泉界のアリア【昔語り】~御子は冥王に淫らに愛される~

佐宗

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第四章 明けぬ夜の寝物語

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 悪酔いして睡るときに見るのは、たいてい悪夢だ。
 思い出したくない幼少期の追憶。

 ――わけがわからずもがいた自分と。
 それを押さえつけて無理矢理に体を開かせた王の、あの征服感に満ちた表情。

 ゆびの蠢きとは比べもつかないような質量感が押し入って来て、幼い私は金切り声を上げた。体を二つに引き裂かれるような熱い震動が始まり、私は寝台の上で鉄槌で打たれたように、硬直した。

 やめて、と叫ぶ己の声すらも遠くに聞こえ、激しく体を使う王の息遣いだけが、あのとき聴覚の全てを支配していた。

 いつしか初めての痛みも沸点を過ぎ、飛ばしかけの意識の片隅で、これが快楽なのだと自身に言い聞かせたあの夜……。

 これはきもちいいんだ、きもちいい、と、思わなければ。
 痛みを脳内で変換することで、壊れかける自我を辛うじて保った。
 楽になるならばと、幼さの残る肉体で必死に媚態を演じてみせた。与えられるものに溺れるふりをした。

 その行為から逃れることができないのなら、せめてもっと優しく犯してくれれば、と。

 けれどとうとう最後まで妥協はなく、初めからとうに音を上げていた体は幾度となくその夜、欲望の受け皿にされた。本当に良いと思えたのは『あれ』を受け取る最後の一瞬だけ。父が精とともに、私の内に神司を注ぎ込んで来る、あの一瞬だけだ。

 ああこの瞬間の悦びを得るためにあの苦痛は存在したのかと、私は瞬時に理解したけれど、やはり――それ以外は最悪だった。



 ひどい精神状態にある時、必ず見る悪夢。
 魂の深い所に刻まれた傷がそれを思い出させるのだろう。

 思えばあの時分から私は、父という強大な悪に呪縛され続けてきたのだ。
 膨大な神司ちからを受け入れさせられ、中毒患者のように精神を馭され、一時は善悪の区別もそっちのけで父との享楽に乱れ尽くした。

 神として、司を欲するのは自然の摂理である。よって誰も私を責めることはできまい。

 それに、父に反抗してまで理性や倫理を優先させようとするには、あのころの私はまだ幼なすぎた。そして更なる力を体内に受け取る方法は、神同士による交合しかないのだと、思い込んでいたから。――実際、父に教わったのはその方法ただ一つである。

 私は父の神司を――もっと直截的に云うならば父のモノを、あの快楽の瞬間を、(麻薬に手を出した者さながらに)四六時中欲しがるようになり、父はそのたびに寝所に私を招き、時にはこちらが失神するほどたくさん与えたり、満足に与えなかったりして私を完膚無きまでに制御した。


 それが、私の少年期の記憶の全てである。


 悪夢は次々と甦る。
 親友の目の前で私を犯し、勝ち誇るようにその様を彼に見せつけたこともあった。
 芽生え始めた私の自立心を真っ向から否定し、反省を促すふりをして再服従を誓わせたことも。
 それでいて時おり、天を降ろされた己の孤独を滔滔と私に説いて聞かせる。
 そなたにそんな思いはさせたくない、と云って私を、茨の腕で抱き竦める。

 ……私は、どうすればいい?

 たとえ尊厳を打ち砕かれたとしても、我々は異端の神として二人きりの存在なのだと諭されれば、それを信じ、あれを思いやって生きてゆくしかないのか?
 これも父の思うつぼなのだろうが、すでにあの甘美な“ほどこし”なしには生きてゆかれぬ体にされてしまった。

 麻薬のように神司をちらつかされ。
 私は従い続けるしかないのだろうか。
 精神が血を流していると、もう随分前からはっきりと気づいているのに。

 あれは、一体、何なのだろう…?
 強大な権力を持って私の前に立ち塞がり、飴と鞭を駆使して私を堕落させたあの存在は?

 分からない。父はたぶんまだ、狂気から立ち直っていないのだ。
 だから……その心を若輩の私ごときが、推し量れるはずがない。

 あいしているよ。
 私にそう云いながら生母に似た継母セファニアを連れて来た父と、
 幼かった私を嬲りつくした過去の父の姿とが、
 瞼の裏に重なっては消え、消えては浮かんだ。

 そうして私は古い傷を掻き毟るように、心の瘡蓋かさぶたを剥がし続けてゆく……。

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