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最終章
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樹は美月に手を差し出した。
彼女はその手を握り返す。
あれから、二年の時が立ち。
人生やり直しを含めて、何度この桜並木を通ったことか。
季節が巡っていったことか。
月日が流れていったことか、数えきれないだろう。
今日は中学校の卒業式だった。二人とも進学校として有名な高校の入学が決まっている。新しい場所で一からやり直すことを決めていた。真っ白なところから作り直していこうと樹と美月は考えていた。
昭の探偵事務所でのバイトも相変わらず続いている。最近では昭だけではなく樹にも相談したいという利用者も増えてきていた。
無難に仕事をこなせるようになってきた。
昭も完全に裏社旗から身を引いている。昭も桜も探偵事務所の跡を継げとは言わない。やりたいことが決まっている二人にはありがたいことだった。すでに、目指している目標があった。
「ねぇ、樹。私、こうして、樹と一緒にこの桜並木を通れることが嬉しい」
「僕も――美月」
樹は真剣な表情で美月と向き合う。
美月は若干緊張した面持ちで、背筋をピンと伸ばす。
「はい」
「もう一度言います。社会人になったら僕と結婚してください」
社会人になったらと樹が言った理由は、それぞれが独立をして、社会を――世間を知った方がいいという判断だったからだ。色々な困難があったとしても、二人なら乗り越えていける。
前を向いて歩いていける。
今を見せたいのは昭や桜、美晴だけでない。佐和、真一、ありさ、雄一の追放に協力をしてくれただろう警察官の人たちにも見てほしかった。四人がどうなかったまでは、美月も樹も知らない。
知らせない方がいいとい大人たちの判断だろう。ならば、その結果を樹と美月は受け入れるしかない。
文句は言えなかった。
「なら、このペンダントは?」
「うん。婚約指輪は変わり。ダメかな?」
卒業をしたとはいえ身分はまだ中学生である。それに、高校の授業に婚約指輪なんてしていけば、騒ぎになってしまうだろう。目立ってしまえば、またいじめられるかもしれないという樹の判断だった。
そのために、制服の下に隠れるペンダントの選択をした。それに、ペンダントなら婚約指輪とは違い毎日身につけることができる。
「そんなダメだなんて」
不器用な樹の思いに美月はくすりと笑う。
(まぁ、そこが樹らしいけれどね)
少しずつでも、樹が感情を出してくれることが美月は嬉しかった。この様子だと高校に入学するまでには、感情を出すという樹の苦手な部分も解消していくことだろう。
美月から見た彼の進歩だった。
きっと、聡も樹の成長を喜んでいることだろう。
「美月――返事を聞かせてほしい」
樹がまっすぐ美月を見つめる。
まっすぐな瞳に美月は逸らせない。
逸らすことができない。
静かな瞳に吸い込まれそうになる。
「私を樹のお嫁さんにしてください」
美月もまっすぐ樹を見つめた。
「昭さんと桜さんにもまた、許可を貰わないといけないな」
「もう、正式に認められていたようなものじゃないかしら?」
「いや――これは、男としてのけじめだから」
いくら、幼馴染同士で許されているとはいえ、樹は桜と昭の許可をきちんととっておきたかった。それに、大切な一人娘をもらうのである。今回はきちんと手順を踏んでおきたかった。
「お義父さん、お義母さんと呼んでと煩いわね」
昭はいいとして桜と美晴が、一回目以上に騒ぎそうである。二人が嬉々として騒ぐのが目についている。思わず、溜息をついた。
少し離れた場所にいる昭、桜、美晴の方に視線を向ける。
三人は桜の写真を撮っていた。
「まぁ、あの人たちからそれをとったらあの人たちではなくなるからな」
「あの性格が母さん、桜さん、昭さんだよね」
「美月さは、将来何になりたい?」
「私は弁護士か警察官。父さんみたいに困っている人を助けたい。誰かの役に立ちたい。樹は?」
「僕は新聞記者。闇に埋もれている事件をそのままにしたくない。真実を書ける――そんな新聞記者になりたい」
「真実を書ける記者、か。聡さんの跡を継ぐのが樹らしいんね」
「美月」
「なぁに?」
「僕の傍にいてくれてありがとう」
「私の方こそ、いつも支えてくれてありがとう」
樹がいなければくじけていた。
立ち直れなかった。
弱い自分のままだった。
その弱さを変えてくれたのが樹である。
昭と桜、美晴以上に自分に愛情を注いでくれた。
「幸せになろうな」
「二人だけではないわ。四人でね」
この中には聡も含まれている。
「そうだな」
桜、昭、美晴が呼ぶ声がする。
ねぇ、「樹」。
お前は今、幸せか?
