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何も変わらぬ貴女と何も変われぬ俺
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「アキラ君! おっはよ~。もう傷は大丈夫なの??」
朝一番。教室についた瞬間に声をかけてきたのは東条だった。
今日は林間学校後の初の登校日であり、東条と顔を合わせたのはあの夜の医務室以来であった。というのもあんなことがあったせいか、帰りのバスも俺と番長だけ保険医と学年主任に囲まれた特別席だったからだ。
「ああ。うん。傷はもう大丈夫」
「……にしては元気なくない?」
「まぁ、な。いろいろあるんだよ」
「んん??」
東条は机に突っ伏す俺を心配そうにのぞき込んだ。
この二日間。とても口に出すのもはばかれるような進からの詰問があったのだ。いや拷問といえよう。バチバチという電撃の音が脳裏をかすめ、恐怖がフラッシュバックする。
気を緩めると自然と震えが止まらなくなる。
「ごめんなさいごめんなさい。私がすべて悪うござんした」
無意識のうちに呪文のように口から漏れるのは懺悔の言葉。
しかし土下座しようと彼は容赦しない。決して許してはくれないのだ。
「ちょっとアキラ君! なんか怖いよそれ」
「ははは、何が?? え? 俺は普通だよ? 進は可愛いよなぁうんうん。世界で一番です」
「進? 進って誰だよ? それに可愛いって」
怪訝そうな顔の東条。なにか誤解させてしまったようだ。
「誰ってそりゃあ俺の弟の……弟の……う、うわああぁ!!」
ふと進の顔が思い浮かび、叫び出していた。
駄目だ。怖すぎる。もうお家に帰りたくない。
「なぁ東条。今日お前ん家泊まっていい?」
「え、えええっ!? そ、そんなの駄目に決まって、いやそりゃ嬉しいけどさ、いきなりそういうのはちょっと」
あたふたしながら東条が狼狽えていた。
こっちは真剣なのに! プンスカプンスカ!
「やっぱ駄目かぁ」
「本気だったのかい!? アキラ君ほんとにおかしいよ!」
「じゃあ番長に頼むしかないかぁ」
「ってアホかーーー!」
盛大な突っ込みと共に頭をスパーンと叩かれた。視界にピヨピヨと星がまたたく。
ん?
俺は一体なにを考えていたんだ?
「悪い悪い。家庭の深ーーい事情があってな。少しおかしくなってたわ」
「もう! これ以上変な心配させないでくれよ!」
そんなこんなでチャイムがなり、担任の教師が入ってくると朝のHRが始まったのだった。
…………。
……。
――昼休み。
東条は当然のように俺の席の前まで来ると弁当の風呂敷を広げ始めた。周りから向けられるのは生暖かい視線。
俺はといえば朝は相当キテいたが、多少精神的に持ち直していた。
「昨日なんかあったの?」
パクパクと弁当を口に運ぶ東条が開口一番で確信に迫ってくる。
昨日、だと? 昨日は……。
「フーー、フーーー」
落ち着け。落ち着け俺。
動悸が始まるが気のせいに違いない。
今ここに進はいない。いないのだ。震える必要なんかない。
落ち着けよ俺!
「ってまたその貧乏ゆすり? やめなよそれみっともないから」
駄目でした。魂に刻まれた恐怖は易々とは拭えないのだ。
「いや俺弟がいるんだけどさ」
「弟さん? へーそうなんだ! 見てみたいなぁ」
東条は両肘を机につき、頬を両掌に乗せつつ爛々とした目でこちらを見てくる。興味津々といったところか。
何を期待してるのか知らんけど会ったら多分刺されるよ君?
「それがちょっと焼きもちヤキというか異常に過保護というか」
「アキラ君に対して?」
「そう」
「なんだよそれ~。可愛いじゃんか。ノロケですか?」
ニカーっとからかうような表情を向けてくるが、事はそんなに単純じゃないんでね。
「悪いことはいわない。しばらく俺には近づかない方がいい」
「なんだよそれ~? 弟さんが嫉妬するからってこと?」
「有体にいえばそういうことになる」
「ますます意味わかんないよ。別に取って食やしないのにさ。って変な意味じゃないからね? 違うからね?」
聞いてもいないのに賑やかなことだ。東条は今日も平常運転だな。
俺は昼休みの間もどこか上の空だった。
気が付けば午後の授業が終わり、帰りのHRが終わっても俺はなかなか帰り支度を済ませられないでいた。
「アキラ君ほんとに大丈夫? 今日は早く帰って休んだ方がいいよ」
東条は軽く俺の肩をポンと叩くと帰ってしまった。
なんでこういう日に限って構おうとしないのだね!?
放課後一緒にどこか遊びにいこうよ!!
