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第二章
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「美晴、聞いた?」
美晴が電話に出た瞬間、桜の弾んだ声が聞こえてきた。傳馬がくる前に桜からラインが来たと思ったら、樹が桜の額に口づけをしている写真が送られてきたのである。彼女は頬を染めて樹はあまり、外では見せない柔らかく優しい顔をしていた。
「樹君が桜にプロポーズをしに来てくれたの」
桜のテンションがいつも以上に高いのはこれが関係しているからなのだろう。普通の親ならば中学生の分際でと追い返されているはずである。それを受け入れるあたり、桜と昭らしかった。
桜と昭もそのあたりがぶっ飛んでいる。
むしろ、喜んでいた。
「樹もなかなかやるわね」
(樹、よくやった!)
美晴も心の中で呟く。
しかも、ガッツポーズつきで。
幼馴染とはいえ、中学生でプロポーズとはできることではない。
傍で美月を守る――。
樹なりの覚悟があったのだろう。
美月も真っ赤になりながらも、彼のプロポーズを承諾したという。彼女が自分の家に嫁に来てくれる。それだけで、美晴は嬉しかった。
美月とどんな話をしよう。
映画やファッションの話?
それとも。おしゃれなカフェやランチの話?
そう考えるだけでわくわくする。期待が膨らんでいく、娘ができたようだった。
「樹君、カッコよかったわよ」
「幼馴染との恋。映画やドラマになりそうね」
「小説が書けそうだわ」
樹がいないことに二人は盛り上がる。
「孫の顔が早く見たいね」
「男の子でも女の子でも、きっと可愛いわよ」
ただ今、言ってランニングに出かけていた樹が帰ってきた。
「ごめん、樹が帰ってきたし、これからご飯になるから」
じゃあねと言って電話を切る。
「樹、桜から聞いたわよ。美月ちゃんにプロポーズしたらしいじゃない。将来のお嫁さんね」
「それから、僕、昭さんの探偵事務所を手伝うことになったから」
「確か、有名な探偵事務所ね。社会勉強になっていいと思うわ」
「母さん。僕が父さんはどんな人だった?」
「あなたの方から聡さんの話題を出すなんて珍しい。そうね。正義感が強くて優しい人だった」
美晴がアルバムを持ってくる。ページを捲ると赤ちゃんの頃の美月と樹の写真もあった。美晴と聡、桜と昭との写真もある。桜と美晴は産婦人科で同室だった。話をしているうちに意気投合をして、仲良くなったのだ。
聡と昭も次第に話すようになり、家族ぐるみの付き合いが始まった。
「母さんは父さんの死をどう思っている?」
「彼はいつでも、私の中にいるから大丈夫よ」
「もし、僕が父さんの事故の真相について調べると言ったら、母さんはどうする?」
手巻きずしの準備をしていた美晴の手が止まり振り返った。
そこにいるのは、静かな瞳をした樹だった。
目の前にいるのは樹のはずなのに――。
自分の息子のはずなのに。
手が届きそうで届かない。
知らない人のように見えた。
その姿は美晴から見て儚く――脆く感じてしまった。
彼女の中で不安が広がっていく。
心の中がざわついていた。
「樹、あなたは何を?」
美晴が戸惑った顔をする。
「滝本さんに宣戦布告をしてきた」
「滝本さん? 確か、市会議員の娘さんよね? 大丈夫なの?」
「僕は美月をいじめていた滝本さんが許せない」
(同じ悲劇を繰り返したくない)
権力なんかに負けたくない。
ありさの思いとおりにはなりたくないし、操り人形になるのも嫌だった。
「樹は聡さんそっくりになってきたわね。やれるだけやってみなさい」
本当はやめてと言いたい。
樹が傷つく姿など見たくなかった。
命を大切にしてほしかった。
けれど、彼には彼の思いがある。
その思いを捻じ曲げることなどできない。
樹を信じることしかできなかった。
「ありがとう」
「せっかくの入学祝がしんみりしちゃったわね。さぁ、切り替えて食べましょう」
美晴が明るい声を出す。彼女は何度もこうやって自前の明るさで樹と周囲を助けてきた。周囲からの信頼も厚く、介護士としての仕事も転職だった。
美晴が電話に出た瞬間、桜の弾んだ声が聞こえてきた。傳馬がくる前に桜からラインが来たと思ったら、樹が桜の額に口づけをしている写真が送られてきたのである。彼女は頬を染めて樹はあまり、外では見せない柔らかく優しい顔をしていた。
「樹君が桜にプロポーズをしに来てくれたの」
桜のテンションがいつも以上に高いのはこれが関係しているからなのだろう。普通の親ならば中学生の分際でと追い返されているはずである。それを受け入れるあたり、桜と昭らしかった。
桜と昭もそのあたりがぶっ飛んでいる。
むしろ、喜んでいた。
「樹もなかなかやるわね」
(樹、よくやった!)
