シークレット・ラブ

朝海

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シークレット5

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 三年三組。
「ねぇ、桜井君、かっこいいよね」
「あのクールな感じがいいのよ」
「彼女がいるのかな?」
「どうだろう? 聞いたことがないわ」
「告白しちゃえばいいのに」
「ええ! できないよ!」
「今がチャンスじゃない!」
「もう! 他人事だと思って!」
 きゃあ、きゃあと騒ぐ声。教室にいる女子生徒が遠巻きに見ているのが分かった。昴はその視線を無視して本を読み続ける。好奇心の視線には慣れていた。三年生に進級して、クラス替えがありクラスメートたちがざわめき立っている。
 ざわめき立つのは仕方がないことだろう。
 憧れの人と同じクラスになったのだから。
 だが、昴にとってそんなことはどうでもよかった。どうせ、これも一時的なものだろう。授業やテストが始まれば興味は薄れてくるはずだ。進路が絡んでくるとなれば、そちらに集中せざるおえばくなる。
 落ち着く前まで待つことにした。
 あとは、淡々と学校生活を送るだけである。
 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。
 そこで、チャイムが鳴る。
「お前ら席につけよ」
 教室のドアが開き担任が入ってきた。友達と話していたクラスメートたちが慌てて席に座る。一人一人名前が呼ばれていく。
 いつもに日常が始まる。
 成長した彼女が再び姿を見せるまでは。

 一年二組。
 昴は乱暴に教室のドアを開けた。憧れの先輩の登場に女子生徒たちは熱い視線を送る。教室での麻子は眼鏡をかけて前髪で顔を隠していた。
 目立つことを嫌ったのだろう。昴は彼女の腕を掴むと教室を出た。麻子は何も言わずについてくる。使っていない教室に入ると鍵をかけた。周囲に聞かれていい話ではない。クローンなど気持ち悪いと思っている生徒もいるはずだ。
 いい感情を持っていない人もいるはず。
 お互いの衝突を防ぐためでもある。今は下手な波風を立てない方がいい。
 そうなれば、麻子の居場所がなくなってしまうだろう。
「どういうつもりだ?」
「あら。忘れたの? あなたが、また会える? と聞いてきたのよ。私はそれを叶えたまでだわ」
 彼女はくすり、と笑う。
 そういえば、麻子と初めて会った時にそんな会話をしたことを思い出した。
 彼女が覚えているとは思ってもいなかった。
「まさか、本気で会いに来るなんて思ってもいなかった」
「あなたはどうしたいの? 私のことを「妹」としてしか見られないかしら?」
 昴の顔から表情が消えた。
「中田さん」
「麻子でいいわ」
「だから、何? 君に関係あるのか?」
「あるわ。あなたも私と一緒だから」
「一緒?」
 彼が瞳を細める。
 その場の空気が凍り付いていく。誰かがこの場所にいたら逃げていたことだろう。
 誰もいないことが救いだ。
「そう。空っぽの瞳が一緒なの。ねぇ「お兄ちゃん」
 ――お兄ちゃん!
 その呼び方が加奈と重なる。
 思わず重ねてしまう。
 オリジナルのクローンと人間。
 加奈とは「兄妹」であり、「兄妹」ではない。確かに彼女は家族の一員でもあった。家族としての不思議な「縁」があるとは思ってはいたがまだ振り切れてはいない。
 忘れることはできない。
 心の中に加奈は残っている。
 生きている。
 理性では分かっているが感情が追いついていかない。
「中田さん」
「麻子と呼んでと言っているでしょう? あなたは一人でよく頑張ったね。これからは、一人で頑張らなくてもいいの。私がいるわ」
「どうして、そこまで僕に優しくしてくれるの?」
「言ったでしょう? あなたは私に似ていると」
「それだけの理由で?」
「それに、あなたといると私が落ち着くの」
 最初から一緒にいたかのように、長い間、共に過ごしたようにそんな彼に自分は引き寄せされたのだ。
 不意に麻子が昴は頬を両手で包み込む。
 彼に傷がつかないように優しく。
 幼子にするかのような仕草。
 昴がピクリと体を震わせた。
 別に悪気はない。
 ただ、甘やかしてあげたいだけだ。
 冷え切っている体に体温を分けてあげたい。
 あなたはここにいていいのよと楽にしていいのよと伝えたかった。
 麻子にとってそれだけだった。
「何を――」
 するとまでは言葉にならなかった。
 頬を流れる涙。
 静かに。
 とても、静かに涙を流す。
 昴は嗚咽を漏らすまいと必死に耐えている。
 この姿を見ると胸が締め付けられる気持ちになるのはなぜだろう?
 苦しくなるのはどうしてだろう。
 ああ、そうだ。
 この思いは「恋」なのだ。
「彼」は「彼女」を。
「彼女」は「彼」を。
 愛しているのだと気が付く。
「愛している」だけでは物足りない。
 不足をしている。
 一般的な愛と比べものにならないほど重いものなのかもしれない。
 歪んだものなのかもしれない。
 それでも、二人にとってその関係が心地のよいものだった。
 依存気味だと言われても異質だと言われてもある種の「愛」
の形だった。
 心に傷を負った二人がようやく見つけて「愛」。
 それに、体が。
 心が。
 彼を求めている。
 欲している。
 彼は彼女がいると心が潤っていく。
 満たされていく。
 お互いがいるから強くなれる。
 あとは前を向いて歩いていくしかない。
 麻子も昴もそれは分かっている。
 二人の間に生まれた確かな「絆」だった。


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