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第一章
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外に出ると、夏樹が道場の壁に寄りかかって立っていた。無表情さと鋭利さが際立っている。その氷のような表情に、和葉は身体を震わせた。それだけで、人が一人殺せそうである。
今も身体全体が夏樹を拒絶していている。
そのことを、見抜かれそうで怖かった。
読み取られそうで嫌だった。
和葉は夏樹から距離をおく。
(こんなの私が知っている夏樹じゃない)
人の孤独さを初めて目の当たりにした。
心の闇を見たような気がする。
その闇に飲み込まれそうになる。
「近寄らないで――人殺し」
「僕が怖いか?」
「人の心理として当たり前でしょ!」
和葉は思わず叫んだ。夏樹も和葉に近づこうとはしない。
「安心しろ。昴さんの知り合いとして、必要な場合に付き合ってもらうだけだ。干渉はしないし、関わるつもりはない」
夏樹は興味なさそうに見返してきた。
それは、鋭い刃となって和葉に突き刺さる。
「何が言いたいの? 説明してよ」
「幼馴染として演じてもらうだけだ」
「どうして、演じる必要が?」
「幼馴染として付き合いがないと、聞かれた時が変に思われるだろう?」
「桜井さん」
「まだ、何か?」
「あなたは、私が知っている夏樹ではないわ」
「なら、聞くけど木本さんが知っている「僕」とは何?」
「私が知っている夏樹は優しくて――温かくて、手を差し伸べてくれる人よ」
「もう、あの時の「僕」ではない」
「どういう意味?」
「木本さんが思っている純粋な「僕」は存在しない」
和葉が思っているよく笑いあっていた――小さい頃の自分はもういない。手をつなぎ――無邪気に未来を語っていた綺麗な心は取り戻せない。こんな夢があるのだと、はしゃいでいた頃には戻れない。
あの頃のように笑えなくなっていた。
笑い方を忘れてしまっていた。
それほど、自分の心は汚れてしまっている。ここまで、堕ちてしまえば、明るい場所に戻ることはできないだろう。
二人の重苦しい空気を破ったのは、軽快な携帯の着信音だった。和葉が携帯を取り出し話し始める。話が弾んでいることから、学校の友達だろう。どこかに、遊びに行く計画を立てているらしい。
和葉の表情は心なしか明るかった。
先ほどとは違い――幸せらしい。
青春をしているようだった。
(幸せか。僕には関係がない)
和葉は夏樹にはもう用はないと、背を抜けた。
そのまま、どこかへと出かけてしまう。
和葉の後ろ姿を見ても、小さい頃と変っていない。和葉とは違い――夏樹の時間は、組織に入ってから止まっていた。
今も止まったままで、動くことはない。
夏樹はその時計の動かし方を知らなかった。
動かす術を知らない。
仮に動いたとしても、全てが元に戻るわけではない。
和葉との関係も一度壊れてしまったものは簡単には戻らない。
修復できない。
夏樹も和葉と反対方向へと歩き出した。
*
夜――。
和葉は真夜中に目を覚ました。
(父さんの言葉が本当かどうかを確かめよう)
昴の話が本当なのかどうか――。
真実なのか、この目で見てみたい。
確認をしてみたい。
和葉は夏樹の後をつけていく。
人気のない裏路地に入った瞬間――音もなく人が崩れ落ちた。サイレンサーといった機能を、和葉が知るはずもなく――。
夏樹が持っている銃口から煙が出ている。夏樹が撃ったのだろう。怖がることなく標的らしき人物を始末していた。
組織から派遣されただろう人物たちに片付けの指示を出している。指示を出しているということはそれなりの地位に夏樹はいるはずだ。
淡々としている態度に変化はない。
月明かりがその姿をくっきりと照らし出していた。
和葉が瞬きした――あっという間の出来事だった。
(これが、私の知らない桜井さんの裏の顔。人殺しとしての桜井さんなのね)
*
「――ついてくるとはいい度胸をしているな」
背後から声をかけられて、身体を震わせ――振り返った。そこには、冷えきった表情をした夏樹が立っている。最初からつけられていることに気がついていたらしい。
「――桜井さん」
「ああ――闇組織が本当に、存在するかどうかを確かめにきたのか?」
「――私は」
「帰れ――昴さんに木本さんがいないことに、気がつかれたら厄介だ」
「あなたは本当に人殺しなのね」
「そうだ――組織に属している順応な犬だよ」
夏樹は喉で笑う。
「――最低」
和葉は夏樹の頬を叩く。
パシリ、と乾いた音が響いた。
「最低なのはどっちだろうな?」
「私が最低?」
「任務現場に来たりして、巻き込まれたりなんてことを考えたりしないのか?」
「自分の身ぐらい自分で守れるわ――」
そのための空手よ――という言葉は声にならなかった。夏樹が和葉の唇をふさいだのである。舌を絡める濃厚なキスだった。
一度、離れたかと思えばまたふさがれる。
キスをしながら、和葉の首筋をいたずらになぞる。ゾクゾクとした快楽が身体を駆け巡っていく。
思わず甘い声が漏れそうになった。
こんな大人のキスをされたのは、初めてだった。その間が和葉にとってとても長く感じてしまう。息が出来ず――崩れ落ちそうになる身体を夏樹が支える。
そこで、ようやく和葉は解放された。
「隙だらけだな。これのどこが自分を守れると?」
「私を試したのね?」
自分で自分の身を守れるか否か――。
