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第三部 天 獄
61静かな決意②
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「ありがとうございます、レオン様。……ナシェル様はどうなさっておいでですか? 私はナシェル様に早くお目にかからねばならないのです。私のせいで、こんなことになってしまって……謝罪したいし、そもそも私がこんな風に思っていてもナシェル様が私を一緒に連れて行って下さるかどうか……」
「きっとそれは大丈夫だろうと思うよ。でも今、少しばかり事情があってナシェルの居場所を秘密にしているんだ」
「……秘密に?」
サリエルは怪訝そうに声を落とした。天王はサリエルに要らぬ心労をかけまいと、ここ数日の混乱のことは何一つ伝えていないのだ。
「姫様にも、ですか?」
「いや、ルーシェはさすがに兄上に会わせると約束したからな、多分もう今ごろ……」
……云いかけたその時、急に温室の扉が勢いよく開いて誰かが入ってきた。
二人は慌てて離れ、レオンは緑のアーチに覆われた入口を振り返る。
息を切らし佇んでいたのは冥界の王女ルーシェルミアだ。肩を怒らせ、目は据わっている。
小さな女神は凄んだ。
「見つけたわ、おじさま! 探してたのよ!……ん? サリエルを泣かせたの?!」
「いえ、違うんです、姫さま」
眼を吊り上げる王女に、サリエルが目元を拭きながら慌てて否定する。
「どうしたというんだ、ルゥ。そんなに慌てて?」
「おじさま! どうして兄さまをあんな奴の所へ置いているの!? もし兄さまが死んじゃったら、おじさまのせいよ!」
「…………何だって?」
聞き捨てならない台詞だった。
「君の兄上が、どうしたというんだ」
「よくわかんないけど、とにかくおじさま、今すぐ兄さまの様子を見に行って欲しいの。お願い! じゃないとあいつ……あいつ、兄さまを殺しちゃうかも」
不穏な発言に、レオンは思わず息を呑んで王女を見つめた。
その必死の形相から、彼女の尋常ならぬ焦燥が伝わってくる。
「レオン様! ナシェル殿下は今、どこにおられるのです?!」
姫のただならぬ様子に、サリエルも顔色を変えた。膝を折りルゥを落ち着かせるように抱き寄せ、レオンを見上げてくる。
「――君たちはここで待っていなさい!」
レオンはサリエルの問いに答えるよりも先に、弾かれたように温室を飛び出した。
(まさか……!)
私刑、という言葉が脳裏を過ぎる。
一瞬、誰かがナシェルの居場所をバラしたのかと思った。
だがルゥは「あんな奴のところ」と云った……では、レストルが何かを?
「―――姫様!」
サリエルの声がして振り返ると、一緒に温室を出てきたらしいルゥが精一杯の大股で後をついてくる。
レオンは肩越しに問いかけた。
「レストルが君の兄上に何か危害を加えてるってことかい」
「キガイ? わかんないけど……とにかく会ったとき兄さまが、ふつうじゃなかった。ケガはルゥが治してあげたのに、どうしてあんなに弱ってるの? あいつに絶対いじめられてるのよ」
ルゥは目のふちに涙を溜めている。
「おじさまを探して会議場のお部屋まで行ったけど、会議場に入らせてもらえなくて。大勢の神さまたちが怒ってたのは聞こえてきたわ。なにかが起きてるって、ルゥにも分かった。
ねえおじさま、なにが起きてるの? とおさまはいつ迎えに来てくれるの?」
――これ以上、この子に一連の混乱を秘密にしておくのは酷だ。
そう感じたレオンは早足で回廊を歩きながら説明する。
「冥界の入口で、若い神々と魔族軍との間に戦闘が起こって、冥王が若い神々を消滅させたんだ。冥王の迎えが遅くなっているのはそのためだよ。
私も君たちを早く帰してやりたいが、殺された神々の一族が怒り狂ってこの天王宮に押しかけてくるし、あの通り会議は紛糾するしでここ数日対処に追われていてね。
