泉界のアリア

佐宗

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第四部 至高の奥園

26戒めの下に愛され①※

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 天蓋の奥にたちこめる濃密な湿闇。
 裸体がひとつ、そこに蒼く浮かびあがっている。

 刻を止めた褥の上で。
 両腕を搦めとられ、成すすべなく服順まつろい、瞼は錆の如く軋み、気怠げに、しかし夜陰の色濃き瞳の奥には劣情と、愛ゆえの錯乱が窺える。

 雪花石膏アラバスターの如き喉元に、王の証印を施された首輪が煌めいている。
 首輪から伸びた細い鎖が、柱の上部に繋がっている。
 柱に向き合うナシェルの前には、幻霧界の水乙女の彫刻がある。
 天蓋の四柱の装飾だ。

 潤んだ眼差しを乙女の像に注ぎ、両手で乙女の腰を抱く。
 ――彼は膝立ちで、掲げた腕を天蓋の柱に回した状態で縛りつけられていた。


 やがて王の視線を背後に受けながら御子は、繻子布のような黒々した睫毛を潤し、腰を揺らしはじめた。
 しゃなり、しゃなりと、白い双丘をしどけなくゆすって、伴侶を誘う。

 嫋やかな両腕を天蓋の細い柱に絡みつかせて彫刻を抱え込み、唯一自由の利く尻を揺すりながら、背後の王に向け哀訴を繰り返す。

 もう焦らすのはやめて、手ずから愛して欲しいと。
 準備の整った此処ここに、早く貴方のものを含ませて欲しいと。

 長時間の行為に耐える体力が、今の彼にはない。
 行為の間じゅう、獣の姿勢を保つ力すら無いのである。
 ならばと王は、ナシェルの両手を柱に巻き付けた。――こうして中腰で尻をこちらへ向けてごらん、と。

 今宵ばかりは従順にと心に誓ったばかりのナシェルは、はじめ王の手に燦然と輝く鎖を目にした時はさすがに額いっぱいに皺を寄せたが、正直を云えば王に性的に服従させられるのは全くやぶさかではない。

 中央に金剛石ダイヤの首飾りの垂れた瀟洒な首輪を宛がわれて、両腕を柱に廻して鎖で拘束されると、えもいわれぬ恍惚が腹の底から滲みだしてくる。

 傷がつかぬよう手首に柔らかい布を巻いてから鎖を使う王に、些か倒錯してはいるが己への愛情深さを感じて、己の身の内からも暖かい情念が湧き上がってくるのも感じた。

 湯殿を出て一度は萎えかけた陰茎が、そのように拘束されるとふたたび聳り立ってくる。



 抑えきれぬ王への思慕は、ナシェルの唇を割って甘い泣き声となる。

 誘うように下肢を揺する都度、被虐の快楽が先走る湧き水となって、揺れる膝間に下垂したたり落ちる。
 戒められて勃起する羞恥に頬を染め、背後から抱擁されるのを待ち焦がれて、王を請うのである。

 その淫らでいじらしげな様子に、王は感動の溜息を洩らして魅入った。


 親子がそのように心底から互いを想い合い、全てを許容しながら睦みあうのは、もしかするとナシェルがごくごくわかかった頃以来かもしれない。

 無論、王は悠久の刻を経てさえ変わらぬ信念と情慕を注いできたのであるが、受けるナシェルの方はこれまで、さまざまに思い乱れてきた。成神してからはとくに。
 抱かれながらも闇の神司を餌にされていると感じてきたし、嘘をついている後ろめたさと、心のどこかでは父への復讐心があった。

 あの一件を幸いとするわけではないが。
 全てを打ち明け、全てを知ったことで、ナシェルの心は重い四肢とは裏腹に、軽くなっていた。

 双面の神々は今、そうして互いを高め合ってゆく。錠と鍵が常に一対であるのと同じく、お互い以外に、心身のかつえを満たせる者はいない。欲しいもののすべてをお互いのみが所有し、与えることができるのだから。

