シークレット・ラブ

朝海

文字の大きさ
上 下
14 / 18

シークレット・ラスト1

しおりを挟む
 麻子はちらりと腕時計を見た。ホームルームが長引いているのか、昴はだてい子は校門に寄りかかって立っていた。  
「中田麻子か?」 
 すると、麻子は急に声をかけられた。 
 サングラスに黒いスーツ。 
 物凄い威圧感。
 明らかに一般人とは違う。 
 禍々しさすらあった。
 彼女は反射的に身構えた。裕二には護身術を叩き込まれている。情けないぐらい足が恐怖でガクガク震えていた。それ   でも、体に力を入れて踏ん張る。       
 呼吸を整えると、麻子は構えた。
 ーーやるしかないわ。 
 拳を振り上げる。 

「ーー触らないで!」 
 だが、簡単に受け止められてしまう。触れられただけで、ゾワゾワと鳥肌が立つ。この男は危険だ。今まで会った中で強い中に入るだろう。
 それでも、麻子は男に立ち向かっていく。予想通しているとおりに、男は強かった。麻子は劣勢に追い込まれる。ただ、ここで止めると逃げ出したようで嫌だった。食い止められることなら、食い止めておきたい。 不安な芽は摘みとった方がいいだろう。
  昴が来るまで時間稼ぎができればいい。

「随分、威勢がいいな」 
「何よ!あなたに何ができると言うの?」 
「それはこちらのセリフだ。お前一人で何ができる?」                                                                               
「分からないわ。ただ、私一人だけだと弱いのかもしれない。でも、皆で戦えば強いわ」 
「その仲間が誰も来てくれなくてもか?」 
「私は皆を信じているわ」 
「少しお喋りをしすぎたな」 
「私はあなたと話すつもりはないわ」
「弱い犬はよく吠えるとは本当だな」
 男に腕をとられる。ギシギシと骨が軋む音がする。 体が悲鳴をあげていた。 
 ーーまだ、まだやれるわ。 
 私は諦めない。 
 彼女はもがき続ける。
 かっこ悪いと言われようと、別によかった。
 男は麻子の口をハンカチでふさいだ。
  ふわり、と漂う甘い香り。 
 花のようなーー香水のような香りだった。 やがて、麻子の瞳がトロンとしてくる。 ふわふわとして、夢心地にいるかのようだった。
 うまく立っていられない。
 その場に、ガクンと膝をつく。
 ーー物凄く眠いわ。
  寝たらダメ。
  寝たらダメよ。 
 飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止めようとする。徐々に瞼が重くなる。おそらく、ハンカチに睡眠薬が吹きかけられていたのだろう。だが、睡眠薬の効果に適うわけがなく、麻子は意識を失った。
 男が彼女をヒョイ、と担ぎ上げる。麻子はよく眠っていた。しばらく、起きることはない。彼女を人目につかない場所に、置いていた車に乗せる。 
 そのまま、車を発進させた。 

「所長、連れて来ました」 
 所長と呼ばれた男が振り返った。この男に名前はない。ベッドに麻子を寝かせると、逃げられないように手足を鎖で拘束する。
「ああ。美しい」 
 最初は麻子のことを殺すつもりでいたが、気が変わった。彼女の記憶を奪い、クローンと人間との戦争を起こすつもりでいる。そして、自分たちが日本を支配するのだ。
 そこに、麻子を立てて戦うつもりでいた。 
 「戦闘の女神」として。
  あの英雄のジャンヌ・ダルクのように。 
 自分たちの思い通りに、国を動かせたらどれだけ楽しいだろうか? 
 操ることができたら、どれだけいいだろうか?
 国民が泣き叫ぶ姿を見たいという衝動が止まらない。絶望する声が聞きたい。
 その後、勝利宣言をして美酒を麻子と一緒に飲むのだ。                                               お酒も進むはず。                         その日が来る時が待ち遠しい。 
 男の瞳は爛々と輝いていた。                                                                
「この女、役に立ちますかね?」             「役に立ってもらわないと困るな。我らにともに戦ってもらうのだから」                
 男は実験装置からある薬を取り出した。ちゃぷり、と音を立てて薬が揺れる。               
 その色は怪しげな紅色。この薬を作るのに一年はかかった。 つい最近、出来上がったのである。ずっと、寝ずに作り続けた薬。 麻子はその被験者の第一号になる予定である。 ようやく、使いたいと思える相手と出会えたのだ。 神様が連れて来てくれたのだ。 
 利用しない手はないだろう。                   
                                            「その薬は?」                    「記憶を消す薬だよ」                 「ついに完成したのですね」              「一年かかった」                   「使いますか?」                 
「いや、まだ使わない」              
 使うのは麻子が目を覚ましてからだ。彼女がどんな反応をするのか、見てみたかった。            
 男は麻子の髪をさらり、とすくった。手触りが良い髪に口づけを落とす。ジワジワと追い詰めていきたい。これから、好みの女に作り上げていけばいい。思うように調教をしたかった。自分がいないと生きていないほど、依存させてしまえばいい。 
 あの華麗な唇から「愛している」と言う言葉を聞きたかった。その言葉を聞けば、砂漠のような心が潤っていくことだろう。             
      
