「エンド・リターン」

朝海

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第七章

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 越智圭太は段ボールに入った荷物を持って廊下を歩いていた。警視庁に新しく立ち上げられた特別版の班長とやらを任されたのである。班長といえば響きはいいが、お払い箱といったところだろう。誰もがすみにおいやられることを嫌がり圭太に和待ってきたのだった。
 与えられた部屋に行くとすでに人がいた。どこか、懐かしさを感じる背中にとある悪友を思い出す。あの後姿を忘れるわけがない。
「お前、沢口渡か?」
 圭太が声をかけると相手が振り返った。
「越智圭太?」
 何の因果関係か、そこにいたのは小・中学校の同級生――沢口渡だった。相性がよく渡とはよくつるんでいた。一緒に遊んでいた。
 圭太が親の転勤で引っ越してしまい年賀状やメール、ビデを電話で話はしていたもののまさか、同じ班に配属になるとは思ってもいなかったのである。圭太と渡にとって久しぶりの再会だった。
「久しぶり、圭太。変わってないな」
「渡も変わってない」
「こうして、再会するとは思ってもいなかった」
「俺も」
「渡は何で警察官になった?」
「僕? 市民を守るためというのも理由の一つだが、建前だな。本音を言えば腐った組織を変えるためだな」
「圭太は?」
「俺も同じだよ。腐りきった組織を変えるには誰かが動かないといけない」
「そう。誰かがやらないといけない」
「考えは相変わらず一緒だな。安心したよ。渡」
「僕も」
 圭太と渡は顔を見合わせて笑う。小中学校の頃に戻ったかのようだった。
「そういえば、もう一人来るだろう?」
「SATから来るらしい」
 SAT初の女性隊員らしい。
 SATの訓練にも負けることなくついてきたとか。
 銃がかなりの腕前で上位に入るとか。
 色々な噂が飛び交っているのを、二人は聞いていた。どんな人物が来てもすべきことは変わらない。
 目指す理想は一緒で、同じ道を進むだけだ。
 お互いの理念を貫き通すのみ。
「ふうん。SATね」
 渡の顔にはこの先、面白くなりそうだとそういっているようだった。ドライな彼がここまで人に興味をもつこと自体珍しい。
 それなりの評価をしてからの反応か。

「ごめんなさい。遅くなりました。先輩たちが解放してくれなくて」
 ショートカットの女性――川口千春が入ってくる。日に焼けた肌。うっすらと化粧をしているが、明らかに健康そうな女性そのものだった。
「これで、全員、揃ったな?」
「はい。班長」
「俺のことは圭太でいい。渡もそのつもりで。敬語も禁止」
 渡に班長と呼ばれた日には、全身に鳥肌がたつ。
「ですが、班長」
 千夏は戸惑ったように圭太を呼ぶ。次に呼んだ時にはあれをやってもらうと圭太が指さした先には、大量の書類が机の上に山積みになっていた。書類の枚数は背が高いといわれる千夏の身長をゆうに超えている。さすがに、顔を引きつらせた。
 終わらすには何時間――いや、時間では足りない。
 全部、終わらせるのに何日かかるだろうか。
 気が遠くなるような量だ。
 下手したら、徹夜になり泊まり込みになるだろう。
 もしかして、自分はとんでもない鬼上司にあたってしまったのだろうか?
 うまくやっていけるのだろうか?
 彼女の不安が一気に高まったのが、圭太と渡にも分かった。
「圭太、彼女をからかうのはそれぐらいにしておけ」
 渡が止めに入った。
 まさに、鶴の一声である。
 からかわれていると知り、脱力をしてしまった。千夏は乾いた声で笑う。私の緊張を返せ――心の中でそう思った。しかし、そのせいでいらぬ緊張がとれたようだ。人を手の上で転がして遊ぶとは、敵方として戦うことを想像すれば恐ろしい。
 戦闘で勝っても心理面で負けてしまうだろう。
 本当はこんなところでくすぶってはいけない人物。
 千夏はそんな風に圭太と渡を理解したようだった。
「あの自己紹介は?」
「僕は沢口渡」
「俺は越智圭太」
「川口千夏です」
「敬語」
 圭太にっこりと笑う。
「二人は知り合いみたいだけど」
「僕と圭太は小中学校からの友達だ」
「腐れ縁といったやつね。圭太と渡はどうして警察官になったの?」
「理想の一致というやつだな。なぁ、渡」
「そうだな。千夏は?」
「最初は刑事になろうと思ったけれど、私、サバイバルゲームが好きで、銃の扱えるところに転属届を出したの」
 千夏の意外な趣味が発覚。
 確かに、彼女はお嬢様として振舞うよりも、外で駆け回っている方が似合っている。
 上司が扱いに困る者同士を集めて作った部署ということか。
 一つに纏めておけば何かと対応には困らない。ならが、こちらも、好きなようにやらせてもらおう。
「なるほどな」
 渡がぽつり、と呟く。
「何がなるほどなの?」
 彼が何を言いたいのか、千夏には分からないようだった。
「変わり者ばかりを集めた部署」
 圭太が渡の言葉を通訳する。
 さすがは友達同士。
 言いたいことがよく分かっている。
「確かに、私たち変わり者だね」
「俺たちやっていけそうだな」
「千夏を含めてこれからよろしく」
 渡、千夏、圭太――。
 三人だけの部署が動き出そうとしていた。


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