何だバカバカにされたような気がして、和葉は夏樹を睨みつける。
「この世界は何が起るか分からない――気をつけろよ」
夏樹の姿は暗闇に紛れていった。
今も身体全体が夏樹を拒絶していている。
そのことを、見抜かれそうで怖かった。
読み取られそうで嫌だった。
和葉は夏樹から距離をおく。
(こんなの私が知っている夏樹じゃない)
人の孤独さを初めて目の当たりにした。
心の闇を見たような気がする。
その闇に飲み込まれそうになる。
「近寄らないで――人殺し」
「僕が怖いか?」
「人の心理として当たり前でしょ!」
和葉は思わず叫んだ。夏樹も和葉に近づこうとはしない。
「安心しろ。昴さんの知り合いとして、必要な場合に付き合ってもらうだけだ。干渉はしないし、関わるつもりはない」
夏樹は興味なさそうに見返してきた。
それは、鋭い刃となって和葉に突き刺さる。
「何が言いたいの? 説明してよ」
「幼馴染として演じてもらうだけだ」
「どうして、演じる必要が?」
「幼馴染として付き合いがないと、聞かれた時が変に思われるだろう?」
「桜井さん」
「まだ、何か?」
「あなたは、私が知っている夏樹ではないわ」
「なら、聞くけど木本さんが知っている「僕」とは何?」
「私が知っている夏樹は優しくて――温かくて、手を差し伸べてくれる人よ」
「もう、あの時の「僕」ではない」
「どういう意味?」
「木本さんが思っている純粋な「僕」は存在しない」
和葉が思っているよく笑いあっていた――小さい頃の自分はもういない。手をつなぎ――無邪気に未来を語っていた綺麗な心は取り戻せない。こんな夢があるのだと、はしゃいでいた頃には戻れない。
あの頃のように笑えなくなっていた。
笑い方を忘れてしまっていた。
それほど、自分の心は汚れてしまっている。ここまで、堕ちてしまえば、明るい場所に戻ることはできないだろう。
二人の重苦しい空気を破ったのは、軽快な携帯の着信音だった。和葉が携帯を取り出し話し始める。話が弾んでいることから、学校の友達だろう。どこかに、遊びに行く計画を立てているらしい。
和葉の表情は心なしか明るかった。
先ほどとは違い――幸せらしい。
青春をしているようだった。
(幸せか。僕には関係がない)
和葉は夏樹にはもう用はないと、背を抜けた。
そのまま、どこかへと出かけてしまう。
和葉の後ろ姿を見ても、小さい頃と変っていない。和葉とは違い――夏樹の時間は、組織に入ってから止まっていた。
今も止まったままで、動くことはない。
夏樹はその時計の動かし方を知らなかった。
動かす術を知らない。
仮に動いたとしても、全てが元に戻るわけではない。
和葉との関係も一度壊れてしまったものは簡単には戻らない。
修復できない。
夏樹も和葉と反対方向へと歩き出した。
*
夜――。
和葉は真夜中に目を覚ました。
(父さんの言葉が本当かどうかを確かめよう)
昴の話が本当なのかどうか――。
真実なのか、この目で見てみたい。
確認をしてみたい。
和葉は夏樹の後をつけていく。
人気のない裏路地に入った瞬間――音もなく人が崩れ落ちた。サイレンサーといった機能を、和葉が知るはずもなく――。
夏樹が持っている銃口から煙が出ている。夏樹が撃ったのだろう。怖がることなく標的らしき人物を始末していた。
組織から派遣されただろう人物たちに片付けの指示を出している。指示を出しているということはそれなりの地位に夏樹はいるはずだ。
淡々としている態度に変化はない。
月明かりがその姿をくっきりと照らし出していた。
和葉が瞬きした――あっという間の出来事だった。
(これが、私の知らない桜井さんの裏の顔。人殺しとしての桜井さんなのね)
*
「――ついてくるとはいい度胸をしているな」
背後から声をかけられて、身体を震わせ――振り返った。そこには、冷えきった表情をした夏樹が立っている。最初からつけられていることに気がついていたらしい。
「――桜井さん」
「ああ――闇組織が本当に、存在するかどうかを確かめにきたのか?」
「――私は」
「帰れ――昴さんに木本さんがいないことに、気がつかれたら厄介だ」
「あなたは本当に人殺しなのね」
「そうだ――組織に属している順応な犬だよ」
夏樹は喉で笑う。
「――最低」
和葉は夏樹の頬を叩く。
パシリ、と乾いた音が響いた。
「最低なのはどっちだろうな?」
「私が最低?」
「任務現場に来たりして、巻き込まれたりなんてことを考えたりしないのか?」
「自分の身ぐらい自分で守れるわ――」
そのための空手よ――という言葉は声にならなかった。夏樹が和葉の唇をふさいだのである。舌を絡める濃厚なキスだった。
一度、離れたかと思えばまたふさがれる。
キスをしながら、和葉の首筋をいたずらになぞる。ゾクゾクとした快楽が身体を駆け巡っていく。
思わず甘い声が漏れそうになった。
こんな大人のキスをされたのは、初めてだった。その間が和葉にとってとても長く感じてしまう。息が出来ず――崩れ落ちそうになる身体を夏樹が支える。
そこで、ようやく和葉は解放された。
「隙だらけだな。これのどこが自分を守れると?」
「私を試したのね?」
自分で自分の身を守れるか否か――。
何だバカバカにされたような気がして、和葉は夏樹を睨みつける。
「この世界は何が起るか分からない――気をつけろよ」
夏樹の姿は暗闇に紛れていった。
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