泉界のアリア

佐宗

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番外編

かけがえのない日々⑱※

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 王は精霊に火皿と消毒薬を持って来させて、針先を炙り、石に吐息を吹きかけて闇の司を込める。そうしてから、少し落ち着いてしまったナシェルの乳首を再び紙縒こよりのように揉んで尖り勃たせた。

「あぁんっ……あっ……えっ、何……?」

 綿紗ガーゼに含ませた消毒薬で乳輪の周りを丁寧に清拭されて、思わず戸惑いの声を上げた。冷たさに身じろぐ彼を宥めるように、王はその細い腰に手を回す。

「何とは? これは、こうして胸につける物だよ」
「えっ? はっ……!? てっきり、耳飾りかと」
「恐いか? やっぱり欲しくない?」
「いえ、あの、欲しいですが待って……み、耳ではだめ?」
「これは乳首用だと言っておるではないか。耳朶につけるには少し針が大きいね」

 膝立つ位置をナシェルの側面に変えた王が、優しく、試すような眼差しを向けてきた。
 紅玉の瞳に囚われてナシェルは唾を呑む。見つめられれば胸が高鳴り下肢が疼くが、正直、痛みへの不安も湧いてくる。

 世界に唯一の、自分のための装飾品……、つけて欲しい気持ちは変わらない。王から与えられる物はすべて受け取り、その神司に満たされて生きてきたから。それを着ければ、ますます王の愛に包まれることができるというのも分かるし、痛みに耐えて誉められたい。――でも、乳首は怖い。

 ナシェルの怯えが伝わったか、王はすぐ精霊に、愛用の煙管きせるに火を入れて運んで来させた。天蓋の隙間から差し込まれた細長い煙管からは、甘い香りのする煙が立ち上っている。

「少し吸っておきなさい。三口ほど吸えば、頭がぼうとして痛みの感覚が和らぐ」
 吸い口を向けられた。もう否やは許されぬようだ。

 王に視線で促されて、ナシェルは意を決した。自ら唇を近づけ、麻酔の代わりに千年樹の葉を炙ったたばこを胸いっぱいに吸う。葉には酩酊と多幸感の作用がある。習慣的に莨を常用する父にはもう耐性がついていて効果が薄いらしいが、喫煙習慣のないナシェルは三口吸っただけでも意識がぼんやりしてくる。


 ……ナシェルの瞼がとろんと半分ほど下がり、莨の効果で朦朧状態に陥ったのを確認すると、王はナシェルの膨れた乳蕾の周りをつまみ、手早く針を持ちかえてプツリと水平に挿し込んだ。

「ぅ、あ゛ァッ……ッ…!!」
 
 胸の尖りに、火が付いたような熱が奔る。
 完全な麻酔状態ではないためやはり痛みはある。酩酊から覚醒へと、一気に意識が引き戻された。全身に力が入り背中がのけぞる。瞼が見開き、声を出すまいと思っていたのに思わず声が漏れた。

「あっ……、あ……、ッ!」

 貫通時の灼けるような熱痛は一瞬で去ったが、すぐにジクジクとした疼痛に変わった。膝立ちの状態が維持できるはずもなく、ナシェルはぐったりと全体重を、手首の先の絹帯に預ける。ふらりと頭が傾き、乱れ広がった黒髪が頬と首元に貼りついた。莨でぼんやりしていなければ、もっと喚き散らしていたに違いない。

「はっ……はぁっ……」
「こちらを見よ、ナシェル」

 大粒の涙をこぼし断続的な息遣いのナシェルを、王は自分のほうへ振り向けて、まるで息の吸い方を教えるように繰り返し深呼吸させる。どっと汗が吹き出した背や尻を撫で、優しく声をかけ落ち着かせる。――はやく疼痛の煉獄から掬い上げ、抱きしめてやりたいが、まだこれから針をリング状の金具へ付け替えねばならないので、両手の戒めをすぐには解いてやることができない。

 柔弱よわよわしくまばたきし、ナシェルはべったりした前髪のすき間から泣き濡れた瞳を向けてきた。頬は薔薇のように上気し、血走って揺れるなみだの海の奥には、異常なほどの昂ぶりが見て取れた。王は半身がこの状況で、絶頂に近い陶酔と恍惚を味わっていることを悟った。

「―――きそうなのか?」
「はい……、イきそう……何でか分からない、です……」

 ナシェルはしゃくりあげ、制御の効かない己の情欲を恨むかのように、ぽろぽろとまた涙を流した。

「莨を吸ったからかな」
 ナシェルはふるふると首を振る。

「では、ここがさっきよりもっともっと敏感になっているからだね……?」
 羞恥しながらも、ナシェルの頭はこくんと上下した。視線で甘えてくる様が可愛らしく、早く済ませてやらねばと王はナシェルの体を抱え直した。

「続けるよ。大丈夫?」
「……はい……」
「もう少しで終わる。頑張ろうね」
「は、い」

 まだ痛みで苦しげなナシェルに、もうしばらく呼吸を整えさせてから、王は針の後ろから本体となる金のリングを肉芽へ慎重に通して、留め具を固定させた。針を抜いたときに少々の出血があったが、綿紗で押さえて拭きとる。大した出血ではない。

 そうして胸の尖りに触れられて、王の所有の証の金輪をつけられる間、ナシェルは歯を食いしばり何度か体をひくひくと痙攣させた。快感の極みにあるように、んっ…ん、と息を漏らし、拘束された体が小さく跳ねる。…千年樹の葉など吸わせたせいもあるだろうが、乳首に金輪ピアスを取り付けられる、という背徳的な行為そのものも昂奮の要因であろう。

 王は乳首に金具を通し終えると、ナシェルの頬を撫でて涙を拭き取った。
「大丈夫、もう終わったよナシェル……」


 ――少し意識が遠のいていたのか。
 ナシェルは、声を掛けられて数秒してからようやく我に返った。
 ぐらぐらと視界が揺れているのはたばこのもたらす酩酊なのか、それとも疼痛から来るめまいか。
 細い輪っかを通された左胸はまだジンジンと熱く痺れている。

「よく頑張ったね」
 労わるように頬や顎を撫でられて、嬉しさがこみあげた。
「……父、上」
 キスして欲しい。視線で訴えると、すぐに意図が汲まれそのまま顎を掴まれて、やっとこの日はじめての口づけが与えられた。
 侵入してくる舌を受け入れ、掻き回されるのに任せて王の熱い愛に応える。

「う、ぅ、ん……んっ……ふぁ……」

 身じろぎするたびに、つけられたばかりのピアスの鎖が乳首の下で揺れる。
 胸に感じる重さと存在感は想像を遥かに超えていた。ナシェルは自分の体がもう以前とは全く異なってしまったことをそのときようやく悟ったが、湧いてきたのは寧ろ、王の愛を身に刻まれたという大きな悦びの感情だった。

 ナシェルも愛を伝えたくて、喉から言葉にならない声を漏らしながら己の舌で王の舌をつかまえ、思う存分に絡めて舐った。
 双りはそうして濃厚な口付けに耽った。



 ……唇を離すころにはナシェルの顎は唾液にまみれて、顔は汗と涙でぐしゃぐしゃになっていた。王は微笑いながら袂でナシェルの顔を拭いてくれた。
 いいかげん手首をほどいてくれたらいいのに。抱きついて父の腰帯を外したい……。




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