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いのちの祈り
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王子さまは、自分のお部屋のベッドで目を覚ましました。何か寝言を言っていた気がします。
……ここは……ぼくの部屋……ああそうだ、狩猟会から帰ってきたんだ、と思い出すまでに、パチパチとまばたきをなんどか繰り返しました。
体は眠っていたはずなのに、今の今まで泉のほとりに立って、お母さまの気配を見送っていたような錯覚にとらわれていました。いったいぜんたい、あれは夢だったのでしょうか?
ベッドの横のテーブルには、いつものように王子さまのたたんだ服と、短剣が置かれていましたが、短剣はあきらかにいつもの輝きを失っていました。
それまで剣にわずかに残っていた女神さまの神力が、失われたのだと王子さまは理解しました。おそらく、腐樹界の森で闘ったことが原因なのでしょう。お母さまはきっと最後の力で、夢の中までお別れを言いに来てくれたのです。
王子さまは起きあがりベッドを出て、走って冥王さまのお部屋に行きました。王子さまの精霊たちが付いてきます。
とんとんとん。
「とおさま、入っていいですか?」
「もちろんだよ」
お父さまの部屋に入ると、冥王さまはなにやら部屋の中央に立ち、卓の上にあるものを見ていました。それを見たとたん、喉の奥に、話そうと思っていた言葉が引っこんでしまいました。何を話したかったのでしょう?
冥王さまが見ているもの。それは矮人族の鍛冶屋ベンツァーに献上されたばかりの王子さまの長剣でした。
けれども剣は、前と様子がちがいます。
昨日は『大きくて怖い、けれどもお父さまの剣とはようすが違うなぁ』と思ったのですが、今みると、剣はとてつもなく重い神気につつまれているように見えるのです。
「この剣に余の加護と、名を与えたのだ」
冥王さまはおっしゃいました。
「なんという名ですか」
「蒼眸の慈悲と名付けた。ドヴェルグ族の言語だ」
「エイルニル…」
一生を共にする剣と、王子さまとの、これが出会いでした。
すてきな名を与えられた真新しい剣は、鞘の中に納まっていてさえ、何かを訴えかけるように輝いて見えます。若い剣なのに、冥王さまの闇の神気を込められた今はもう、まことに『神剣』と呼ばれるに値する風格と威圧感を身につけていました。冥王さまの剣と区別がつかないほどそっくりですが、剣の握りにはめ込まれた宝石の色だけが違いました。
「こちらへ来て、手にしてごらん」
「でも……」
正直にいうと、王子さまはそれを手にするのが怖かったのです。目の前に差し出された長剣は、後戻りできない、これを手に入れるしかないというような強い思念を王子さまに伝えてきていました。
これを手にしたらもう、おもちゃみたいな剣は二度と持てないような、今までとは違うおとなの世界が待っているような、そんな気がしたのです。
「大丈夫だ、警戒することはない。剣もそなたの物になりたがっている。
ほら、ここに膝をついてごらん」
重ねて勧められ、おそるおそる近づいて、王子さまは膝をつきました。寝間着のままでしたがお父さまは気にしていないようでした。
冥王さまは鞘から抜いた神剣を両手でささげ持ち、身をかがめて王子さまに手渡します。
重くて絶対に落としてしまう、と思ったのですが、不思議と両手で受け取ることができました。というのもエイルニルは、王子さまが触れたとたん、その体の大きさに合わせて刀身をちぢこませたからです。
「短くなったからとて心配せずともよい。そなたに合わせてこの剣も少しづつ成長するだろう」お父さまが言いました。
王子さまは返事ができませんでした。もらった瞬間から黒々とした剣のオーラに包まれて、雷に打たれたように身をかたくしていました。冥界じゅうの全精霊たちのざわめきが一気に耳に入ってくるような、とぎ澄まされた感覚に満たされたのです。煩すぎて、それはおそろしい世界でした。
王子さまはまばたきを忘れ、息すらも忘れて、剣の放つ圧倒的な気に呑まれてしまいました。お父さまの加護の剣を通じて闇の深淵をのぞいたような、もしくは、なにか解けないまじないを掛けられたような感じがしたのです。頭の中には良い未来の光景と、悪い未来の光景が切り取られ、次々と鮮明に浮かんでは消えます。ヴァニオンと冒険したり、見知らぬ誰かと戦ったり、大きな竜と対決したり。お父さまの変わらない美しい横顔や、色々な表情も見えました。喜ばしいことも悲しいことも。すべて、この剣が王子さまとともに体験するできごとなのでしょう。王子さまはぽっかりと蒼い目を見開き、時間が止まったように身をすくめていました。
「ナシェル」
何度も呼ばれて、やっと王子さまは意識を取り戻しました。
ひゅっ、っと喉が鳴るほどに息を吸い込んで視界が元に戻りました。
目に見える世界は何も変わらず、時間もさほど経っていないはずなのに、王子さまははっきりと自分がさきほどまでと変わったことを理解しました。
精霊たちが王子さまの周りに集まります。死の精だけでなく闇の精霊たちも王子さまにうやうやしく忠誠を誓いました。冥王さまは目を細めてその様子を見守っておられました。
王子さまは、短剣をつうじてお母さまの愛に見守られていた時期から、長剣をつうじてお父さまから学ぶ時期を迎えたのでした。
おとなの神様になるためにはまだまだたくさんの階段を上らなければなりませんが、これも、そのうちの一歩だったのかもしれません。
王子さまは、自分のお部屋のベッドで目を覚ましました。何か寝言を言っていた気がします。
……ここは……ぼくの部屋……ああそうだ、狩猟会から帰ってきたんだ、と思い出すまでに、パチパチとまばたきをなんどか繰り返しました。
体は眠っていたはずなのに、今の今まで泉のほとりに立って、お母さまの気配を見送っていたような錯覚にとらわれていました。いったいぜんたい、あれは夢だったのでしょうか?