などとそれまでではあり得ない思考が俺を巡る。
「やべぇな」
折檻はまだ終わっていないのだ。
つまり帰れば昨日の続きが待ってるワケで。そうなるとまたビリビリチクチクザクザクされるワケで。俺の頭もポワポワするワケで。弟は世界一可愛いワケで……。
「イカンイカン! また変な思考が刷り込まれていた」
慌てて頭を振って正気を取り戻す。
無心になるとついつい弟が世界で一番という結論が出てしまう。妙な回路が開通されているようだ。冷静になれ。
俺は思う。ゆえに俺あるのだ。デカルトさん助けてください。
「……何をやってるんだ?」
「え?」
教室の出入り口から聞こえてくるは懐かしい声。
その人は腕組みしつつやれやれと言って俺の席に向かってくる。
「会長? なんでここに? あいやすみません。お疲れ様です」
条件反射で直立不動になると45度のお辞儀をしていた。
信じられないことに生徒会長、青葉未来の姿がそこにあったのだった。
ふと周りを見渡すと教室に他の生徒の姿はない。思いのほか長いこと哲学していたらしい。
「いや通りがかっていたらね。懐かしい声が聞こえてきてな。覗いてみたら面白そうなことを呟いてるじゃないか」
「お恥ずかしいところをお見せしました」
まずい。なんでこんなタイミングで。よりにもよって会長に出くわすのだろうか。
ああ神様。私めが一体なにをしましたでしょうか。
気まず過ぎる沈黙。
俺はその顔を直視できない。先ほどまでとは違った意味での動悸だけが、この場で俺に聞こえる唯一の音だった。どうか会長にだけは聞こえてませんように。
「まったく、いい加減その余所余所しい態度をやめてくれないか。早紀も君のことを気にかけていたよ」
「不快にしてしまったならすみません。花沢先輩にもよろしくお伝えください」
では失礼します、と言って会長の横をすり抜け、この場から去ろうとする。
この人と一緒にいるというのは進と一緒にいるのとは次元が違う。耐えられなかった。
「待て」
しかして脱出は失敗に終わる。会長に手を掴まれていた。
「私を避けたい気持ちはわかる」
「自分は避けてなど、いません」
「ならばなぜいつも話を切り上げ去ろうとする?」
「……」
「やはり生徒会に来る気にはなれんか?」
「……すみません」
「そう、か」
会長がその手に込めていた力をゆっくりと緩めていき、やがて解放された。
「では」
「……ああ。また、な」
最後にどこか哀愁をまとわせた会長の姿が視界をかすめた気がしたが、俺は振り切るようにして逃げ出した。
本当にすみません、会長。
俺には貴女の姿は眩しすぎるんです。まだ面と向かって話し合える程整理がついていません。
会長の存在、それは俺にあの日々を思い出させ、心をしめつけた。
思わぬ邂逅は一瞬で終わりを迎え、俺はあれだけ避けようとしていた帰路についたのだった。
朝一番。教室についた瞬間に声をかけてきたのは東条だった。
今日は林間学校後の初の登校日であり、東条と顔を合わせたのはあの夜の医務室以来であった。というのもあんなことがあったせいか、帰りのバスも俺と番長だけ保険医と学年主任に囲まれた特別席だったからだ。
「ああ。うん。傷はもう大丈夫」
「……にしては元気なくない?」
「まぁ、な。いろいろあるんだよ」
「んん??」
東条は机に突っ伏す俺を心配そうにのぞき込んだ。
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気を緩めると自然と震えが止まらなくなる。
「ごめんなさいごめんなさい。私がすべて悪うござんした」
無意識のうちに呪文のように口から漏れるのは懺悔の言葉。
しかし土下座しようと彼は容赦しない。決して許してはくれないのだ。
「ちょっとアキラ君! なんか怖いよそれ」
「ははは、何が?? え? 俺は普通だよ? 進は可愛いよなぁうんうん。世界で一番です」
「進? 進って誰だよ? それに可愛いって」
怪訝そうな顔の東条。なにか誤解させてしまったようだ。
「誰ってそりゃあ俺の弟の……弟の……う、うわああぁ!!」
ふと進の顔が思い浮かび、叫び出していた。
駄目だ。怖すぎる。もうお家に帰りたくない。
「なぁ東条。今日お前ん家泊まっていい?」
「え、えええっ!? そ、そんなの駄目に決まって、いやそりゃ嬉しいけどさ、いきなりそういうのはちょっと」
あたふたしながら東条が狼狽えていた。
こっちは真剣なのに! プンスカプンスカ!
「やっぱ駄目かぁ」
「本気だったのかい!? アキラ君ほんとにおかしいよ!」
「じゃあ番長に頼むしかないかぁ」
「ってアホかーーー!」
盛大な突っ込みと共に頭をスパーンと叩かれた。視界にピヨピヨと星がまたたく。
ん?
