シークレット・ラブ

朝海

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シークレット・ラスト1

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 麻子はちらりと腕時計を見た。ホームルームが長引いているのか、昴はだてい子は校門に寄りかかって立っていた。  
「中田麻子か?」 
 すると、麻子は急に声をかけられた。 
 サングラスに黒いスーツ。 
 物凄い威圧感。
 明らかに一般人とは違う。 
 禍々しさすらあった。
 彼女は反射的に身構えた。裕二には護身術を叩き込まれている。情けないぐらい足が恐怖でガクガク震えていた。それ   でも、体に力を入れて踏ん張る。       
 呼吸を整えると、麻子は構えた。
 ーーやるしかないわ。 
 拳を振り上げる。 

「ーー触らないで!」 
 だが、簡単に受け止められてしまう。触れられただけで、ゾワゾワと鳥肌が立つ。この男は危険だ。今まで会った中で強い中に入るだろう。
 それでも、麻子は男に立ち向かっていく。予想通しているとおりに、男は強かった。麻子は劣勢に追い込まれる。ただ、ここで止めると逃げ出したようで嫌だった。食い止められることなら、食い止めておきたい。 不安な芽は摘みとった方がいいだろう。
  昴が来るまで時間稼ぎができればいい。

「随分、威勢がいいな」 
「何よ!あなたに何ができると言うの?」 
「それはこちらのセリフだ。お前一人で何ができる?」                                                                               
「分からないわ。ただ、私一人だけだと弱いのかもしれない。でも、皆で戦えば強いわ」 
「その仲間が誰も来てくれなくてもか?」 
「私は皆を信じているわ」 
「少しお喋りをしすぎたな」 
「私はあなたと話すつもりはないわ」
「弱い犬はよく吠えるとは本当だな」
 男に腕をとられる。ギシギシと骨が軋む音がする。 体が悲鳴をあげていた。 
 ーーまだ、まだやれるわ。 
 私は諦めない。 
 彼女はもがき続ける。
 かっこ悪いと言われようと、別によかった。
 男は麻子の口をハンカチでふさいだ。
  ふわり、と漂う甘い香り。 
 花のようなーー香水のような香りだった。 やがて、麻子の瞳がトロンとしてくる。 ふわふわとして、夢心地にいるかのようだった。
 うまく立っていられない。
 その場に、ガクンと膝をつく。
 ーー物凄く眠いわ。
  寝たらダメ。
  寝たらダメよ。 
 飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止めようとする。徐々に瞼が重くなる。おそらく、ハンカチに睡眠薬が吹きかけられていたのだろう。だが、睡眠薬の効果に適うわけがなく、麻子は意識を失った。
 男が彼女をヒョイ、と担ぎ上げる。麻子はよく眠っていた。しばらく、起きることはない。彼女を人目につかない場所に、置いていた車に乗せる。 
 そのまま、車を発進させた。 

