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第三部 天 獄
58不均衡な世界①
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天王宮の主塔では、年に数度、神々の一族ごとの長による族長会議が催される。
一族ごとに分かれて浮遊島で暮らし、普段は必要以上に互いに干渉し合わない彼らも、この会議のときばかりは天王の呼びかけのもと一族の代表者が一同に会して議論する。
とはいえ、おおむね議題は主に地上界で起こった戦や変事、大陸間の力関係の調整、気象や農作物の出来不出来などについてである。直接自分の神司と関係ない者たちにとっては欠伸を噛み殺すのが難しい、退屈な話題に終始することがほとんどだ。
神々にとってはその会議も、気の遠くなるような長い年月の間繰り返されてきた、日常のなかのひとつの光景に過ぎない。
だがこの日の会議は通常と異なり緊急に開かれたもので、はじまりから紛糾していた。
天王レオンは、冥界に赴いた若い神々十名が闇神(冥王)によって消滅させられたことを改めて族長らに周知させた。
族長たちの中には己の後継神を殺された者もいて、彼らからは「なぜ反撃を仕掛けぬのか」「今こそ冥界に赴き、制裁の鉄槌を下すべし」という憤怒の声が上がる。
しかし中央の座で天王は手にした扇を揺らしながら黙し、報復については一切認めようとはしなかった。
光神と闇神、対極にありながらもレオンはセダルと共に生まれた双子神であり、たとえ遙か昔に袂を分かち、遠く離れて生きていても、彼には冥王の心理状態が今も手に取るように判るからだ。
天王はこうした状況が偶然と不可抗力によるものだと知っていたし、冥王が己の領土を守るため講じた手段であることをも理解していた。レオンは薄い瞼を閉ざし、ただ喪われた青年神らの魂が、創世界へ無事に辿り着くことだけを願っていた。
天王の右隣に座する太陽神アレンが進み出で、激昂する神々を制した。
真昼の太陽のほかに戦を司り、その神性は本来闘志の塊であるはずの彼が自重を求めたことは皆にとって驚きだった。
しかしその反面、第二神位たる彼が天王の意志に従うというならば仕方あるまいと、制止を受けた神々は矛を収めざるを得ない。
交戦が認められぬと知るや、神々の怒りの矛先は天王宮の何処かに捕えられているという死の神と、その妹にして命の女神ルーシェルミアに向けられる。
神々は、今度は口々に「それらをこの場へ引き摺り出せ」「神の死をもって償わせよ」「闇神に対する見せしめとせよ」等と主張してやまず、とうとうここで天王は鋭く一喝して彼らを黙らせた。
「報復行為は一切認めぬと云ったはずだ。
それに各々方は何か勘違いしておられるのではないか。確かに冥界の王子と王女はこれらの一連の混乱ゆえに未だこの天上界に預かりの身となっているが、戦犯として捕えられたのではない。非があるというならばそれはむしろ、掟を破り冥界の門を潜った狩猟神らの方ではないのか」
「………………」
水を打ったように静まり返る議場に、レオンの朗朗とした声が響く。
「それに、そなたらは忘れてはいないか。あの子たちの母親が誰であるか」
それを聞き、神々は伏した視線を遠慮がちに交わし合う。
「……そう。思い出してもみよ。あの子たちの母は、今は亡き女神ティアーナと、セファニアだ。二人の子供たちであるあれらもまた、この世界の血を引く同族といってよいであろう。違うか?」
神々は瞑目し、遙か昔に消滅した二人の女神に想いを馳せる。そんな中、どこからともなく異論の声が一つ二つ上がりはじめた。
「……古い話を蒸し返すようだが、そもそもなぜ、あの二女神を冥界にむざむざ奪われるようなことになったのだ」
「自ら冥界に赴いたティアーナだけでなく、セファニアまでも」
「そうだ。闇神の子供を産むとは、我ら神族に対しての裏切り行為といってもいい。忌わしい血は一代限りで断たれるべきだったのだ。あの二女神のおかげで異端の闇神の子孫などが誕生し、闇神を増長させる結果となったのではないか」
「増長?」
レオンは手にした扇で机をぱしんと打った。色めき立っていた神々は、天王のいつになく鋭い視線を受けて僅かに怯む。
「……どうやら各々方は何も理解しておられぬようだ。こんなことが議題になるとは悲しむべきことだが、闇神の名誉のために敢えて私は云っておこう。少し長い話になるが、よく聞くがいい」
冥王を擁護するようなレオンの発言を、神々は驚きの表情をもって見守る。レオンは無視して続けた。
「……創世神の『神々のうちよりひとりを冥王とせよ』との遺志により、我々は一族のなかより闇の神だったセダルを冥界の主とすべくかの地に堕とした。それは皆が知っているとおりだ。
考えてもみよ。我ら神々は三界のうちで最も強き力を持ち、その支配は遍く地上界へも及んでいる。
それに比して、かの広大な地下の迷宮を冥王がたった一人で統一し治むること、これは相当に難事であっただろう。
また、三界の力の不均衡も問題だった。創世神は完全な世界を我々に残してくださったわけではない。……創世神は『作りかけのこの世界を放置して別の次元に去った』と云っても過言ではない。