きみはまだ小さいし、我々と同じ容姿だからつるし上げられたりはしないだろうけど、冥王にそっくりなナシェルはここ天王宮では危険なんだ。今は特にね。
それで居場所を誰にも悟られないようにって、あえて私の住まいではなくレストルの宮に身柄を置いていたんだが―――」
真剣に話を聞いていたルゥが思い出したように背後から声を上げた。
「そう、それ! さっき、会議のお部屋に入れなかったあと、もう一度、兄さまのところに戻ろうとしたら……さっきまであったはずのレストルの部屋がないの」
「部屋がない? 迷ったんじゃないのかい」
「違うの。部屋の入口が消えちゃってるの。どれだけ探しても見つからなくて……アドリスに連れられてきたときはすんなり入れたのに」
(……目くらましの結界か何か張ったな……)
と天王は予測をつける。そんな小細工を巡らせているとなると、どうやらアドリスも絡んでいるようだ。
「おじさまお願い、早く何とかして……!」
ルゥの表情は必死だ。
様々な可能性を考慮して、レオンは足を止めた。
「ルゥ、やっぱり君は温室で待っていなさい」
「でも……!」
「いいから、サリエルの所にいなさい。私が兄上の所へ行ってあげるから」
強い口調で命じると、ルゥは渋々足を止めた。
彼女を置いて、レオンは足早に天王宮の回廊を抜けた。
(レストル。まさか、あの子が私の言いつけを破るなんて)
「アレン!アレンは居るか!」
執務室から出てきた太陽神が、天王の只事ならぬ様子に気づいて後を追って来る。
「何事です、兄上?」
「静かだと思ったらすぐこれだ! お前の息子たちだよ。何かしでかしたらしい。まったく、私たちが族長らの応対に手を焼いている間に……」
「何かしでかしたとは、どういうことです」
「まだ分からない、ルーシェが兄上を見て異変に気づいたんだ。ただならぬ様子で私のところに駆け込んできた。
……お前の息子には本当に手を焼かされる! しかし、謹慎中だからよもや問題など起こさないだろうと油断していた私も私だった……!」
「きっとそれは大丈夫だろうと思うよ。でも今、少しばかり事情があってナシェルの居場所を秘密にしているんだ」
「……秘密に?」
サリエルは怪訝そうに声を落とした。天王はサリエルに要らぬ心労をかけまいと、ここ数日の混乱のことは何一つ伝えていないのだ。
「姫様にも、ですか?」
「いや、ルーシェはさすがに兄上に会わせると約束したからな、多分もう今ごろ……」
……云いかけたその時、急に温室の扉が勢いよく開いて誰かが入ってきた。
二人は慌てて離れ、レオンは緑のアーチに覆われた入口を振り返る。
息を切らし佇んでいたのは冥界の王女ルーシェルミアだ。肩を怒らせ、目は据わっている。
小さな女神は凄んだ。
「見つけたわ、おじさま! 探してたのよ!……ん? サリエルを泣かせたの?!」
「いえ、違うんです、姫さま」
眼を吊り上げる王女に、サリエルが目元を拭きながら慌てて否定する。
「どうしたというんだ、ルゥ。そんなに慌てて?」
「おじさま! どうして兄さまをあんな奴の所へ置いているの!? もし兄さまが死んじゃったら、おじさまのせいよ!」
「…………何だって?」
聞き捨てならない台詞だった。
「君の兄上が、どうしたというんだ」
「よくわかんないけど、とにかくおじさま、今すぐ兄さまの様子を見に行って欲しいの。お願い! じゃないとあいつ……あいつ、兄さまを殺しちゃうかも」
不穏な発言に、レオンは思わず息を呑んで王女を見つめた。
その必死の形相から、彼女の尋常ならぬ焦燥が伝わってくる。
「レオン様! ナシェル殿下は今、どこにおられるのです?!」
姫のただならぬ様子に、サリエルも顔色を変えた。膝を折りルゥを落ち着かせるように抱き寄せ、レオンを見上げてくる。
「――君たちはここで待っていなさい!」
レオンはサリエルの問いに答えるよりも先に、弾かれたように温室を飛び出した。
(まさか……!)