愛する人と一緒にいられているか?
未来を見えているか?
幸せならその手を離さないでほしい。
つないでいてほしい。
お前たちの幸せを祈っている。
「樹、今、声が聞こえなかった?
「ああ――聞こえたな」
二人は不意に顔を見合わせる。どうやら、聞こえたのは自分だけだと思っていたが、美月にも聞こえていたらしい。
届いていたらしい。
それは、明らかに「樹」の声で――。
この時間軸にいるだろう「樹」の思いであり、切なる気持ちだった。
(安心して。この時代の「樹」。もう二度と、この手を放すことはないわ。私の思いが揺らぐことはないわ)
(僕は美月と生きる――そう決意をした。例え、困難があったとしても、乗り越えてみせる。その決意に嘘はない。だから、安心して眠るといい。解放されればいい。ありがとう。この時代の「僕」)
樹と美月――。
強く結ばれた糸は解けることはない。
写真撮るから早くおいでと桜、美晴、昭が再び呼ぶ声がする。
「――行こう」
「――うん」
二人はしっかりとつないだ手はそのままに――。
放すこともなく――。
舞い散る桜吹雪の中を走り抜けていった。
彼女はその手を握り返す。
あれから、二年の時が立ち。
人生やり直しを含めて、何度この桜並木を通ったことか。
季節が巡っていったことか。
月日が流れていったことか、数えきれないだろう。
今日は中学校の卒業式だった。二人とも進学校として有名な高校の入学が決まっている。新しい場所で一からやり直すことを決めていた。真っ白なところから作り直していこうと樹と美月は考えていた。
昭の探偵事務所でのバイトも相変わらず続いている。最近では昭だけではなく樹にも相談したいという利用者も増えてきていた。
無難に仕事をこなせるようになってきた。
昭も完全に裏社旗から身を引いている。昭も桜も探偵事務所の跡を継げとは言わない。やりたいことが決まっている二人にはありがたいことだった。すでに、目指している目標があった。
「ねぇ、樹。私、こうして、樹と一緒にこの桜並木を通れることが嬉しい」
「僕も――美月」
樹は真剣な表情で美月と向き合う。
美月は若干緊張した面持ちで、背筋をピンと伸ばす。
「はい」
「もう一度言います。社会人になったら僕と結婚してください」
社会人になったらと樹が言った理由は、それぞれが独立をして、社会を――世間を知った方がいいという判断だったからだ。色々な困難があったとしても、二人なら乗り越えていける。
前を向いて歩いていける。
今を見せたいのは昭や桜、美晴だけでない。佐和、真一、ありさ、雄一の追放に協力をしてくれただろう警察官の人たちにも見てほしかった。四人がどうなかったまでは、美月も樹も知らない。
知らせない方がいいとい大人たちの判断だろう。ならば、その結果を樹と美月は受け入れるしかない。
文句は言えなかった。
「なら、このペンダントは?」
「うん。婚約指輪は変わり。ダメかな?」
卒業をしたとはいえ身分はまだ中学生である。それに、高校の授業に婚約指輪なんてしていけば、騒ぎになってしまうだろう。目立ってしまえば、またいじめられるかもしれないという樹の判断だった。
そのために、制服の下に隠れるペンダントの選択をした。それに、ペンダントなら婚約指輪とは違い毎日身につけることができる。
「そんなダメだなんて」
不器用な樹の思いに美月はくすりと笑う。
(まぁ、そこが樹らしいけれどね)