「あなたも性格が悪いですね」         
「お前だって期待しているだろう?」        
 「まぁ、一年待たされましたから。それよりも、抱かないのですか?」                  
「薬を投入する前に壊れたら、面白くないだろう?」
 男は持っていたボールペンをクルクルと回す。彼は飽きたのか、ボールペンを机の上にポイっと投げた。 
テーブルの上の書類の山が崩れたが、誰も気にしない。                      
「確かに。今度、私にも抱かせてくださいよ」                   
「そのつもりだ」               
 約束ですよと言って研究者仲間は部屋を出て行く。男は再び研究に戻った。

「何をしたの?」 
 その中でも、麻子は気丈に男を睨みつけた。男は彼女の顎 を支えると、視線を合わせてニヤリと笑う。 虚ろな瞳。 こんな生気のない人間の瞳を見るのは初めてだった。
 「大切な人たちのことを忘れてしまう薬さ」
 「私は負けないわ」 
「強がっていられるのは今のうちだ」
  麻子の意識はそこで途絶えた。

  数時間後ーー。
 「私はーー」 彼女は瞳を開いた。 周囲を見渡す。
  ーー私は中田麻子。 
 中学一年生。
  そこまでは、覚えているがそのあとの記憶がない。頭の中が真っ白である。霧がかかり、そこの記憶だけ抜け落ちているかのようだった。
  自分には必要ないといわんばかりに。
 「ーー麻子」
  名前を呼ばれて振り返ると、一人の男が立っている。 
「ご主人様」
 「この男を殺してこい」
  ーー桜井昴。 
 写真に写っているのは、一人の男子生徒。 
「私はご主人様の傍にいてもいいのでしょうか?」
  ーー私の居場所はここではない気がする。
  写真を見てふ、とそんな気持ちになる。記憶にないはずの人なのに、なぜか、切なくなって胸が締め付けられる。最初から写真の彼を、知っているかのようだった。
 「急にどうした?」  
 「何でもありません」 
「そうか。それならいいが」

  男は麻子の様子を観察していた。時々、今みたいに、彼女の瞳が現実に戻ろうとする時間がある。遠くを見ていることがある。現実と夢の間を彷徨っているのだろう。それなら、計画通りに、薬の量を増やせばいいだけである。徐々に慣らしていいけばいい。こちらの手の中にしてしまえれば勝ったみたいなものだ。
  今、麻子の隣にいるのは、桜井昴ではない。 自分だと認識をさせたなければいけない。現実では未だに、麻子から「愛している」と言う言葉聞けていない。 手に入れたかった相手。 恋い焦がれている思い。
  何よりも、麻子はこの感情を受け取ってくれることだろう。 彼女も応えてくれるははずだ。 楽しみはここからである。
 「行って来ます」 
「行って来い」
  麻子は男からナイフを受け取るとフラフラと歩き出した。
                             
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君と奏でるトロイメライ

あさの紅茶
ライト文芸
山名春花 ヤマナハルカ(25) × 桐谷静 キリタニセイ(25) ピアニストを目指していた高校時代 お互いの恋心を隠したまま別々の進路へ それは別れを意味するものだと思っていたのに 七年後の再会は全然キラキラしたものではなく何だかぎこちない…… だけどそれは一筋の光にも見えた 「あのときの続きを言わせて」 「うん?」 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

日本酒バー「はなやぎ」のおみちびき

山いい奈
ライト文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 小柳世都が切り盛りする大阪の日本酒バー「はなやぎ」。 世都はときおり、サービスでタロットカードでお客さまを占い、悩みを聞いたり、ほんの少し背中を押したりする。 恋愛体質のお客さま、未来の姑と巧く行かないお客さま、辞令が出て転職を悩むお客さま、などなど。 店員の坂道龍平、そしてご常連の高階さんに見守られ、世都は今日も奮闘する。 世都と龍平の関係は。 高階さんの思惑は。 そして家族とは。 優しく、暖かく、そして少し切ない物語。

会社をクビになった私。郷土料理屋に就職してみたら、イケメン店主とバイトすることになりました。しかもその彼はーー

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ライト文芸
主人公の佐田結衣は、おっちょこちょいな元OL。とある事情で就活をしていたが、大失敗。 どん底の気持ちで上野御徒町を歩いていたとき、なんとなく懐かしい雰囲気をした郷土料理屋を見つける。 もともと、飲食店で働く夢のあった結衣。 お店で起きたひょんな事件から、郷土料理でバイトをすることになってーー。 日本の郷土料理に特化したライトミステリー! イケメン、でもヘンテコな探偵とともに謎解きはいかが? 恋愛要素もたっぷりです。 10万字程度完結。すでに書き上げています。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

たとえ失われたとしても、それは恋だった

ぽぽりんご
ライト文芸
「――夢だったら、よかったのに」 彼女は、そう呟いた。 本当に、夢だったら良かった。 夢のように。楽しく、いつまでも過ごして。 そして目が覚めれば、またいつもの日常が始まる。 そんな幸福を、願っていた。 これは、そんなお話。 三人の中学生が、ほんの少しだけ中学生をやり直します。

何でもない日の、謎な日常

伊東 丘多
ライト文芸
高校のミステリー研究会の日常の話です。 どちらかと言うと日常の、たわいのない話をミステリーっぽく雑談してます。 のほほんとした塾講師を中心に、様々な出来事がおこっていく、さわやか青春ストーリーだと、思います。(弱気) ホラー要素や、ミステリー要素は無いので、ジャンルを変えてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...