「エンド・リターン」

朝海

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第十章

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「どういうことなの!?」
 美月と桜、美晴は声をあげた。三人が怒るのは仕方がないことだろう。
 海外旅行から帰国してみれば、樹が意識不明の重体で眠っているのだから。
 いつ目覚めるか分からない眠りについているのだから。
 今も色々な延命治療の機会が取り付けられている。その樹の姿を見て、美月はショックをうけた。自分の中で彼は何事にも負けることなく、いつも強いイメージがある。
 その樹が弱っている。
 美月は彼の手をとった。
(ごめん――ごめんね、樹。本当は私のことだから、自分が向き合わないといけなかったのに、立ち向かわなければいけなかったのに。私の弱さがあなたを傷つけた。あなたに甘えている自分がいた)
 熱もあるのか握っている手は熱かった。呼吸器をしていても息をするのもつらそうである。樹の額にある汗を濡らしたタオルで引き取る。
 険しかった顔が多少、和らいだ気がした。


 昭の背後で早く話せという美晴と桜の威圧感がすごかった。
「それと、今回のことは三人には話さないでください」
「どうして?」
「あの三人には闇は似合わない」
「分かった――約束をしよう」
 樹と契約した時に交わした握手の感触を昭は思い出していた。ひんやりとした冷たい手だった。だからといって、彼の心が冷たいわけではない。
 今回、命を試みず美月を助けてくれた。
 ありさから助け出してくれた。
(美月をいじめという絶望の淵から光をあててくれた。滝本ありさに対して、反撃の狼煙をあげてくれた)
 彼に対し感謝の言葉しかなかった。



 ぼんやりとしていた昭は、さくらに叩かれて現実に引き戻された。二人のきつい眼差しに耐えられない。
 逃げきれない。
(逆らえない。樹君、ごめん。約束を破ることを許してくれ)
 心の中で樹に謝罪をする。
 昭はボイスレコーダに録音した声を聞かせる。樹の悔しそうな声に、美月は胸が揺さぶられた。その声に心がかき乱される。きっと、自分がこんな感情になるのは、樹に関してのみだろう。
(何で? 何で、樹だけが苦しい思いをしなければいけないの?)
 昭が持っていたボイスレコーダを美月は奪った。彼が驚いた表情を見せる。もし、樹が助けてくれなかったら、人体実験に利用されていたのは自分かもしれない。
 そう思うと鳥肌が立つ。
「美月?」
「美月ちゃん?」
 美晴と桜が美月を見る。
「警察に送る仕事は私がやるわ」
 これ以上、逃げるわけにはいかない。
「けれど、危険すぎる。滝本側に知られたお前の命はないぞ」
 昭がきつめに警告をする。
「お願い――これぐらい私にさせて」
(動かないと何も変わらないし、始まらない。弱い自分とさようならをするためには行動しないと)
 今度は自分が樹を守る番である。
 自分だって何かをしたい。
 樹を救いたいし、気持ちに答えたい。
 もう、樹や昭、桜、美晴に守られるのは嫌だった。
 ともに戦いたかった。
「昭さん。美月の気持ちはあなたにも分かるでしょう? 美月も樹君を守りたいのよ」
 桜に言われて昭は言葉を失う。
「昭さん。私からもお願いするわ」
 美晴は昭に頭を下げた。
「桜。美晴さん。分かった。これを、お前に託そう」
 美月にボイスレコーダと写真を渡す。
「やり方は私に任せてもらってもいいかしら?」
「美月が思うようにやってみればいい」
「樹をお願いね」
 病院を出て自宅に戻り、準備をする。ありさは美月の字を知っている。手書きの場合、すぐにばれてしまうだろう。パソコンをとも考えたが、消去しても痕跡が残ってしまうことがある。痕跡が残ってしまえば、ありさたちに追跡される可能性があった。
 美月は樹や昭のようには戦えない。
 戦闘面でも情報面でも負けてしまう。
(そうだわ。この方法なら必ず目につくはずよ)
 唯一、思いついたのは新聞の一文字を切り取り封筒に貼っていく方法だった。誘拐事件の小説やドラマによく使われる手法である。古典的な方法だが、警察の目にもとまりやすいメリットもあった。使える文字を新聞から探すのは、対戦だが弱音を吐いてはいられない。
(やると決めたからにはやるしかないのよ)
 新聞を広げて丁寧に切り取り、封筒に貼っていく。今回の事件に関与されている人たちの写真も一緒に同封しておいた。
 あとは、ポストに投函するだけである。指紋も分からないように手袋もしていた。季節は冬のために、手袋をしていても誰も不審には思わないだろう。
(冷静に――冷静に)
 美月は心の中で唱える。
(大丈夫。私ならできるわ。違う。やらないといけないのよ)
 樹のために。
 ありさと決着をつけるために。
 深呼吸をして平然と歩く。平然と歩いていれば、誰も事件の証拠を持っているとは思わないだろう。美月とて一市民でしかない。興味をもつ人などいないだろう。そのとおりで、誰も美月を見ようとはしない。
 まっすぐ前を向いて歩く。
 美月の瞳には絶対にやり遂げるといった強い位置が宿っていた。信号の反対側にポストが見えている。周囲の人ごみに紛れてポストに向かう。無事に届きますように――聞いてもらえますようにと祈りながらポストに投函する。

