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番外編
兄弟騎士のユウウツ⑤
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◇◇◇
「あはははははは! それでヴァニオン卿、早とちりしたまま殿下に?」
騎士団一の非常識男イルファランは腹を抱えて笑い転げている。ナシェルに呼ばれ、この一件について説明するために上がってきたのだ。
部屋の中には冥王とナシェル、ヴァニオンと、件の兄弟騎士がいる。
「イスマイルてめえ……、紛らわしー声出しやがって。俺ぁてっきり別のモンが生えてきたのかと」
「す、すいませんヴァニオン卿」
弟騎士イスマイルは両耳の上の物体を隠すように頭を抱えている。
「イスマイル。なにもそなたが謝ることはない。ヴァニオンが勝手に会話を盗み聞きして下品な早とちりをしただけのことだ。……貴様いうに事欠いて、私に何と言った? 破廉恥なのは貴様の思考回路のほうだろうが。なにが『きゃああ』だ」
ナシェルはヴァニオンの向かいに座りエイルニルの手入れをしつつ、刃毀れを確かめるふりをして切っ先をついとヴァニオンに向けた。むろん神剣に刃毀れなど、あるはずがない。
「だ…だってよ、ツノはねえだろ。フツーそんなもんが生えてくるなんて想像つくか?」
魔族・亜人族にはたくさんの血統があるが、容姿は通常黒髪黒眼、外観はおおむね地上界の人間と大差はない。
しかしヴァニオンはよくよく考え、角を生やしている魔族の知り合いをほかにも知っていることに思い至った。
冥王が、ヴァニオンの心中を悟ったようにその名を口にする。
「それはヴァレフォール公爵家に伝わる遺伝形質であろう?」
冥界九公爵の一、ヴァレフォール家は武門の家柄である。魔獣界の領主である同公爵は、立派な口髭を蓄え水牛のような大角を生やした異形の老翁で、勇猛精悍な冥界軍の武将として知られていた。
イルファランが頷く。
「そうです陛下。我がヴァレフォール家の男子には、大人になると祖父と同じように頭に双角が顕れるという遺伝的特徴があるのです」
「待て待て。つーことはイルファ、お前にももしかして角があンのか?」
「当然でしょ。見ます?」
イルファランは頭突きをするような姿勢でヴァニオンに頭を突き出した。紫がかった黒髪の合間から、確かに角が生えているのが見える。イスマイルのような生えかけのピンク色ではなく、こちらは随分肌の色に近い。しかし、大きさはまだ充分髪に隠れる程度だ。
老公爵の大ツノに比べると、兄弟のそれは、何とも可愛らしい小指の先程度のものなのだった。
「すげえ……マジで生えてる。これ、皆には隠してるのか?」
「まああまり大っぴらに見せたいものじゃありませんよね。どうしても皆、角というとウチの祖父のイメージを持ってるみたいで、周りから恐がられちゃうんですよ。おまけにこの角、これから老年期に差しかかるまで、ずっと伸び続けるみたいなんです。
僕の場合くせ毛だからこれだけ伸びてきてもまだ髪に隠れるんですけど、弟は直毛だからな、もうちょっと生えてきたらすぐバレちゃうでしょうね。弟が困っているのはそこなんです」
屈託なく語る兄の横で、当人のイスマイルはさめざめと消沈している。
「僕たちももう数百年もしたら、お祖父様みたいにまわりから「牛魔人」呼ばわりされちゃうんですよ……ああ~……」
「そ、そっか……、結構悩みの種なんだな」
部屋の中に同情の空気が漂う。イルファランが補足した。
「おまけに生えはじめはとにかく頭皮というか角の周りが痛くてムズ痒くて厄介なんですよ。生えてくる際に頭皮を突き破るものですから、周りの皮が剥けるみたいになってね、フケみたいにパラパラしてくるし……」
なるほど皮を剥く、うんぬんとトイレで云っていたのはそれのことらしい。まったく紛らわしい会話しやがって……わざとじゃないのか? 悪戯好きのイルファランならば、盗み聞きされていると悟ってわざと誤解させるような会話に持っていくことも考えられる。
ヴァニオンのうさん臭げな視線を受けるイルファランは、いつもどおりの飄々とした笑みを浮かべていた。
それにしてもこの『牛ツノ』、生えはじめにそうした頭皮のトラブル等を併発するため、イスマイルにとってはかなり深刻な悩みの種らしい。
