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その極上の果実は毒入りだった……

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 すっかり日も落ち、夜のとばりが下りてきていた。
 そんな中東条と石階段を一歩一歩登っていく。周りに人影はない。
 ずいぶん離れたが、縁日による喧騒けんそう行燈あんどんによる特有の明かりはまだかろうじでこちらにまで漏れてきている。

「まさかアキラ君と縁日に来るなんてね。それも浦島君と一緒になんて」

「だよな。それは俺も思うわ」

 あの屋上での衝撃的な告白を思えば、確かにこの状況は不可解といっていい。はじめは番長の恐怖と戦うために行動を一緒にしていただけだったのに、今は完全にプライベートの時間を、それも元凶の番長も含めて共有しているのだ。まさに人間関係は複雑怪奇なり。

「それにしても弟君にはびっくりしたよ」

「ああ、そうだよなぁ。怖い思いさせてごめんな」

「なんか林間学校のあともしばらく様子おかしかったもんね。嫉妬深いとか近づかない方がいいとか、こういう意味だったわけか」

 東条は怒るというよりむしろ得心とくしんしているようだった。うんうんと噛み締めるように何度も頷いている。進のあんな狂気を見せつけられてよく普通にしていられるものだ。

「お、結構広いのな」

 最上段まで登るとそこは開けた広場になっており、中心にはお堂がある。ここまで来ると縁日の喧騒はもはやほとんど聞こえてこなかった。
 賽銭箱の前で小銭を投げ入れ、パンパンと手を合わせる。
 いつかの夜を思い起こさせた。

「思い出しちゃうね」

「ああ」

 俺と東条が共有する思い出は決して多くはない。この状況下で林間学校での夜がお互いの頭をよぎるのは必然的だろう。
 不快ではない沈黙がこの場を支配する。
 俺は今更ながらどうしても気になっていたことを東条に打ち明けることにした。

「答えたくないなら答えなくてもいいんだけど」

 枕詞はあの日と一緒だ。

「ふふ、なぁに?」

 東条もこの状況を楽しんているようだ。

「東条さんはどうして俺のこと、その……好きになったりしたの?」

 面と向かって尋ねるにはあまりに照れ臭かったため、「さん」付けして完全にあの夜を再現することにした。まぁ要するに照れ隠しだ。

「それは……う~ん。仮に他人行儀に呼ばなくてもちょっと言えないかも」

 返答は意外なものだった。ここは再現通りに、「他人行儀に呼ぶなら教えない」と言われて慌てて呼び捨てにしてからすぱっと教えてもらえると思っていたのに。

「色々考えてもどうしてもわかんないんだよ。俺たちはそれまでも接点があったわけじゃなかった。なのにいきなり呼び出されて告られるし」

 そうなのだ。
 俺は東条との間に、何のイベントも起こしていないのだ。
 窮地を救ったわけでもなければ幼馴染だったなんてオチもない。自分でいうのもしゃくだが一目ぼれされるような外見でもない。いいとこ中の下といったところでおよそ好かれる要素なんてなかった。むしろ良くない噂が蔓延してるぐらいだろう。

「答えたくないなら答えなくてもいいんじゃなかった?」

 東条はイジわるそうな笑みを浮かべている。

「ま~そうだけどさ。に落ちないってのはなんか気持ち悪くて」

「気持ち悪いって……あんまりな言い草じゃない」

「いや東条が、とかじゃなくて、さ。だって不自然だろ? 理由もなく唐突に好きになるもんなのか?」

「ふふ、わかってるよ。でもそういう恋もあるんじゃない? 僕の場合は違うけど」

 ……なんだその思わせぶりな発言は?

「僕は君のことを一年前から知っていた」

「……」

「今言えるのは、それぐらい、かな?」

「……そのってのが俺を好きになるのと関係してんのか?」

「……さぁね。はいっ! この話はもうお終い!!」

 東条はそれ以上の追求を終わらせるかのようにパンっと大きく手を合わせた。

「いいじゃないか別に。僕はアキラ君のことが好き。それは間違いないんだからさ」

 非常に気にかかる発言ではあった。が、これ以上は野暮やぼだろう。俺にとって藪蛇やぶへびの可能性すらある。

「わかったよ。もう聞かない」

「ふふふ、そうして? いつか話してあげるかもしれないから。でもそれより嬉しいな」

「なにが?」

「だってそんなに気になるってことは、僕のこと多少なりとも考えてくれてるってことじゃない。どうでもいい相手だったらそんなこと気にならないでしょ?」

 言われてみれば確かにそうだ。
 初めは理由が気になる云々の前になんとか逃げ出すことしか考えてなかった気がする。ようやく正面からこの案件に向き合おうとしてるのかもしれない。

「だけどやっぱ不純な目で見てるよ俺」

 チラっと東条の浴衣の襟に目をやった。
 それでも諦めてくれたら、との思いは未だにあるのだ。期待させるのはなんだか申し訳なかった。
 あえて失望させるような言葉をチョイスする。

「ほんとエッチだよねアキラ君って」

 呆れたようにジト目で見つめられる。
 見るなといわんばかりに襟元に手をやっていた。
 クソ!!
 そういう変な恥じらいがあるから俺も変な気持ちになるというのに!!