俺は一体なにを考えていたんだ?
「悪い悪い。家庭の深ーーい事情があってな。少しおかしくなってたわ」
「もう! これ以上変な心配させないでくれよ!」
そんなこんなでチャイムがなり、担任の教師が入ってくると朝のHRが始まったのだった。
…………。
……。
――昼休み。
東条は当然のように俺の席の前まで来ると弁当の風呂敷を広げ始めた。周りから向けられるのは生暖かい視線。
俺はといえば朝は相当キテいたが、多少精神的に持ち直していた。
「昨日なんかあったの?」
パクパクと弁当を口に運ぶ東条が開口一番で確信に迫ってくる。
昨日、だと? 昨日は……。
「フーー、フーーー」
落ち着け。落ち着け俺。
動悸が始まるが気のせいに違いない。
今ここに進はいない。いないのだ。震える必要なんかない。
落ち着けよ俺!
「ってまたその貧乏ゆすり? やめなよそれみっともないから」
駄目でした。魂に刻まれた恐怖は易々とは拭えないのだ。
「いや俺弟がいるんだけどさ」
「弟さん? へーそうなんだ! 見てみたいなぁ」
東条は両肘を机につき、頬を両掌に乗せつつ爛々とした目でこちらを見てくる。興味津々といったところか。
何を期待してるのか知らんけど会ったら多分刺されるよ君?
「それがちょっと焼きもちヤキというか異常に過保護というか」
「アキラ君に対して?」
「そう」
「なんだよそれ~。可愛いじゃんか。ノロケですか?」
ニカーっとからかうような表情を向けてくるが、事はそんなに単純じゃないんでね。
「悪いことはいわない。しばらく俺には近づかない方がいい」
「なんだよそれ~? 弟さんが嫉妬するからってこと?」
「有体にいえばそういうことになる」
「ますます意味わかんないよ。別に取って食やしないのにさ。って変な意味じゃないからね? 違うからね?」
聞いてもいないのに賑やかなことだ。東条は今日も平常運転だな。
俺は昼休みの間もどこか上の空だった。
気が付けば午後の授業が終わり、帰りのHRが終わっても俺はなかなか帰り支度を済ませられないでいた。
「アキラ君ほんとに大丈夫? 今日は早く帰って休んだ方がいいよ」
東条は軽く俺の肩をポンと叩くと帰ってしまった。
なんでこういう日に限って構おうとしないのだね!?
放課後一緒にどこか遊びにいこうよ!!
などとそれまでではあり得ない思考が俺を巡る。
「やべぇな」
折檻はまだ終わっていないのだ。
つまり帰れば昨日の続きが待ってるワケで。そうなるとまたビリビリチクチクザクザクされるワケで。俺の頭もポワポワするワケで。弟は世界一可愛いワケで……。
「イカンイカン! また変な思考が刷り込まれていた」
慌てて頭を振って正気を取り戻す。
無心になるとついつい弟が世界で一番という結論が出てしまう。妙な回路が開通されているようだ。冷静になれ。
俺は思う。ゆえに俺あるのだ。デカルトさん助けてください。
「……何をやってるんだ?」
「え?」
教室の出入り口から聞こえてくるは懐かしい声。
その人は腕組みしつつやれやれと言って俺の席に向かってくる。
「会長? なんでここに? あいやすみません。お疲れ様です」
条件反射で直立不動になると45度のお辞儀をしていた。
信じられないことに生徒会長、青葉未来の姿がそこにあったのだった。
ふと周りを見渡すと教室に他の生徒の姿はない。思いのほか長いこと哲学していたらしい。
「いや通りがかっていたらね。懐かしい声が聞こえてきてな。覗いてみたら面白そうなことを呟いてるじゃないか」
「お恥ずかしいところをお見せしました」
まずい。なんでこんなタイミングで。よりにもよって会長に出くわすのだろうか。
ああ神様。私めが一体なにをしましたでしょうか。
気まず過ぎる沈黙。
俺はその顔を直視できない。先ほどまでとは違った意味での動悸だけが、この場で俺に聞こえる唯一の音だった。どうか会長にだけは聞こえてませんように。
「まったく、いい加減その余所余所しい態度をやめてくれないか。早紀も君のことを気にかけていたよ」
「不快にしてしまったならすみません。花沢先輩にもよろしくお伝えください」
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「……」
「やはり生徒会に来る気にはなれんか?」
「……すみません」
「そう、か」
会長がその手に込めていた力をゆっくりと緩めていき、やがて解放された。
「では」
「……ああ。また、な」
最後にどこか哀愁をまとわせた会長の姿が視界をかすめた気がしたが、俺は振り切るようにして逃げ出した。
本当にすみません、会長。
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