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番外編
氷竜の恋①
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(2話構成。短いお話です)
氷竜ディルムトといえば、かつて氷獣界の凍った湖の下に眠っていた悪しき魔竜である。
この竜が永の眠りから目覚めたおり、常世の王である闇神セダルと三日三晩の死闘を繰り広げた末に、加勢に参じた世継ぎ・ナシェル神によって真名を言い当てられ眷下に下ったことは、以前に語った通りである。
さてこの竜、まこと冥王に匹敵する力の持ち主であって、真の姿をとれば両翼の長さは王子の居城エレボス城の城館をまるごと包み込めるほど。吐く息が巻き起こす吹雪は魔獣界の妖魔たち全てを、たちどころに冬の眠りにつかせるほどの剛嵐であった。
魔竜ディルムトは、ナシェルら冥界神たちに調伏され忠誠を誓ったのちは、その姿を翼竜から掌にのるほどの小竜に変えてナシェルにすり寄った。
そこで父王の許可を得たナシェルが、自分の居城において飼うこととなった。
近ごろはナシェルが所用で冥府へ赴く際などには、お供のヴァニオン卿の足を吐息で凍りつかせて、自分が供を申し出るかのようにナシェルの肩に乗って離れないこともあった。
かれらの小競り合いを傍観していたナシェルも、微笑して小竜の背を撫で、
「ならばディルムト。ヴァニオンの代わりに今日はそなたが供をするが良いよ。立派な翼の小さな竜よ、わたしの幻嶺の翼について来れるかな?」
などと軽口を叩いて、この小さな氷竜を供につけて騎行することも度々あった。
すっかりなついた氷竜ディルムトは、王子が眠るときも寝台の上に陣取って共寝し、時には手ずから餌をもらい、執務の際もナシェルの椅子の傍らに侍ることを許されて、たいそう可愛がられているのであった。
――これから語るのは、その氷の魔竜が王子ナシェルに傾けた恋の顛末。
◇◇◇
――氷竜ディルムトは彼を愛している。
夜ごと、恋人に寄り添うようにして眠る。
睡りにつく前、恋人がその滑らかな指で自分の背を撫でるとき、ディルムトは喉の奥から満ち足りた唸りをあげて恋人の腕に尾をすり寄せ、絡ませる。それは情欲の証にして求愛行動。…けれど残念ながら愛する彼には、翼竜族のその行為の意味が、伝わってはいない。
恋人は精美な蒼い双眸を閉じゆきながら語り掛ける。
「おやすみ、お前がそばにいてくれるから安心して睡れるよ」
本当に欲しい言葉とは違うけれども、恋人の眠りを護れるのは嬉しくもある。ディルムトは喉を転がすように唸りながら今宵もまた、尾を恋人の手にすり寄せる。想いに気づかれたくて。恋人の口づけが欲しくて。
「…おやすみ、小さな竜よ。お前は甘えん坊なのだね」
彼の美しさはたとえようもない。
初めて会ったときからディルムトは彼の瞳の虜になった。彼は背筋を凛と伸ばし、朗々たる声で、怯むことなくこちらの真名を言い当て、氷魔ディルムトを一睨みで調伏した。
剣持つ腕には力が漲り、肌は透き通る白さ、黒髪は闇を映した絹のように艶やかに、眼元は若く涼しげで、跨る神馬ともども嶮しいほどの覇気に満ちていた。
彼は泉下のこの世界を継ぐ権利を唯ひとり持つ、蒼き神聖。
ディルムトは隷下に下ると共に、その闇の後継者に恋をした。
……けれど彼――王子には恋人がいるのだ。
氷竜ディルムトといえば、かつて氷獣界の凍った湖の下に眠っていた悪しき魔竜である。
この竜が永の眠りから目覚めたおり、常世の王である闇神セダルと三日三晩の死闘を繰り広げた末に、加勢に参じた世継ぎ・ナシェル神によって真名を言い当てられ眷下に下ったことは、以前に語った通りである。
さてこの竜、まこと冥王に匹敵する力の持ち主であって、真の姿をとれば両翼の長さは王子の居城エレボス城の城館をまるごと包み込めるほど。吐く息が巻き起こす吹雪は魔獣界の妖魔たち全てを、たちどころに冬の眠りにつかせるほどの剛嵐であった。
魔竜ディルムトは、ナシェルら冥界神たちに調伏され忠誠を誓ったのちは、その姿を翼竜から掌にのるほどの小竜に変えてナシェルにすり寄った。
そこで父王の許可を得たナシェルが、自分の居城において飼うこととなった。
近ごろはナシェルが所用で冥府へ赴く際などには、お供のヴァニオン卿の足を吐息で凍りつかせて、自分が供を申し出るかのようにナシェルの肩に乗って離れないこともあった。
かれらの小競り合いを傍観していたナシェルも、微笑して小竜の背を撫で、
「ならばディルムト。ヴァニオンの代わりに今日はそなたが供をするが良いよ。立派な翼の小さな竜よ、わたしの幻嶺の翼について来れるかな?」
などと軽口を叩いて、この小さな氷竜を供につけて騎行することも度々あった。
すっかりなついた氷竜ディルムトは、王子が眠るときも寝台の上に陣取って共寝し、時には手ずから餌をもらい、執務の際もナシェルの椅子の傍らに侍ることを許されて、たいそう可愛がられているのであった。
――これから語るのは、その氷の魔竜が王子ナシェルに傾けた恋の顛末。
◇◇◇
――氷竜ディルムトは彼を愛している。
夜ごと、恋人に寄り添うようにして眠る。
睡りにつく前、恋人がその滑らかな指で自分の背を撫でるとき、ディルムトは喉の奥から満ち足りた唸りをあげて恋人の腕に尾をすり寄せ、絡ませる。それは情欲の証にして求愛行動。…けれど残念ながら愛する彼には、翼竜族のその行為の意味が、伝わってはいない。
恋人は精美な蒼い双眸を閉じゆきながら語り掛ける。
「おやすみ、お前がそばにいてくれるから安心して睡れるよ」
本当に欲しい言葉とは違うけれども、恋人の眠りを護れるのは嬉しくもある。ディルムトは喉を転がすように唸りながら今宵もまた、尾を恋人の手にすり寄せる。想いに気づかれたくて。恋人の口づけが欲しくて。
「…おやすみ、小さな竜よ。お前は甘えん坊なのだね」
彼の美しさはたとえようもない。
初めて会ったときからディルムトは彼の瞳の虜になった。彼は背筋を凛と伸ばし、朗々たる声で、怯むことなくこちらの真名を言い当て、氷魔ディルムトを一睨みで調伏した。
剣持つ腕には力が漲り、肌は透き通る白さ、黒髪は闇を映した絹のように艶やかに、眼元は若く涼しげで、跨る神馬ともども嶮しいほどの覇気に満ちていた。
彼は泉下のこの世界を継ぐ権利を唯ひとり持つ、蒼き神聖。
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……けれど彼――王子には恋人がいるのだ。
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