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なつかしき訪問者(エピローグ)
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それから何百年ものちのこと。
冥界の入口付近にあるお城、エレボス城の城下町を、一台の荷馬車が、コトコトと進んでいきます。
三途の河に近いこのあたりは、今は暗黒界と呼ばれています。城下町を一歩出れば、翼をもつ魔獣が飛び交い魔族を食べようと狙っています。
谷間の道はゆるやかに下り、冥府へ向かって続いています。三途の河を背に冥府の方角を見れば、千キロ以上もこうした殺風景なトンネルが広がっているのです。びゅうびゅうと強い風が吹く崖下の谷間を、人間たちの魂が繋がれて歩く音が――じゃらじゃらという足かせの音が――響き渡っていました。
その人間たちとは逆方向、エレボス城へ向かう荷馬車は武器や防具をたくさん積んでいます。それを引いている馬は二頭の黒天馬でした。しかし冥界の宙を翔ける黒天馬にしては翼が短かったり、片方の翼がなかったりします。事故などで飛べなくなった黒天馬を、王都の騎士団が民間に払い下げしたものです。半端馬の引く荷馬車で、何十日もかけてこの辺境までやってきたようです。
荷馬車が城下町を進んでいくと、非番の騎士たちでしょうか、目ざとい軍人たちが集まり始めました。
「おいみんな、お待ちかね、矮人族の鍛冶屋が来たぞ!」
「鍛冶屋の旦那、新作の武器を見せてくれよ」
「俺の剣、研ぎに出したいんだけど預かってくれる?」
みな城主に仕える黒翼騎士団の団員たちです。矮人族の鍛冶屋は荷馬車を止めずにこう答えます。
「今からお城に入るんだ、まずは城主殿下にごあいさつしなきゃな。後ろの武器はあとで詰め所で順番に売ってやるから抜けがけはナシだ、ここを通してくんな。研ぎに出したいやつは帰りに預かるよ」
にぎやかな喧騒の中を進むうち、ひときわ大きな黒天馬に乗った若者と出会いました。
「よう、お前さん、アルヴィスじゃねえか? 懐かしいな! 元気にしてたか」
陽気な調子で話しかけてきたのは見覚えのある若者……、ヴァニオンでした。鍛冶屋アルヴィスは御者台の上から、帽子をとって一礼しました。
「やあやあ、ヴァニオン卿、お久しぶりです。またいっそうご立派になられましたな。公爵さまの若い頃によく似ておられる」
「やめてくれよ、堅苦しいな」
「城主殿下はご在城かな? 鍛冶屋のアルヴィスが剣の手入れに来たと伝えてくだされ」
「もちろんだ。てかナシェルも気配で気づいていると思うぜ。一緒に城に入ろう」
ヴァニオン青年は親指で丘の上の城を示しました。
一人前の鍛冶屋となったアルヴィスは、王子さまの名前を聞いて懐かしそうに顔をほころばせます。
「ナシェルさまはお変わりないかな」
「ああ、相変わらずさ。アルヴィスはずいぶんと落ち着いたな?」
「そりゃあ落ち着きますとも。もう妻も子どもも居るんですから」
「奥さんと子どもは元気かい」
「ええ、もう少し大きくなったらせがれを連れてきますよ」
アルヴィスは城の地階で荷馬車を預け、ヴァニオンに先導されて城の門をくぐります。
「相変わらず冥府へも武器売りに行っているのかい」
「ええ、冥府には半年前に訪れました。王宮へも。陛下もお変わりないご様子で」
「そいつぁ何よりだ」
ヴァニオンは少し肩をすくめましたが、アルヴィスにはその身振りの意味はよく分かりませんでした。
立派な廊下を進んでいくと、執務室の前で城主さまが待っていました。すっかり大きくなり、今はこの暗黒界の領主となった王子さまです。
「久しぶりだ、アルヴィス。よく来たな」
「お久しぶりでごぜえます、ナシェルさま。いえ、この地の領主となられた今は、城主殿下とお呼びすべきでしょうかな?」
「呼び名などどうでもいいさ。息災にしていたか?」
冥王さまとさほど変わらないまでに背が伸びた王子さまは、身をかがめてアルヴィスと握手を交わしました。身をかがめたとき、長い黒髪が絨毯に触れそうになっても気にしません。ご自分の半分ほどの背丈しかないアルヴィスを見下ろす表情は、優しげに綻んでいます。
神さまらしい美麗なお顔立ちを、アルヴィスはまぶしそうに見上げました。
「ああ、本当にご立派になられましたな……冥王陛下と見間違えそうなほどです」
「よく言われるが、この見た目ばかりは自分ではどうにもならぬのだ」
「変えたいということですかな? お美しいと褒めているんですぞ」
「分かっている。だが私としては目立つのは本意ではない」