美晴も心の中で呟く。
しかも、ガッツポーズつきで。
幼馴染とはいえ、中学生でプロポーズとはできることではない。
傍で美月を守る――。
樹なりの覚悟があったのだろう。
美月も真っ赤になりながらも、彼のプロポーズを承諾したという。彼女が自分の家に嫁に来てくれる。それだけで、美晴は嬉しかった。
美月とどんな話をしよう。
映画やファッションの話?
それとも。おしゃれなカフェやランチの話?
そう考えるだけでわくわくする。期待が膨らんでいく、娘ができたようだった。
「樹君、カッコよかったわよ」
「幼馴染との恋。映画やドラマになりそうね」
「小説が書けそうだわ」
樹がいないことに二人は盛り上がる。
「孫の顔が早く見たいね」
「男の子でも女の子でも、きっと可愛いわよ」
ただ今、言ってランニングに出かけていた樹が帰ってきた。
「ごめん、樹が帰ってきたし、これからご飯になるから」
じゃあねと言って電話を切る。
「樹、桜から聞いたわよ。美月ちゃんにプロポーズしたらしいじゃない。将来のお嫁さんね」
「それから、僕、昭さんの探偵事務所を手伝うことになったから」
「確か、有名な探偵事務所ね。社会勉強になっていいと思うわ」
「母さん。僕が父さんはどんな人だった?」
「あなたの方から聡さんの話題を出すなんて珍しい。そうね。正義感が強くて優しい人だった」
美晴がアルバムを持ってくる。ページを捲ると赤ちゃんの頃の美月と樹の写真もあった。美晴と聡、桜と昭との写真もある。桜と美晴は産婦人科で同室だった。話をしているうちに意気投合をして、仲良くなったのだ。
聡と昭も次第に話すようになり、家族ぐるみの付き合いが始まった。
「母さんは父さんの死をどう思っている?」
「彼はいつでも、私の中にいるから大丈夫よ」
「もし、僕が父さんの事故の真相について調べると言ったら、母さんはどうする?」
手巻きずしの準備をしていた美晴の手が止まり振り返った。
そこにいるのは、静かな瞳をした樹だった。
目の前にいるのは樹のはずなのに――。
自分の息子のはずなのに。
手が届きそうで届かない。
知らない人のように見えた。
その姿は美晴から見て儚く――脆く感じてしまった。
彼女の中で不安が広がっていく。
心の中がざわついていた。
「樹、あなたは何を?」
美晴が戸惑った顔をする。
「滝本さんに宣戦布告をしてきた」
「滝本さん? 確か、市会議員の娘さんよね? 大丈夫なの?」
「僕は美月をいじめていた滝本さんが許せない」
(同じ悲劇を繰り返したくない)
権力なんかに負けたくない。
ありさの思いとおりにはなりたくないし、操り人形になるのも嫌だった。
「樹は聡さんそっくりになってきたわね。やれるだけやってみなさい」
本当はやめてと言いたい。
樹が傷つく姿など見たくなかった。
命を大切にしてほしかった。
けれど、彼には彼の思いがある。
その思いを捻じ曲げることなどできない。
樹を信じることしかできなかった。
「ありがとう」
「せっかくの入学祝がしんみりしちゃったわね。さぁ、切り替えて食べましょう」
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