「エンド・リターン」

朝海

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第十一章

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「圭太」
 渡の珍しい緊迫した声に、圭太は読んでいた書類から顔を上げた。渡は封筒を渡す。いつも、表情を顔に出さない渡の顔がこわばっている。
 新聞の切り抜きで貼られた住所が、誘拐事件を連想させる。誘拐事件だとしたらそれなりの対応が必要になってくるだろう。
 交渉人(ネゴシエーター)も呼ばなければいけない。
 一気に緊張感が増してくる。警戒しつつ持ち上げて、封筒をふってみる。カタカタとわずかに音がした。圭太が中身を開けてみるとボイスレコーダと数枚の写真が、丁寧に包まれて入っていた。
 写真に写っているのは異様な空気の中、囚われている人の姿である。
 それを、眺めている滝本雄一と佐伯真一の姿が――。
 別の写真には正体不明とされていた女暗殺者の滝本佐和だろうと予測される。写真と一緒に送られてきたということは、佐和は何かしら関わっている雄一の身内、もしくは妻だと結論することができるだろう。
 今まで、裏社会の人間が殺され続けてきた事件には、佐和が関与していることに間違いない。彼女は人や動物を殺していることに躊躇せず、己の快楽だけで罪を重ねていく。恐らく、サイコパスの部類に入るだろう。
(どこまでも、闇が深い事件だな)
「ボイスレコーダ?」
 圭太は再生ボタンを押す。
「見てのとおり、この二人は人体実験をしている。被害者は滝本ありさのいじめにあい精神的に病んだ生徒や自分の施設である程度育てた子供たちを使っているということだ」
「父はこのことを調べていたということですか?」
「お前の父親は真実に近づきすぎた。だから、滝本雄一に殺された」
「父はこんな奴らに殺されたのか?」
 少年の悔しそうな声が聞こえてくる。まだ、変声期を終えたか終えてないかぐらいの少年の声だった。録音された会話の内容は裏社会の者しか知らない内容でもある。
 この話を聞いて自分たち警察が権力に屈するか――屈しないか。
 事件として扱い動いてくれるかどうか。
 それを、試しているのかもしれない。
「この二人、滝本雄一と佐伯真一、この女は滝本佐和か」
「市会議員とあおい製薬会社長。どちらにしろ、この問題が世間に明るみになれば大変なことになるぞ」
 まさか、善人の皮を被った悪人だったなんて――。
 裏でこんな残虐なことをしていたなんて。
 権力など関係ない。
 こんな人間こそきちんと裁かれるべきだ。
 腐りきった人間を野放しになんてできない。
(許すことができない。罰は受けるべきだ)
「俺は動く。この少年の気持ちを蔑ろにするわけにはいかない」
(あのような声を聞いて動かないほど、俺は薄情ではない)
 それに、この告発自体どれだけの勇気がいったことか。
 子供たちがこの情報を必死に守ろうとしがか。
 きっと、傷つくこともあっただろう。
 嫌な思いもしただろう。
 それでも、自分たちは戦う。
 戦って買ってみせる。
 強い思いが圭太と渡に伝わってきた。
 大人として子供を守る立場として見逃したくなかった。助けてというサインを聞き逃したくなかったのである。子供にこんな思いをさせてしまうなんて、警察官として恥ずかしかった。
 恥ずべきことでもある。
 彼らは今度の日本を背負っていく子供たちだ。未来がありここで死なせるわけにはいかない。その未来を支えていくのが自分たち大人の役割だ。
「どうやって動く?」
「指紋も残さない。自分の住所も公表しない。声紋鑑定など年齢が分かるぐらいだしな。これを送ってきた人物もそれなりの頭が回る人物。この声の少年にも何か考えがあるはずだ」
「渡。発信機の反応が」
 渡の開いたままのパソコンにピロンと音を立てた。相手が動き出すと、自動で動く仕組みになっていたらしい。
「やはりな」
 パソコンに映し出された赤い点が動いている。人気のない山奥を目指している。
 目的地は冬場使用されていないキャンプ場が目的地か。
 滝本側もこちらに情報が回っているとは思ってもいないはずだ。
「呼ぶとしたら千夏の部隊か。事をあらげたくないがあいつは来るだろうな」
 不意に浮かんだのはSATにも所属している圭太と渡の同僚である千夏の姿だった。この事件の内容もすでに、彼女も知っているだろう。懇意にしている情報屋がいてもおかしくはないが、二人は深く関わろうとはしない。
「渡。俺も行く」
「好きにすればいい」
(子供たちがくれたチャンスを無駄にしたくない)
「好きにすればいい。行くぞ」
「ああ」
 数時間、車を走らせてキャンプ場の近くにある駐車場に停車する。いくら、夜道で暗いとはいえ目立ってしまうと真一、雄一、ありさ、佐和が逃げてしまう。数分歩くと目的地が見えてきた。
 先回りをして到着を待つ。
 罪が踏む音がして四人が姿を現した。