ベッドの横のテーブルには、いつものように王子さまのたたんだ服と、短剣が置かれていましたが、短剣はあきらかにいつもの輝きを失っていました。
それまで剣にわずかに残っていた女神さまの神力が、失われたのだと王子さまは理解しました。おそらく、腐樹界の森で闘ったことが原因なのでしょう。お母さまはきっと最後の力で、夢の中までお別れを言いに来てくれたのです。
王子さまは起きあがりベッドを出て、走って冥王さまのお部屋に行きました。王子さまの精霊たちが付いてきます。
とんとんとん。
「とおさま、入っていいですか?」
「もちろんだよ」
お父さまの部屋に入ると、冥王さまはなにやら部屋の中央に立ち、卓の上にあるものを見ていました。それを見たとたん、喉の奥に、話そうと思っていた言葉が引っこんでしまいました。何を話したかったのでしょう?
冥王さまが見ているもの。それは矮人族の鍛冶屋ベンツァーに献上されたばかりの王子さまの長剣でした。
けれども剣は、前と様子がちがいます。
昨日は『大きくて怖い、けれどもお父さまの剣とはようすが違うなぁ』と思ったのですが、今みると、剣はとてつもなく重い神気につつまれているように見えるのです。
「この剣に余の加護と、名を与えたのだ」
冥王さまはおっしゃいました。
「なんという名ですか」
「蒼眸の慈悲と名付けた。ドヴェルグ族の言語だ」
「エイルニル…」
一生を共にする剣と、王子さまとの、これが出会いでした。
すてきな名を与えられた真新しい剣は、鞘の中に納まっていてさえ、何かを訴えかけるように輝いて見えます。若い剣なのに、冥王さまの闇の神気を込められた今はもう、まことに『神剣』と呼ばれるに値する風格と威圧感を身につけていました。冥王さまの剣と区別がつかないほどそっくりですが、剣の握りにはめ込まれた宝石の色だけが違いました。
「こちらへ来て、手にしてごらん」
「でも……」
正直にいうと、王子さまはそれを手にするのが怖かったのです。目の前に差し出された長剣は、後戻りできない、これを手に入れるしかないというような強い思念を王子さまに伝えてきていました。
これを手にしたらもう、おもちゃみたいな剣は二度と持てないような、今までとは違うおとなの世界が待っているような、そんな気がしたのです。
「大丈夫だ、警戒することはない。剣もそなたの物になりたがっている。
ほら、ここに膝をついてごらん」
重ねて勧められ、おそるおそる近づいて、王子さまは膝をつきました。寝間着のままでしたがお父さまは気にしていないようでした。
冥王さまは鞘から抜いた神剣を両手でささげ持ち、身をかがめて王子さまに手渡します。
重くて絶対に落としてしまう、と思ったのですが、不思議と両手で受け取ることができました。というのもエイルニルは、王子さまが触れたとたん、その体の大きさに合わせて刀身をちぢこませたからです。
「短くなったからとて心配せずともよい。そなたに合わせてこの剣も少しづつ成長するだろう」お父さまが言いました。
王子さまは返事ができませんでした。もらった瞬間から黒々とした剣のオーラに包まれて、雷に打たれたように身をかたくしていました。冥界じゅうの全精霊たちのざわめきが一気に耳に入ってくるような、とぎ澄まされた感覚に満たされたのです。煩すぎて、それはおそろしい世界でした。
王子さまはまばたきを忘れ、息すらも忘れて、剣の放つ圧倒的な気に呑まれてしまいました。お父さまの加護の剣を通じて闇の深淵をのぞいたような、もしくは、なにか解けないまじないを掛けられたような感じがしたのです。頭の中には良い未来の光景と、悪い未来の光景が切り取られ、次々と鮮明に浮かんでは消えます。ヴァニオンと冒険したり、見知らぬ誰かと戦ったり、大きな竜と対決したり。お父さまの変わらない美しい横顔や、色々な表情も見えました。喜ばしいことも悲しいことも。すべて、この剣が王子さまとともに体験するできごとなのでしょう。王子さまはぽっかりと蒼い目を見開き、時間が止まったように身をすくめていました。
「ナシェル」
何度も呼ばれて、やっと王子さまは意識を取り戻しました。
ひゅっ、っと喉が鳴るほどに息を吸い込んで視界が元に戻りました。
目に見える世界は何も変わらず、時間もさほど経っていないはずなのに、王子さまははっきりと自分がさきほどまでと変わったことを理解しました。
精霊たちが王子さまの周りに集まります。死の精だけでなく闇の精霊たちも王子さまにうやうやしく忠誠を誓いました。冥王さまは目を細めてその様子を見守っておられました。
王子さまは、短剣をつうじてお母さまの愛に見守られていた時期から、長剣をつうじてお父さまから学ぶ時期を迎えたのでした。
おとなの神様になるためにはまだまだたくさんの階段を上らなければなりませんが、これも、そのうちの一歩だったのかもしれません。
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