカーの存在に戦々恐々としているなど、外から見ている二人には全く分からないことなのであった。



「ぬ?」

 憤懣やるかたないエリスが、ふと、店主の後ろ手に握られた銃の存在に気づいた

「……それは……おお!店主!それじゃ!その銃を寄越すのじゃ!!」

「へ?こ、これでやんすか?」

「そう!それじゃ!!」

「!……お嬢様、それは」

「いいのじゃウィスカー!黙っておれ!さあ!早く寄越すのじゃ!」

「へ、へい!喜んで!!」

 計画の失敗を覚悟していた店主――チェクロは、エリスが自ら細工銃を手に取ってくれたことに内心でほくそ笑んだ。

「くくくっ、的を、この銃の玉で倒せば良いのじゃったな?」

「へい!さぁ、どうぞ!」

 そういうと、チェクロはそそくさと的の近くまで移動した。
 エリスの側で巻き添えを食ってはたまらないからだ。

「……店主。そんなに的の側にいて良いのか?」

「へ、へい!お気になさらず!ぶっ放しちゃってくだせぇ!」

「お嬢様、やはりこれは……」

「ウィスカー、気にするでない。なんの手違いか知らぬが、これを逃す手はないのじゃ!」

 そう言うと、エリスは銃を構えた。
 エリスの周囲に、僅かな大気の乱れが生じる。

「【魔鉄甲ガルビーダ】」

 エリスの唇が微かに動いた。

 と同時に銃の引き金が引かれ、そして銃身が眩い光に覆われる。爆発の魔法式が発動したのだ。

 この瞬間、チェクロは計画の成功を確信した……のだったが。

 銃の魔法式は、中級クラスの爆発魔法に描き換えられていた。通常の銃であれば、木っ端微塵の大惨事である。

 だが。

 そんな魔法式の違いなど、もちろんエリスはとっくにお見通しであった。

 エリスの唱えた魔法【魔鉄甲ガルビーダ】は、無生物を極大に硬化させ、さらには、どんな衝撃すらも跳ね返す防壁を纏わせる。

 魔鉄甲で強化された銃身は、中級程度の爆発などものともせず、ほぼ全ての爆発エネルギーを、同じく強化された玉に伝えて撃ち出した。


 ドガアアァァァァァアン!


「!?ぐわーーーーーーー!!!!」


 轟音が唸り、哀れ、奇妙な姿の人形は跡形もなく爆散した。
 ……近くにいたチェクロを巻き込んで。


「っしゃあ!どうじゃあー!」

 エリスが満面のドヤ顔で拳を握りしめる。

 ……人混みの後方から発せられた「同志チェクロぉぉぉぉぉ!!??」という叫びは、大歓声とどよめきにかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。



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