「所長、連れて来ました」 
 所長と呼ばれた男が振り返った。この男に名前はない。ベッドに麻子を寝かせると、逃げられないように手足を鎖で拘束する。
「ああ。美しい」 
 最初は麻子のことを殺すつもりでいたが、気が変わった。彼女の記憶を奪い、クローンと人間との戦争を起こすつもりでいる。そして、自分たちが日本を支配するのだ。
 そこに、麻子を立てて戦うつもりでいた。 
 「戦闘の女神」として。
  あの英雄のジャンヌ・ダルクのように。 
 自分たちの思い通りに、国を動かせたらどれだけ楽しいだろうか? 
 操ることができたら、どれだけいいだろうか?
 国民が泣き叫ぶ姿を見たいという衝動が止まらない。絶望する声が聞きたい。
 その後、勝利宣言をして美酒を麻子と一緒に飲むのだ。                                               お酒も進むはず。                         その日が来る時が待ち遠しい。 
 男の瞳は爛々と輝いていた。                                                                
「この女、役に立ちますかね?」             「役に立ってもらわないと困るな。我らにともに戦ってもらうのだから」                
 男は実験装置からある薬を取り出した。ちゃぷり、と音を立てて薬が揺れる。               
 その色は怪しげな紅色。この薬を作るのに一年はかかった。 つい最近、出来上がったのである。ずっと、寝ずに作り続けた薬。 麻子はその被験者の第一号になる予定である。 ようやく、使いたいと思える相手と出会えたのだ。 神様が連れて来てくれたのだ。 
 利用しない手はないだろう。                   
                                            「その薬は?」                    「記憶を消す薬だよ」                 「ついに完成したのですね」              「一年かかった」                   「使いますか?」                 
「いや、まだ使わない」              
 使うのは麻子が目を覚ましてからだ。彼女がどんな反応をするのか、見てみたかった。            
 男は麻子の髪をさらり、とすくった。手触りが良い髪に口づけを落とす。ジワジワと追い詰めていきたい。これから、好みの女に作り上げていけばいい。思うように調教をしたかった。自分がいないと生きていないほど、依存させてしまえばいい。 
 あの華麗な唇から「愛している」と言う言葉を聞きたかった。その言葉を聞けば、砂漠のような心が潤っていくことだろう。             
      
「あなたも性格が悪いですね」         
「お前だって期待しているだろう?」        
 「まぁ、一年待たされましたから。それよりも、抱かないのですか?」                  
「薬を投入する前に壊れたら、面白くないだろう?」
 男は持っていたボールペンをクルクルと回す。彼は飽きたのか、ボールペンを机の上にポイっと投げた。 
テーブルの上の書類の山が崩れたが、誰も気にしない。                      
「確かに。今度、私にも抱かせてくださいよ」                   
「そのつもりだ」               
 約束ですよと言って研究者仲間は部屋を出て行く。男は再び研究に戻った。

「何をしたの?」 
 その中でも、麻子は気丈に男を睨みつけた。男は彼女の顎 を支えると、視線を合わせてニヤリと笑う。 虚ろな瞳。 こんな生気のない人間の瞳を見るのは初めてだった。
 「大切な人たちのことを忘れてしまう薬さ」
 「私は負けないわ」 
「強がっていられるのは今のうちだ」
  麻子の意識はそこで途絶えた。

  数時間後ーー。
 「私はーー」 彼女は瞳を開いた。 周囲を見渡す。
  ーー私は中田麻子。 
 中学一年生。
  そこまでは、覚えているがそのあとの記憶がない。頭の中が真っ白である。霧がかかり、そこの記憶だけ抜け落ちているかのようだった。
  自分には必要ないといわんばかりに。
 「ーー麻子」
  名前を呼ばれて振り返ると、一人の男が立っている。 
「ご主人様」
 「この男を殺してこい」
  ーー桜井昴。 
 写真に写っているのは、一人の男子生徒。 
「私はご主人様の傍にいてもいいのでしょうか?」
  ーー私の居場所はここではない気がする。
  写真を見てふ、とそんな気持ちになる。記憶にないはずの人なのに、なぜか、切なくなって胸が締め付けられる。最初から写真の彼を、知っているかのようだった。
 「急にどうした?」  
 「何でもありません」 
「そうか。それならいいが」

  男は麻子の様子を観察していた。時々、今みたいに、彼女の瞳が現実に戻ろうとする時間がある。遠くを見ていることがある。現実と夢の間を彷徨っているのだろう。それなら、計画通りに、薬の量を増やせばいいだけである。徐々に慣らしていいけばいい。こちらの手の中にしてしまえれば勝ったみたいなものだ。
  今、麻子の隣にいるのは、桜井昴ではない。 自分だと認識をさせたなければいけない。現実では未だに、麻子から「愛している」と言う言葉聞けていない。 手に入れたかった相手。 恋い焦がれている思い。
  何よりも、麻子はこの感情を受け取ってくれることだろう。 彼女も応えてくれるははずだ。 楽しみはここからである。
 「行って来ます」 
「行って来い」
  麻子は男からナイフを受け取るとフラフラと歩き出した。
                             
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