 ナシェルは王の意図を汲み、淫らに腰を振って哀願する。

「父上――ああ、来て、早く……」

 湿り気を残したまま背に纏わる黒髪は、宛ら白樺の若木に張られた黒蜘蛛の巣のよう。
 しかしその一本一本は蜘蛛の紡ぐ糸よりも細く強靭しなやかだ。

 黒髪の隙間から覗く肩に、汗粒が光る。
 まるく弧を描くように誘う白尻。
 縛めの布巾の上に覗く、血の気のない指先を、柱の彫刻の溝に喰い込ませて。
 ――咲きほころぶ、という表現が似つかわしいほどの、かぐわしい艶姿あですがたであった。



 冥王は紫煙を吐きながら、目を和ませる。
 同じ姿をしているが、痩せ衰えた半身とは対照的。制御していてもまだ、全身から燃え盛るような神気を放っている。

 王は己の優美な肉体を夜着で包み、幾重にも重ねた枕に身を預けて仰向き加減に、脚を組む。

 半身の奥処を今すぐにでもいてやりたいと、王の中心もとうに張り裂けんばかりに怒張していたが、そんな邪念は微塵も感じさせぬ落ち着きはらった微笑とともに寛ぎ、王子の乱れる姿を視姦するのである。

 哀訴の声を響かせるナシェルの様子をそうしてしばらく眺めていた王は、やがてくゆらせていた二尺ほどもある長煙草パイプを、精霊に持たせて天蓋の外の灰皿に戻させる。
 ふぅ、と煙たい吐息をつきながら身を起こし、ぎしりと寝台を軋ませて、
 王子の背後へと膝行いざった。
 そっと両の腕を伸ばし、背中から王子の露わな脇腹や腋下を撫でる。

 薄い唇に、意地の悪い戯言を載せる。

「見事な踊りだ……褒めてあげる。
 ここの色がだいぶ良くなってきたようだよ。それに、大きさも……ほら、こんなに膨らんで。
 鎖の揺れるのが、さぞかし気持ちが良いのであろうな?」

 王はナシェルの肩越しに、充血した胸の尖りを眺め下ろす。
 紅の双瞳は隷属者を賛美するあまり瞬きを失し、炎の熱を埋め込んだように炯炯と耀く。

 ……ナシェルのふたつの乳首には闇に映える金色のリングが嵌められている。
 胸の輪と首輪は、鎖でつながっているのだ。

 ナシェルが体をゆするたびに鎖が揺れて、行き場のない快感が尖端に集まる。
 鎖の振動がリングに直に伝わり、そのたびに重い痺れが乳頭を炙る。
 そこは勃起したようにぷくりと膨れて、淫らな果実色に熟していた。

「はぅ……はあぅ……」

 ナシェルは一層呼吸を浅く乱しながら、早く愛してと王を呼ばわる。その声に応えるように、王がリングの嵌まった乳蕾のかたほうを指で弾いてやると、快感に極まった声が迸る。 

「あ、っん、……だめ………揺らさないで……!」
「これを? そんなに悦んでおきながら、何故?
 ああ……ここも、まだ触れてもおらぬのに、そんなに溢れさせて……」

 王は後ろからナシェルの尻や太腿を撫でながら、割り開かせた膝の間の寝具が濡れているのを指摘する。

 気づけばぽたぽたと、広げた膝の合間に先走りの蜜が零れ落ちていた。
 幹竿はすでに雨樋の如く、しとどに露を通わせていた。

 「……さわ、触って、そこ……」

 顎を上向かせ、虚空に向けて必死の懇願を吐き出す。膝立ちで尻を半ば下げたままの中腰は、これはこれで辛い。それにそろそろ前のほうも極限で、いい加減昇りつめたい。昇りつめた後は、約束のものを奥いっぱいに受け取りたい……。
 ナシェルの脳裏には、身勝手な我欲ばかりが渦巻く。

「まだまだ早いよ。今宵はたっぷり啼かせてあげると云ったであろう……?」


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