「ま~そこらへんは半分諦めたよ。別にいいよそういう風に僕のこと見ても」

 東条は溜息をつくと襟に当てていた手を下ろした。

「えっ?」

 なんということか……まるで剥き出しの果実ではないか。その行為と言動に思わずあんぐりと口を開けてしまった。

「変な話だけどさ。こんな身体してるからこそ、アキラ君だって少しは意識してくれてるのかなって思うこともあるんだ。仮に僕が浦島君みたいな風体ふうていだったらとっくに脈なんてなかったろうし」

 さらに東条はそんなとんでもないことを言い出した。
 ……それはつまり? 
 見放題? 
 お、お触りも……?
 ゴクリ。

「……今生唾飲み込んだでしょ? それ以上近づいたらぶん殴るけどいい?」

 ハッ!! バレてる?? すんげー軽蔑の眼差しが向けられていた。

「変な期待してんじゃないよ。もう! 生理的に仕方ないって理解してるだけだから。こっちだってそんな視線向けられるのはあんまり気持ちのいいものじゃないんだよ?」

「そ、そうだよな。ごめん」

 俺は何をやっているのか。
 まるで配慮がなってなかった。本当は不愉快だろうに、彼は俺の最悪な行為すら客観的に仕方ないことだと言ってくれただけなのに。
 こんな不埒ふらち者は死んだ方がいいのかもしれない。

「そんな露骨に落ち込むなよもう~。あのね!」

 罪悪感に打ちひしがれていた俺に対し、東条はモジモジしながら、

「そ、したいんだったら、ちゃんと僕の気持ちに応える覚悟が出来てからにしてよ」

 と、核弾頭級の一言を落としてきた。
 視線を逸らし、頬を染めて照れたような仕草がなんとも……。
 ああもういいかなそれでも。
 最近東条異様に可愛いし、優しいし。まるで女性みたいだし。
 俺はボーとしつつも思わず東条に手を伸ばす。禁断の果実まであと僅か。
 そのとき……。
 
 再び起こるは一抹の神風。
 ヒューっと俺たちの間を抜けていった。

「……」

 って思い出せ俺!! 
 惑わされるな俺!! 
 忘れかけていたが彼はサイコヤンホモの素養があり、手段を選ばぬマキャベリストなのだ。
 この事態は完全に彼の盤上の遊戯であり、掌であり、術中なのだ。
 なるほどこの男……まるで抜け目ない! 
 駆け引きの鬼! 危なかった!
 硬軟織こうなんおり交ぜつつ、しおらしい態度を取りながら恥じらいを見せつけ、俺の性的興奮を誘導している。仮に色気なく好きにしていいよ、なんて言われてもあんな気持ちにはならなかったろう。
 覚悟が出来てから、と念押ししたのも巧い。ここで手でも出そうものなら、それこそ地の果てまでも追いかけられて俺は一生の責任を取らされるだろう。あの日の東条の豹変ぶりを忘れてはならない。

「わかったよ。わかったからそんな身を切り売りするような言い方しないでくれ」

 ポンと軽く東条の肩に手を置き、そう切り出す。危うくもっと下の方に手を伸ばしかけていた。

「なぁんだ。バレてたか。もうちょっとかなって思ってたけど」

「お前な……」

 あっぶねぇ!! やっぱり罠だったか。
 あの天使のような恥じらいはどこへやら。
 小悪魔のようにベーっと舌を出したかと思えば、あっつーと言いつつ襟元をバタつかせはじめた。胸元がチラつくどころではない。ほぼ視えている、が特に気にしてないようだった。
 当たり前だ。
 俺たちは男同士なのだ。
 そんな前提のこともつい忘れてしまう程の魔力だった。もはや魔法の域ともいえる。
 今にして思えばそもそもの浴衣という恰好からして罠だったに違いない。なんて恐ろしい子!

「あ、触る?」

 そして思い出したかのように自分の胸元を指さしてそう言った。
 色気もくそもあったもんじゃない。

「はあぁ、東条はたくましいよ……」

 一気に頭が冷え、湧き出ていた情欲は股間と共に萎えた。
 後ろ手に頭をガシガシさせて正気を取り戻す。
 そう。
 忘れてはならない。
 確かに東条は可憐だ。見た目は女性。それもただの女性ではない。とびきりイイ女。
 
 ――だが男なのだ
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