それを聞いてアルヴィスはぽかんと、王子さまを見つめました。
それから何百年ものちのこと。
冥界の入口付近にあるお城、エレボス城の城下町を、一台の荷馬車が、コトコトと進んでいきます。
三途の河に近いこのあたりは、今は暗黒界と呼ばれています。城下町を一歩出れば、翼をもつ魔獣が飛び交い魔族を食べようと狙っています。
谷間の道はゆるやかに下り、冥府へ向かって続いています。三途の河を背に冥府の方角を見れば、千キロ以上もこうした殺風景なトンネルが広がっているのです。びゅうびゅうと強い風が吹く崖下の谷間を、人間たちの魂が繋がれて歩く音が――じゃらじゃらという足かせの音が――響き渡っていました。
その人間たちとは逆方向、エレボス城へ向かう荷馬車は武器や防具をたくさん積んでいます。それを引いている馬は二頭の黒天馬でした。しかし冥界の宙を翔ける黒天馬にしては翼が短かったり、片方の翼がなかったりします。事故などで飛べなくなった黒天馬を、王都の騎士団が民間に払い下げしたものです。半端馬の引く荷馬車で、何十日もかけてこの辺境までやってきたようです。
荷馬車が城下町を進んでいくと、非番の騎士たちでしょうか、目ざとい軍人たちが集まり始めました。
「おいみんな、お待ちかね、矮人族の鍛冶屋が来たぞ!」
「鍛冶屋の旦那、新作の武器を見せてくれよ」
「俺の剣、研ぎに出したいんだけど預かってくれる?」
みな城主に仕える黒翼騎士団の団員たちです。矮人族の鍛冶屋は荷馬車を止めずにこう答えます。
「今からお城に入るんだ、まずは城主殿下にごあいさつしなきゃな。後ろの武器はあとで詰め所で順番に売ってやるから抜けがけはナシだ、ここを通してくんな。研ぎに出したいやつは帰りに預かるよ」
にぎやかな喧騒の中を進むうち、ひときわ大きな黒天馬に乗った若者と出会いました。
「よう、お前さん、アルヴィスじゃねえか? 懐かしいな! 元気にしてたか」
陽気な調子で話しかけてきたのは見覚えのある若者……、ヴァニオンでした。鍛冶屋アルヴィスは御者台の上から、帽子をとって一礼しました。
「やあやあ、ヴァニオン卿、お久しぶりです。またいっそうご立派になられましたな。公爵さまの若い頃によく似ておられる」
「やめてくれよ、堅苦しいな」
「城主殿下はご在城かな? 鍛冶屋のアルヴィスが剣の手入れに来たと伝えてくだされ」
「もちろんだ。てかナシェルも気配で気づいていると思うぜ。一緒に城に入ろう」
ヴァニオン青年は親指で丘の上の城を示しました。
一人前の鍛冶屋となったアルヴィスは、王子さまの名前を聞いて懐かしそうに顔をほころばせます。
「ナシェルさまはお変わりないかな」
「ああ、相変わらずさ。アルヴィスはずいぶんと落ち着いたな?」
「そりゃあ落ち着きますとも。もう妻も子どもも居るんですから」
「奥さんと子どもは元気かい」
「ええ、もう少し大きくなったらせがれを連れてきますよ」
アルヴィスは城の地階で荷馬車を預け、ヴァニオンに先導されて城の門をくぐります。
「相変わらず冥府へも武器売りに行っているのかい」
「ええ、冥府には半年前に訪れました。王宮へも。陛下もお変わりないご様子で」
「そいつぁ何よりだ」
ヴァニオンは少し肩をすくめましたが、アルヴィスにはその身振りの意味はよく分かりませんでした。
立派な廊下を進んでいくと、執務室の前で城主さまが待っていました。すっかり大きくなり、今はこの暗黒界の領主となった王子さまです。
「久しぶりだ、アルヴィス。よく来たな」
「お久しぶりでごぜえます、ナシェルさま。いえ、この地の領主となられた今は、城主殿下とお呼びすべきでしょうかな?」
「呼び名などどうでもいいさ。息災にしていたか?」
冥王さまとさほど変わらないまでに背が伸びた王子さまは、身をかがめてアルヴィスと握手を交わしました。身をかがめたとき、長い黒髪が絨毯に触れそうになっても気にしません。ご自分の半分ほどの背丈しかないアルヴィスを見下ろす表情は、優しげに綻んでいます。
神さまらしい美麗なお顔立ちを、アルヴィスはまぶしそうに見上げました。
「ああ、本当にご立派になられましたな……冥王陛下と見間違えそうなほどです」
「よく言われるが、この見た目ばかりは自分ではどうにもならぬのだ」
「変えたいということですかな? お美しいと褒めているんですぞ」
「分かっている。だが私としては目立つのは本意ではない」
それを聞いてアルヴィスはぽかんと、王子さまを見つめました。
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