「お前たちを待っていた」
「誰だ?」
 月明りを頼りにして警察手帳を見せる。
 そうでなければ、考えられる理由は一つだけ。
「あの子供を刺した時に、発信機を取り付けられたな」
(そうでなければ、居場所が見つかるわけがない)
「あの子供にしてやられたな。覚悟しておけよ」
 真一が苦々しそうに呟く。



 ありさは起きてはいるが会話に入ろうとはしない。樹と真一が手に入らなかったことがショックだったのだろう。
 ただ、空虚な瞳で空を見上げているだけ。
 あに気が強かったありさでさえ壊れてしまっていた。
 精神的に弱いのは親子故か――。
 血のつながりが濃いからと言えよう。佐和も目を逸らすとふらふらどこかにいってしまうため真一が渡した飲み物に睡眠薬を入れて眠らせてある。
 圭太と渡がちらりと後ろを見た。
 その場がライトで照らし出される。眩しいぐらいのライトが闇夜を照らす。
「おいていくなんて、ひどいわ。圭太、渡」
 そこには、おいていかれたことに、怒っている千夏が立っていた。銃を構えている男性の隊員に囲まれていても平然としていた。
 周囲の隊員が四人を拘束していく。ここにいる四人とも隔離病棟に入ることになるだろう。雄一は病気で長期治療のため市議を引退、宅間は海外へ研究に行ったことにすればいい。ありさは親の都合で転校したことにすれば、ボイスレコーダの少年の声を、マスコミが追うことはないだろう。
 支持を仰いだ警察の上層部はそう判断をした。

「声の男の子。幸せになれるといいね」
「これからの日本を担っていく子供たちだからな」
「どんな、子供たちか会ってみたいけどな」
 圭太がぽつりと呟いた。
「圭太。本音が出ているぞ」
 圭太が本音をこぼすこと自体が珍しい。四人に負けずに戦い抜いた少年に興味をもったようだ。
「私もあってみたいわ」
「千夏まで」
 渡は溜息をつく。
「私たち、上から怒られるかな?」
 千夏も圭太も渡も。
 上層部に怒られたからといって、へこたれるような性格ではい。
「さぁな。握りつぶされるかもしれないな」
 この事件の闇が世間に出ることはない。ニュースで取り上げられることはないだろう。今後、四人が世に――世間に放たれることはない。
 日の目を見ることはない。
 どちらにしろ、千夏、圭太、渡が満足いくような解決の仕方ではなかった。
 少しずつでいい。
 警察の上層部も自分たちが変えていけばいい。
 そのために、自分たちは立ち上がったのだから。
 声を上げたのだから。
「握りつぶされたとしても、俺たちが覚えておけばいい」
 千夏、渡、圭太にとって忘れなれない事件になるだろう。
「そうだな」
 「そうね」
 三人は夜空を見上げた。
 満月が綺麗な夜のことだった。
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