少しずつでも、樹が感情を出してくれることが美月は嬉しかった。この様子だと高校に入学するまでには、感情を出すという樹の苦手な部分も解消していくことだろう。
美月から見た彼の進歩だった。
きっと、聡も樹の成長を喜んでいることだろう。
「美月――返事を聞かせてほしい」
樹がまっすぐ美月を見つめる。
まっすぐな瞳に美月は逸らせない。
逸らすことができない。
静かな瞳に吸い込まれそうになる。
「私を樹のお嫁さんにしてください」
美月もまっすぐ樹を見つめた。
「昭さんと桜さんにもまた、許可を貰わないといけないな」
「もう、正式に認められていたようなものじゃないかしら?」
「いや――これは、男としてのけじめだから」
いくら、幼馴染同士で許されているとはいえ、樹は桜と昭の許可をきちんととっておきたかった。それに、大切な一人娘をもらうのである。今回はきちんと手順を踏んでおきたかった。
「お義父さん、お義母さんと呼んでと煩いわね」
昭はいいとして桜と美晴が、一回目以上に騒ぎそうである。二人が嬉々として騒ぐのが目についている。思わず、溜息をついた。
少し離れた場所にいる昭、桜、美晴の方に視線を向ける。
三人は桜の写真を撮っていた。
「まぁ、あの人たちからそれをとったらあの人たちではなくなるからな」
「あの性格が母さん、桜さん、昭さんだよね」
「美月さは、将来何になりたい?」
「私は弁護士か警察官。父さんみたいに困っている人を助けたい。誰かの役に立ちたい。樹は?」
「僕は新聞記者。闇に埋もれている事件をそのままにしたくない。真実を書ける――そんな新聞記者になりたい」
「真実を書ける記者、か。聡さんの跡を継ぐのが樹らしいんね」
「美月」
「なぁに?」
「僕の傍にいてくれてありがとう」
「私の方こそ、いつも支えてくれてありがとう」
樹がいなければくじけていた。
立ち直れなかった。
弱い自分のままだった。
その弱さを変えてくれたのが樹である。
昭と桜、美晴以上に自分に愛情を注いでくれた。
「幸せになろうな」
「二人だけではないわ。四人でね」
この中には聡も含まれている。
「そうだな」
桜、昭、美晴が呼ぶ声がする。
ねぇ、「樹」。
お前は今、幸せか?
愛する人と一緒にいられているか?
未来を見えているか?
幸せならその手を離さないでほしい。
つないでいてほしい。
お前たちの幸せを祈っている。
「樹、今、声が聞こえなかった?
「ああ――聞こえたな」
二人は不意に顔を見合わせる。どうやら、聞こえたのは自分だけだと思っていたが、美月にも聞こえていたらしい。
届いていたらしい。
それは、明らかに「樹」の声で――。
この時間軸にいるだろう「樹」の思いであり、切なる気持ちだった。
(安心して。この時代の「樹」。もう二度と、この手を放すことはないわ。私の思いが揺らぐことはないわ)
(僕は美月と生きる――そう決意をした。例え、困難があったとしても、乗り越えてみせる。その決意に嘘はない。だから、安心して眠るといい。解放されればいい。ありがとう。この時代の「僕」)
樹と美月――。
強く結ばれた糸は解けることはない。
写真撮るから早くおいでと桜、美晴、昭が再び呼ぶ声がする。
「――行こう」
「――うん」
二人はしっかりとつないだ手はそのままに――。
放すこともなく――。
舞い散る桜吹雪の中を走り抜けていった。
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