「エンド・リターン」

朝海

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第三章

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(何で? 何で、笹木君は私じゃなくて坂本さんを選ぶのよ! 私のどこが悪いの!)
 ありさは部屋にあるクッションと枕を、思いっきり壁に投げつけた。ゼイゼイと肩で息をする。どおりにならず、喚く姿は幼い子供そのものだった。自分が憎い顔をしていることさえ気がついていない。
「坂本美月。不愉快だわ」
 美月には悪いが死んでもらう。もしくは、再起不能になるまで叩き潰すつもりでいた。
 ありさは父親の雄一の書斎に入ろうとしたが、客人が来ていたことを思い出す。仕事関係の話を聞いていても面白くともなんでもない。相手との会話が終わるまで、書斎の前で待つ。
 数分して人が出てきた。
 ありさでも見たことがある人物である。確か、大手製薬会社社長だったと思うが、名前を忘れてしまっていた。会釈していた相手に、ありさは慌てて礼をして見送る。
(かっこいい人ね)
「ねぇ、父さん。さっきの人は?」
 ありさはノックなしで雄一の書斎に入った。彼も慣れているのか、ありさを嗜めようとはしない。
「あおい製薬会社社長の佐伯真一氏だ」
 おあい製薬会社といえば、上場企業にも名をつられている有名な企業でもある。
「私、あの人がほしい」
 ありさの甘ったるい声が部屋に響く。
 彼女の濃紺の瞳が輝いた。
 ほしい。
 ほしい。
 ほしい。
 真一と樹。
 二人の子供を愛でていたかった。
 体と心が真一と樹を渇望している。
 心が潤いを求めている。
 まさに、獲物を狙っている肉食動物のようだ。真一に関しては、雄一に頼んで婚約者にしてもらえばいい。そうすれば、煌びやかな世界が待っている。
 何不自由がない生活が手に入る。
 その中で樹を飼えばいいだろう。
(笹木君を思っているのは私だわ)
 樹が好きという思いがありさの中で膨らんでいく。
「佐伯氏を? お前、他に好きな人がいただろう?」
 樹のことは雄一にも話しておいた。何かあった時のために、手が回りやすくするためである。
「笹木君のこと? もちろん、手に入るようにするわよ」
 樹を含めて権力込みで全部、全部自分のものにしたかった。
 あの二人のように賢い男を、好きなようにできたらどんなにいいことか。
 まずは、樹から美月を引き離さすことが優先である。彼女が崩壊していく姿を見てみたい。
 記録しておきたい。
 この時点がありさは狂っている。彼女に病院に行くという選択肢はなかった。普通の人ならば、すぐに病院に行くだろう。
 その選択肢は彼女にはなかった。
 医者や薬などありさは最初から期待していない。
「まぁ、佐伯氏についてはお前に紹介する機会はあるだろう」
「今の言葉を楽しみにしておくわ」
「ありさ。お前は私の跡を継ぐものだ。分かっているな?」
「権力が手に入るのなら、私はそれでいいのよ。父さん」
「何だ?」
「私、今の地位が手に入るのならそれでいいのよ」
「お前も私に似てきたな」
 強欲なところはさすが親子である。雄一の性格をありさが引き継いでいた。
「私はね。父さんの子供で幸せよ。それよりも、母さんは?」
 ありさが学校から帰ると、佐和の姿がなかった。放浪癖がある彼女のことだ。ありさはまたどこかにいってしまったのかという、思いしかないのだろう。



「あいつの名前は今後だすなよ」
 佐和と雄一は政略結婚だった。結婚した時の彼女はまだ素直でよかった。口づけをしただけで、頬を染めてちょっとしたプレゼントで喜ぶ。それぐらい、出会った時の佐和は純粋だった。
 幼さを残すところがあり、どこか可愛さがあるお嬢様のような女性だった。だが、演じていたらしく人殺しの本性を徐々に表すようになったのである。それから、雄一、佐和の関係は崩壊していく。
 彼女の最初の仕事は真一からの依頼を受けて始まった。
 証拠と痕跡を残さずに人を殺す。噂が噂を呼び、佐和は裏社会では有名な暗殺者になっていった。どうも、人を殺したいという衝動をコントロールできないらしい。
 容赦なく刃を振り下ろし、相手の心臓と喉元を狙う。服や体を汚さないように刃を、振り下ろす姿はとても冷酷だった。
 化け物といっても言いぐらいである。
 己の本能のまま生きる姿は獣そのものだった。
 手におえなくなった雄一は真一に佐和を押し付けたのである。彼ならば、人殺しの衝動を抑える薬を開発してくれるだろう。
 そう思い雄一は真一に佐和を押し付けた。今は彼の愛人として暮らしている。そのことを、ありさは知らない。話すつもりなどなかった。
「父さんと母さん。仲が良かったよね?」
「ありさが知らなくてもいいことがこの世の中にはあるのさ」
「まぁ、どうでもいいけどね」
 話が終わったのだろう。
 ありさは部屋を出て行った。
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