「坂本美月だな?」
 病院に戻る途中で男に声をかけられて、裏路地に引きずり込まれた。明らかに、一般人とは違う。ありさが呼んだ男だろう。美月はそこに転がっている石を投げる。その隙を見て逃げ出そうとしたが、男に腕をとられてしまう。
 男が美月の服を破った。
 すると、一台のオートバイが止まる。運転手は美月に上着をかけてボタンを止め、オートバイに乗せるとそのまま走り出した。暫くすると、警察署の前で停車した。運転手がヘルメットをとる。
「これでもう大丈夫よ」
「あなたは?」
「私? 私は川口千夏」
 千夏は美月に警察手帳を見せる。ちょうど、パトロールの途中で男に連れ込まれるのを目撃したのだという。中に案内すると予備の服を渡して着替えるように促す。着替えて出てきた美月にジュースを差し出した。ジュースの甘さにほっとする。
「刑事さんですか?」
「ここの警察署に所属している特別班の一員よ。でも、あなた。なぜ、狙われているの?」
「私、いじめられていて――きっと、その人の仕業だと思います」
 千夏が警察の人でもボイスレコーダと写真のことを話すつもりはない。それに、彼女たちの元に届くとは限らない。三月が勝手に動くわけにはいかなかった。
「いじめ? どうして?」
「私とその人が同じ人が好きで、私が愛されているから気に食わないのだと思います」
「助けてくれる人はいないの?」
「助けてくれる人はいます」
 美月は樹の姿が頭をよぎる。
 仲良くなったクラスメートを思い出す。美月自身、恵まれた環境にいると思っていた。
 愛されて、守られて、思われて。
 自分はどれだけ、幸せなのだろうか?
「苦しかったら、その人たちの甘えてもいいと思うよ」
「でで、私のせいで愛する人が傷つきました。今も眠っています。初対面の人にこんな話を――ごめんなさい」
 美月は視線を下におとす。
 こうして、千夏と話せるのも親近感を感じたためなのか。
「話を聞くのも私たちの仕事よ」
「ありがとうございます。少し気持ちが落ち着きました」
「私たちも動こうか?」
「いえ――これは、私が解決すべきことですから」
「あなたは強いわね。送っていくわ」
「今は外の景色を見たい気分です」
 千夏の送って行こうかという言葉に美月は首をふった。景色を見ながら樹がいる病院に帰りたかった。



「千夏」
 千夏は圭太と渡に呼ばれる。
「私はいくわね」
「ありがとうございました」
 美月は頭をさげた。



 千夏は彼女を見送った。少しだけ、気になったのか渡と圭太も顔を覗かせている。
「千夏。今の子は?」
「――ん? 人生相談といったところかな?」
「いじめか?」
「そんなところ」
「圭太、千夏」
「どうした? 渡」
「なぁに? 渡る」
「あの子はきっと強くなす。将来化けるぞ」
 渡は言いきった。
 勘がいい彼のことだ。
 信じてもいいのだろうが、付き合いの短い千夏には分からない。
「圭太、本当なの?」
 圭太に聞いてみる。
「信じるか信じないかは千夏次第だろう」
「あ、はぐらかしたわね。圭太」
 席に戻った二人はその間にも書類を、分別する手を休めることはない。千夏も大きく背伸びをすると、山積みになっている書類を手にとった。


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