冥王とナシェルとヴァニオンは、イスマイルのツノを囲んで物珍しげに見下ろした。慣れない器官を凝視されるイスマイルは、恥ずかしさと緊張で顔を真っ赤にしている。
ナシェルが、神剣を片手に物騒なことを提案しだした。
「そのツノ自体に神経は通っているのか? 通っていないなら、いっそのこと切り落としてしまえばよい」
それに応じたのは兄のほう。
「いえ、それが殿下。このシロモノは鹿角と一緒で切り落としてもまた生えてくるんですよね、厄介なことに」
ついでに……と騎士イルファランは付け加える。
「神経が通ってるどころか、この角ってやつは不思議と生えはじめた瞬間から、どんな局部にもまさるかなり敏感な性感帯になるんですよねこれがフフ……」
「「「せ……性、感、帯………?」」」
イスマイルを囲む大人たちは声を揃え、ごくりと唾を呑んだ。目の前にある可愛いピンク色の、まだ豆のような大きさしかないツノが、突如いかがわしくも貴重なものに思えてくる。
と、いきなり冥王が優美な指を閃かせ、そのツノをぎゅうっとつまんだ。新米騎士は「ひゃあっ」と驚いて椅子から数センチ腰を浮かせる。
「ああっ、陛下ぁん……!!」
ばしっ。
すかさずナシェルが手刀でその手を払いのける。
「な ん で 触 る ん で す ? ! !」
「……済まぬ済まぬ……なにやら眩しげな単語を聞いたとたん手が勝手に動いておった……」
「手が勝手に痴漢!? もう病気ですね、貴方朝っぱらから家臣の乳首触ったのと一緒ですよ!」
「乳首……あっ」
「殿下もう大丈夫ですから……逆に恥ずかしいです僕……」
主君らの寸劇を聞き流しつつヴァニオンは、笑いを堪えるイルファランと、顔を真っ赤にしているイスマイルを交互に見遣った。
そして明らかになってしまったひとつの重大な事実に、ただひとり気づき衝撃を受けるのであった。
(ツノが性感帯って……。んじゃ昨日トイレの中でやっぱお前らスケベなことしてたんじゃねえかよっ!!)
イルファランはヴァニオンの視線に泰然とした笑みで応じ、王らに気づかれぬよう弟の肩をふわりと抱き寄せると、弟の頬にさりげなく唇を寄せた。
そしてヴァニオンに向けてこっそり人差し指を立て『このこと、内緒ですよ』と云わんばかりに唇に押し当て、ぱちりと片目を瞑ってみせたのだった……。
兄弟騎士のユウウツ 了
「あはははははは! それでヴァニオン卿、早とちりしたまま殿下に?」
騎士団一の非常識男イルファランは腹を抱えて笑い転げている。ナシェルに呼ばれ、この一件について説明するために上がってきたのだ。
部屋の中には冥王とナシェル、ヴァニオンと、件の兄弟騎士がいる。
「イスマイルてめえ……、紛らわしー声出しやがって。俺ぁてっきり別のモンが生えてきたのかと」
「す、すいませんヴァニオン卿」
弟騎士イスマイルは両耳の上の物体を隠すように頭を抱えている。
「イスマイル。なにもそなたが謝ることはない。ヴァニオンが勝手に会話を盗み聞きして下品な早とちりをしただけのことだ。……貴様いうに事欠いて、私に何と言った? 破廉恥なのは貴様の思考回路のほうだろうが。なにが『きゃああ』だ」
ナシェルはヴァニオンの向かいに座りエイルニルの手入れをしつつ、刃毀れを確かめるふりをして切っ先をついとヴァニオンに向けた。むろん神剣に刃毀れなど、あるはずがない。
「だ…だってよ、ツノはねえだろ。フツーそんなもんが生えてくるなんて想像つくか?」
魔族・亜人族にはたくさんの血統があるが、容姿は通常黒髪黒眼、外観はおおむね地上界の人間と大差はない。
しかしヴァニオンはよくよく考え、角を生やしている魔族の知り合いをほかにも知っていることに思い至った。
冥王が、ヴァニオンの心中を悟ったようにその名を口にする。
「それはヴァレフォール公爵家に伝わる遺伝形質であろう?」
冥界九公爵の一、ヴァレフォール家は武門の家柄である。魔獣界の領主である同公爵は、立派な口髭を蓄え水牛のような大角を生やした異形の老翁で、勇猛精悍な冥界軍の武将として知られていた。
イルファランが頷く。
「そうです陛下。我がヴァレフォール家の男子には、大人になると祖父と同じように頭に双角が顕れるという遺伝的特徴があるのです」
「待て待て。つーことはイルファ、お前にももしかして角があンのか?」
「当然でしょ。見ます?」