私刑、という言葉が脳裏を過ぎる。
一瞬、誰かがナシェルの居場所をバラしたのかと思った。
だがルゥは「あんな奴のところ」と云った……では、レストルが何かを?
「―――姫様!」
サリエルの声がして振り返ると、一緒に温室を出てきたらしいルゥが精一杯の大股で後をついてくる。
レオンは肩越しに問いかけた。
「レストルが君の兄上に何か危害を加えてるってことかい」
「キガイ? わかんないけど……とにかく会ったとき兄さまが、ふつうじゃなかった。ケガはルゥが治してあげたのに、どうしてあんなに弱ってるの? あいつに絶対いじめられてるのよ」
ルゥは目のふちに涙を溜めている。
「おじさまを探して会議場のお部屋まで行ったけど、会議場に入らせてもらえなくて。大勢の神さまたちが怒ってたのは聞こえてきたわ。なにかが起きてるって、ルゥにも分かった。
ねえおじさま、なにが起きてるの? とおさまはいつ迎えに来てくれるの?」
――これ以上、この子に一連の混乱を秘密にしておくのは酷だ。
そう感じたレオンは早足で回廊を歩きながら説明する。
「冥界の入口で、若い神々と魔族軍との間に戦闘が起こって、冥王が若い神々を消滅させたんだ。冥王の迎えが遅くなっているのはそのためだよ。
私も君たちを早く帰してやりたいが、殺された神々の一族が怒り狂ってこの天王宮に押しかけてくるし、あの通り会議は紛糾するしでここ数日対処に追われていてね。
きみはまだ小さいし、我々と同じ容姿だからつるし上げられたりはしないだろうけど、冥王にそっくりなナシェルはここ天王宮では危険なんだ。今は特にね。
それで居場所を誰にも悟られないようにって、あえて私の住まいではなくレストルの宮に身柄を置いていたんだが―――」
真剣に話を聞いていたルゥが思い出したように背後から声を上げた。
「そう、それ! さっき、会議のお部屋に入れなかったあと、もう一度、兄さまのところに戻ろうとしたら……さっきまであったはずのレストルの部屋がないの」
「部屋がない? 迷ったんじゃないのかい」
「違うの。部屋の入口が消えちゃってるの。どれだけ探しても見つからなくて……アドリスに連れられてきたときはすんなり入れたのに」
(……目くらましの結界か何か張ったな……)
と天王は予測をつける。そんな小細工を巡らせているとなると、どうやらアドリスも絡んでいるようだ。
「おじさまお願い、早く何とかして……!」
ルゥの表情は必死だ。
様々な可能性を考慮して、レオンは足を止めた。
「ルゥ、やっぱり君は温室で待っていなさい」
「でも……!」
「いいから、サリエルの所にいなさい。私が兄上の所へ行ってあげるから」
強い口調で命じると、ルゥは渋々足を止めた。
彼女を置いて、レオンは足早に天王宮の回廊を抜けた。
(レストル。まさか、あの子が私の言いつけを破るなんて)
「アレン!アレンは居るか!」
執務室から出てきた太陽神が、天王の只事ならぬ様子に気づいて後を追って来る。
「何事です、兄上?」
「静かだと思ったらすぐこれだ! お前の息子たちだよ。何かしでかしたらしい。まったく、私たちが族長らの応対に手を焼いている間に……」
「何かしでかしたとは、どういうことです」
「まだ分からない、ルーシェが兄上を見て異変に気づいたんだ。ただならぬ様子で私のところに駆け込んできた。
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