「エンド・リターン」

朝海

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第十三章

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樹が目を開けると美月が横で寝ていた。精一杯の力で彼女の手を握る。
 それに、反応したのか美月の瞳が開く。
「み……づ……き」
「よかった――樹」
 瞳にうっすら涙をためて、安堵の溜息をついた。
「心配をかけて……ごめん」
「私はこうして顔が見られて話せるだけでいいわ」
 他には何もいらないと言いたげな表情を美月は見せた。自分が意外と独占欲が強い方なのだと気が付く。
「父さんに……助けられた」
「えっと、確か聡さん?」
「夢でも会えて……嬉しかった」
 話せてよかった。
 きっと、一生忘れられない思い出になるだろう。聡とのやり取りは樹の心の中に刻まれていた。
「聡さんも樹が心配だったのよ」
「この命……たいせつにしないといけないな」
「聡さんの分まで生きないといけないわね」
「なぁ、美月」
 不意に樹が真剣な表情になる。

「何?」
「ここにいるのは「僕」であって「僕」ではない」
「どういうことかしら?」
 美月が何を言いたいの?という顔をしていた。
「目が覚めたら、美月が自殺する前の時間軸に戻っていた」
 本来なら、この場所には彼女が亡くなった時の時間軸である「樹」が生きていなければいけない。樹が美月を助け――過去を変えたことで、この時間軸の「樹」が消滅したことになる。そうなると、この世界にいるだろう桜、昭、美晴の未来さえ変えてしまったことになる。
 それでも、樹は未来を書き換えてしなったことに後悔はしていない。
 悪い方ではなくいい方へと未来を変えていったのだから。
 こうして、呼び寄せられたのも美月を死なせたくない、守りたいといったお互いの波長があったからだろう。
 もしくは、聡が言う通り二人の樹の気持ちが同調したか。
 全てを知っている自分だからこそ彼女を助けてくれと託されたのかもしれない。チャンスをくれたこの時間軸の樹
に感謝しかなかった。
「樹は樹よ。どの時代の樹であっても私にとっては大切な幼馴染よ。それだけは、変わらないわ」
 そして、私を救ってくれた。
 だから、私はここにいるの――樹の隣にいられるの。
 それだけで、充分だわ
 そんな気持ちを秘めて美月は樹の瞳を見る。
「ありがとう――美月」
 彼女の頬に手をおく。
 美月は樹の手に自分の手を重ねた。
 その温かさに彼が生きているのだと実感したようだった。
「父さんと母さん、美晴さんを呼んでくるね」
 美月の腕を掴んで止める。
「――樹?」
「今は二人でいたい」
 リフラィティングベッドを上げてもらう。彼の端正な顔が近づいてくる。美月は反射的に瞳を閉じた。樹は彼女の額に口づけを落とし、こつりと、額を合わせる。
 体を重ねるのはまだ早い。
(焦らなくてもいい。時間はまだある。それに、美月はここにいる。生きている。自分の隣にいる)
 自分たちの本業は学生である。いくら、樹と美月の頭が良くても、学校の遅れを取り戻さなければいけない。疲れたらしく、彼が瞳を閉じた。
 美月は癖がない樹の髪をさらりと梳いた。



「あらあら。あの子たちったら」
「これは、邪魔できないな」
 その様子を廊下から見ていた美晴、桜、昭は顔を見合わせる。美月と樹の子供を――孫を見られるのも近いかもしれない。
 いずれ、抱ける日が来るかもしれない。
 きっと、二人に似て賢くて容姿端麗な子供になるだろう。
 これからが、楽しみである。
「そしたら、昭さんが私のお義兄さんになるのね」
「何だ? 美晴さんは嫌なのか?」
「ううん。逆よ。家族が増えて嬉しいわ」
「私たちの縁は切れそうにないわね」
「ここまでくると、とことん付き合ってもらうからな」
「可愛い妹と嫁がいて幸せでしょう? お義兄さん」
「美晴さん。それ、自分から言うことか?」
「昭さん、照れちゃって」
 昭は桜と美晴にからかわれる。
 どこか、複雑そうな表情をした。
「二人ともあまり年上をからかうな」
 昭は桜と美晴の頭を軽く叩く。
「暴力反対」
「女性に暴力をふるうなんて最低」
 訴えてやると二人が呟く。
 桜と美晴なら本当に訴えそうで怖い。
 ここは、逆らってはいけない。
 昭は考えることを放棄した。
「お前たちいい加減にしてくれ」
 そのまま、白旗をあげる。
 どうも、桜と美晴には勝てる気がしない。樹もそうだが、曲者が揃っていた。
(この先、苦労をしそうだな)
 昭は自分の髪の毛を乱暴にかき混ぜた。



 数分前――。
「ねぇ、渡、圭太」
 千夏は歩いている足を止める。
「何だ? 千夏」
「千夏?」
 渡と圭太も立ち止まった。
 千夏が話し出すまで待つ。
「――あの声」
 さっきから、聞こえてくるあの声――。
 最近、どこかで聞いたことがあるような。
(そうだ。送られてきたボイスレコーダの少年の声に似ているのね)
 聞こえてくる声の違和感に千夏は気が付いた。
 彼女も出動する前にボイスレコーダの声を聞いていた。悔しそうな少年の声は今でも覚えている。
 記憶されている。
 心に刻まれている。
 それほど、声の印象が強かった。
「声がどうした?」
「さっきの声――ボイスレコーダの少年の声に似ていないかしら?」
「確かに似ているな」
 圭太、渡、千夏は声がする病室の方を見る。中学生のカップルとその様子を見ている両親という構図ができあがっていた。小声で話している大人たちがはしゃいでいて、子供たちが大人びて見えるという逆転現象がおきていた。
 幸せそうな家族の光景である。
(そういえば、あの少年といる少女――いじめられていると千夏に相談していた子供か?)
 少年の傍にいるということは、いじめも解決したのだろう。
「私も確証がないけどね」
「俺はね、あの時も言ったけれど、少年と証拠を送ってきた人物が幸せになってくれればそれだけでいい」
 三人もこの少女がボイスレコーダを送ってきたという確証がない。
 断言できなかった。
 ボイスレコーダの少年の声も似ているというだけで、認定は難しいだろう。何だか、煙に巻かれたような――そんな気分になる。
 どうやら、初年の方が一枚上手だったようだ。
「よかったら、二人ともご飯を一緒に食べにいかない?」
「やだ。お前と行くと大食いで俺たちまで白い目で見られる」
「ちょっ……渡。それ、乙女に言うセリフじゃないわ。圭太、どう思う?」
「男に紛れて戦うお前が乙女」
「え……圭太も渡もひどくない? 私のことバカにしている?」
「さぁな」
 仲間にだけ見せる笑顔で渡は笑う。
「渡、何? その答えは卑怯よ」
 千夏は渡に抗議をするが、どこ吹く風である。圭太はおもしろそうに二人のやり取りを見ていた。
 やはり、似た者同士だった。
 類は友を呼ぶといったことわざは、間違っていないのかもしれない。
「じゃあな」
 渡はひらりと手をふって去って行く。
「あれは、渡なりの愛情でお前のことを認めている証拠だ」
「だとしても、不満だわ」
「あいつが嘘をつかないとお前も知っているだろう?」
「まぁ、そうだけど」
「仕方ない。ご飯に付き合ってやるよ」
「本当!?」
 千夏の瞳が嬉しそうに輝く。
 やはり、もつべきものは同期である。
 千夏と圭太は渡とは反対の方向へと歩き始めた。
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