イルファランは頭突きをするような姿勢でヴァニオンに頭を突き出した。紫がかった黒髪の合間から、確かに角が生えているのが見える。イスマイルのような生えかけのピンク色ではなく、こちらは随分肌の色に近い。しかし、大きさはまだ充分髪に隠れる程度だ。
老公爵の大ツノに比べると、兄弟のそれは、何とも可愛らしい小指の先程度のものなのだった。
「すげえ……マジで生えてる。これ、皆には隠してるのか?」
「まああまり大っぴらに見せたいものじゃありませんよね。どうしても皆、角というとウチの祖父のイメージを持ってるみたいで、周りから恐がられちゃうんですよ。おまけにこの角、これから老年期に差しかかるまで、ずっと伸び続けるみたいなんです。
僕の場合くせ毛だからこれだけ伸びてきてもまだ髪に隠れるんですけど、弟は直毛だからな、もうちょっと生えてきたらすぐバレちゃうでしょうね。弟が困っているのはそこなんです」
屈託なく語る兄の横で、当人のイスマイルはさめざめと消沈している。
「僕たちももう数百年もしたら、お祖父様みたいにまわりから「牛魔人」呼ばわりされちゃうんですよ……ああ~……」
「そ、そっか……、結構悩みの種なんだな」
部屋の中に同情の空気が漂う。イルファランが補足した。
「おまけに生えはじめはとにかく頭皮というか角の周りが痛くてムズ痒くて厄介なんですよ。生えてくる際に頭皮を突き破るものですから、周りの皮が剥けるみたいになってね、フケみたいにパラパラしてくるし……」
なるほど皮を剥く、うんぬんとトイレで云っていたのはそれのことらしい。まったく紛らわしい会話しやがって……わざとじゃないのか? 悪戯好きのイルファランならば、盗み聞きされていると悟ってわざと誤解させるような会話に持っていくことも考えられる。
ヴァニオンのうさん臭げな視線を受けるイルファランは、いつもどおりの飄々とした笑みを浮かべていた。
それにしてもこの『牛ツノ』、生えはじめにそうした頭皮のトラブル等を併発するため、イスマイルにとってはかなり深刻な悩みの種らしい。
冥王とナシェルとヴァニオンは、イスマイルのツノを囲んで物珍しげに見下ろした。慣れない器官を凝視されるイスマイルは、恥ずかしさと緊張で顔を真っ赤にしている。
ナシェルが、神剣を片手に物騒なことを提案しだした。
「そのツノ自体に神経は通っているのか? 通っていないなら、いっそのこと切り落としてしまえばよい」
それに応じたのは兄のほう。
「いえ、それが殿下。このシロモノは鹿角と一緒で切り落としてもまた生えてくるんですよね、厄介なことに」
ついでに……と騎士イルファランは付け加える。
「神経が通ってるどころか、この角ってやつは不思議と生えはじめた瞬間から、どんな局部にもまさるかなり敏感な性感帯になるんですよねこれがフフ……」
「「「せ……性、感、帯………?」」」
イスマイルを囲む大人たちは声を揃え、ごくりと唾を呑んだ。目の前にある可愛いピンク色の、まだ豆のような大きさしかないツノが、突如いかがわしくも貴重なものに思えてくる。
と、いきなり冥王が優美な指を閃かせ、そのツノをぎゅうっとつまんだ。新米騎士は「ひゃあっ」と驚いて椅子から数センチ腰を浮かせる。
「ああっ、陛下ぁん……!!」
ばしっ。
すかさずナシェルが手刀でその手を払いのける。
「な ん で 触 る ん で す ? ! !」
「……済まぬ済まぬ……なにやら眩しげな単語を聞いたとたん手が勝手に動いておった……」
「手が勝手に痴漢!? もう病気ですね、貴方朝っぱらから家臣の乳首触ったのと一緒ですよ!」
「乳首……あっ」
「殿下もう大丈夫ですから……逆に恥ずかしいです僕……」
主君らの寸劇を聞き流しつつヴァニオンは、笑いを堪えるイルファランと、顔を真っ赤にしているイスマイルを交互に見遣った。
そして明らかになってしまったひとつの重大な事実に、ただひとり気づき衝撃を受けるのであった。
(ツノが性感帯って……。んじゃ昨日トイレの中でやっぱお前らスケベなことしてたんじゃねえかよっ!!)
イルファランはヴァニオンの視線に泰然とした笑みで応じ、王らに気づかれぬよう弟の肩をふわりと抱き寄せると、弟の頬にさりげなく唇を寄せた。
そしてヴァニオンに向けてこっそり人差し指を立て『このこと、内緒ですよ』と云わんばかりに唇に押し当て、ぱちりと片目を瞑ってみせたのだった……。
兄弟騎士のユウウツ 了
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