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第四部 至高の奥園
53愛しき筆跡③
しおりを挟む……悶々としたまま政務に取り組み、また数日が過ぎ、ようやくヴァニオンとサリエルが疑似天から戻ってきた。
『戻ってきた』という表現もおかしいが、二人はしばらく、そうやって二つの小世界を往復する日々を送るつもりのようだ。
「ヴァニオン……なぜ帰ってきた? もっとゆっくりして来れば良かったのに」
「いやあ、あまり俺が留守にするとお前が淋しがるだろうと思って」
ヴァニオンはいつもの気安さで髪に触れようとしてくる。深い意味はないのだろうが、なればこそ、もう以前のように気安く触れて欲しくはない。
ぷいと躱してやると、ヴァニオンは微苦笑を浮かべた。
「……あれえ。もしかして、拗ねておられるのですか、殿下?」
「はん、冗談も休み休み言え……」
ナシェルは、乳兄弟の背後に清楚な様子で佇んでいたサリエルにふと視線を転じた。
そして次の瞬間、思わず息を吸って叫んでいた。
「命の精!!」
サリエルの周囲を、数匹の命の精が守っているのだ。ナシェルの死の精たちが飛びかかろうと臨戦態勢に入るのを押しとどめて、指差す。
「そそそそれっ……それ、まさか、ルゥの、精霊か!?」
「え? あ、この子たちですか? そうです。実は、この癒しの宝玉のせいで、なんだか私を姫さまと勘違いしてるみたいで、疑似天からついて来ちゃったんです。って……殿下!?」
サリエルが説明し終えぬうちにナシェルはさっと手を出し、一匹を捕獲することに成功していた。
足のあたりをむぎゅ、と掴まれた命の精は、ナシェルの掌の中でぴーちくと騒いでいる。
ナシェルは呆気にとられる二人の前で、ひとり感動に打ち震えた。
「おおおお……父上はこのことを言いたかったわけか! なんと迂遠な……」
「殿下!? そんなに握ったら精霊が潰れてしまいますよ! どうされたんです?」
「いきなり精霊掴まえて何をひとりで感動してんだよ。陛下がどうしたって?」
ナシェルは我に返り精霊を手放すと、執務卓に戻り、羽筆をとってサラサラと一筆したためた。
何通か失敗し、取り急ぎではあるが一通目の手紙をようやく完成させた。我ながら愛のこもった、風雅にして抒情的な文面であると思う。
その間、冥王と交わした会話が脳裏を過ぎゆく。
『姫と文通がしたいなら、あながちできぬでもないと思うがなぁ』
『何のことかだと? フフン、今は然もあらん。だが、じきに分かるよ』
にやりと王が目を眇めてみせたのは、この可能性を示唆していたわけだ。
「サリエルそなた、その精霊に命じることができるか? 天上界までこの手紙を運んでくれ、と」
「……あっ! 姫さまのところへですか?!」
サリエルは合点した様子で掌を打った。
大恩あるナシェルの頼みとあらば……と、彼が命の精に精霊語で頼んでみると、サリエルをかりそめの主として従う彼女は大きく頷いて、手紙を受け取り、窓辺から三途の河方面へと旅立っていった。
そこから地上界へ抜け、空へと昇り天上界に至るのだ。時間はかかるが、炎獄界の火山道が封印された今では、それがあの世界とこちらを繋ぐ本来の、唯一の道だ。
(やはりそうか。人の命と魂魄を司る命の精霊は、ルゥ同様、冥界にも普通に存在することができる。
というより、あの首飾りが発する光の神司のおかげ、といったほうがいいのか?
どちらにしろ、ルゥの神司が冥界にも作用する中であれば、彼女らはさほど苦もなく天上界と冥界を往復することができるということだ。
そしてその精霊に、手紙の運搬を命じることができる者が、ここにたった一人いる……!)
ナシェルの大望こもった視線を受けて、サリエルはおずおずと笑って見せた。
「……も、もしかして、私でも殿下のお役に立てそう……ですか?」
「ああ、恐らくな」
正確にいえば、役に立ちそうなのは命の精を使役できるその首飾りなのだが……。
ヴァニオンは呆れ顔だ。
「まさか、お前もしかして命の精霊使って、姫さんと純情よろしく文通でも始めるつもりじゃねえだろうな?」
「文通の何が悪い。とにかくルゥと連絡が取れるかもしれないんだぞ」
ヴァニオンの突っ込みに居直りつつ、ナシェルは精霊の飛び去った窓辺に長々と眼差しを向けた。
返事が待ち遠しい。
◇◇◇
姫から返事が届いたのは、それからさらに数週が過ぎたのちのことだった。
「本当に返事が来た……!」
女神の精霊たちとサリエルを経由して、ほのかに花の香りのする封筒を受け取ったナシェルは、あまりにうまい具合の事の運びように、笑いをかみ殺すのに苦心した。
手紙を開いてみると、そこには幼女らしい、たどたどしく筆の這った跡があった。どんな字であろうが、愛娘の筆跡は愛おしいものだ。
『にいさまえ おてがみありがと! げんきになりましたか。とおさまとなかよくやてますか』
と一行目で早くもいきなり父王との仲に言及されてしまう。
「………、………ぅんん??」
そのあとは、
『ルうはげんきだよ、ようちえんでおともだちできたよ、しんぱいしないでね』
などと天上界での様子が数行にわたってしたためられていた。
蚯蚓ののたうつがごとき字ゆえ、読むのに相当苦心したが、ふたたび最後に
『ルうのことはぜんぜんきにしないで、とおさまと ちゃんとなかよししてあげてね!?』
と再び父王との関係を案じられてしまった。まったく娘に心配されるような事柄かこれは?
「なんだこれ。父上父上って、ルゥのやつ……」
隣から覗きこんだヴァニオンが、堪えきれずに腹を抱えて笑い出す。
「ぶははは! 結局、姫さんは当事者じゃなくて、お前らの仲を応援する立場なんだよ! あくまで第三者的な?」
「………っ、」
ナシェルは赤面しつつ、姫の手紙を大事に畳み、懐に仕舞った。
「……この『なかよし』にそんなに深い意味はあるまい。所詮、200歳の子供のいうことだ」
「そうかなあ……ガキの振りしてお前のラブレターをさらっとあしらいつつ『そっちはそっちで仲良くやってりゃいーじゃん』て返してるように思えて仕方ねえけど……。
姫さん、あの年で実は結構サバサバしてっからな」
「…まあ文面はどうあれ、精霊を使うという手段は、かぎりなく有効だということだ」
ヴァニオンの分析を、ナシェルは耳に入れないふりをする。
手紙の内容には少し閉口してしまうが、とりあえずは満足に足る首尾を得たわけだ。少々時間はかかるが、これで姫と連絡が取れることがわかった。
懲りずに再び便箋に向かい羽筆を揺らしはじめた彼の背を、ヴァニオンはただ呆れた表情で眺めている……。
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