今の力の均衡を図に描くとすれば、ちょうど受け皿ばかり大きく足もとの不安定な、杯のような形となるだろう。人間界はさておき、この天上界とかの冥界がそのようなバランスで保たれているようでは、この三界全体もそう長くはもつまい。
私はそれを憂いた。かの地に堕ちたセダルもまた頭の片隅ではそのことを察していた。そして、杯の土台たる冥界を強化するにはどうすればよいか、その方法もまた一つしかないことを、我々二人は知っていたのだ。
冥王は女神たちを己の欲のために娶ったのではない。彼は『共同統治者としての同族』を必要としていたのだ。
はじめはティアーナがその任を担った。……任といってもあの子はもともと、セダルに惹かれていたからね。意気揚々と冥界へ嫁いで行ったよ。ティアーナは、孤独に苛まれて己の造り出す闇に同化しかけていたセダルを救い、まさに共同統治者となった。
だが、闇神以外の神がかの地で生きることが、非常に困難であることをそのときは誰も、知らなかった。私も、嫁いだティアーナも、娶ったセダル自身もね……。
結果は、皆の知っての通りだ。
セダルが孤独に苛まれて気が触れていたのだという者もいる。確かにあの男にはそうした部分もあっただろう。闇とはそもそも、混沌とも云うべき状態だからね。
だが闇の中にも叡智は生まれる。ティアーナを失って以後の、彼の統治者としての本質は全く正常だよ……。もしかしたら、ここでああでもないこうでもないと囀っている我々よりずっと正常かつ、冷静なのかも知れない。
先にも云ったように、我ら神とて完全に不死というわけにはいかない。創世神は我等に、生ある限り永遠に続く若さを与えながら、永遠の命までもはお与えくださらなかった。創世界へ転位するとはいえ、この世界から魂が消えうせることは人間の死と大差はない。
セダルは最初の同族であるティアーナの死によって『神も死するのだ』という事実に気づいた。ティアーナは冥王のために彼の分身ともいえる子神を産んだが、ティアーナ自身もまさか己の命と引き換えになるとは思っていなかっただろう……。そのときの彼らの衝撃は察するに余りある。
そして王子を得たとはいえ、そのままでは冥界の統治は二代限りで終わってしまう。……ならばなおのこと同族子孫を増やさねばならぬという命題に、セダルはなおも突きあたった。
そして彼は必然的に命を生みだす女神だったセファニアを、求めたのだ。……私の許可を得てね」
天王はそこで言葉を切り、議場を見渡した。
しんと静まり返る中、神々の表情が、沈鬱から驚愕へと変じていく様がはっきりと見て取れる。
一族ごとに分かれて浮遊島で暮らし、普段は必要以上に互いに干渉し合わない彼らも、この会議のときばかりは天王の呼びかけのもと一族の代表者が一同に会して議論する。
とはいえ、おおむね議題は主に地上界で起こった戦や変事、大陸間の力関係の調整、気象や農作物の出来不出来などについてである。直接自分の神司と関係ない者たちにとっては欠伸を噛み殺すのが難しい、退屈な話題に終始することがほとんどだ。
神々にとってはその会議も、気の遠くなるような長い年月の間繰り返されてきた、日常のなかのひとつの光景に過ぎない。
だがこの日の会議は通常と異なり緊急に開かれたもので、はじまりから紛糾していた。
天王レオンは、冥界に赴いた若い神々十名が闇神(冥王)によって消滅させられたことを改めて族長らに周知させた。
族長たちの中には己の後継神を殺された者もいて、彼らからは「なぜ反撃を仕掛けぬのか」「今こそ冥界に赴き、制裁の鉄槌を下すべし」という憤怒の声が上がる。
しかし中央の座で天王は手にした扇を揺らしながら黙し、報復については一切認めようとはしなかった。
光神と闇神、対極にありながらもレオンはセダルと共に生まれた双子神であり、たとえ遙か昔に袂を分かち、遠く離れて生きていても、彼には冥王の心理状態が今も手に取るように判るからだ。
天王はこうした状況が偶然と不可抗力によるものだと知っていたし、冥王が己の領土を守るため講じた手段であることをも理解していた。レオンは薄い瞼を閉ざし、ただ喪われた青年神らの魂が、創世界へ無事に辿り着くことだけを願っていた。
天王の右隣に座する太陽神アレンが進み出で、激昂する神々を制した。
真昼の太陽のほかに戦を司り、その神性は本来闘志の塊であるはずの彼が自重を求めたことは皆にとって驚きだった。
しかしその反面、第二神位たる彼が天王の意志に従うというならば仕方あるまいと、制止を受けた神々は矛を収めざるを得ない。
交戦が認められぬと知るや、神々の怒りの矛先は天王宮の何処かに捕えられているという死の神と、その妹にして命の女神ルーシェルミアに向けられる。
神々は、今度は口々に「それらをこの場へ引き摺り出せ」「神の死をもって償わせよ」「闇神に対する見せしめとせよ」等と主張してやまず、とうとうここで天王は鋭く一喝して彼らを黙らせた。
「報復行為は一切認めぬと云ったはずだ。
それに各々方は何か勘違いしておられるのではないか。確かに冥界の王子と王女はこれらの一連の混乱ゆえに未だこの天上界に預かりの身となっているが、戦犯として捕えられたのではない。非があるというならばそれはむしろ、掟を破り冥界の門を潜った狩猟神らの方ではないのか」
「………………」
水を打ったように静まり返る議場に、レオンの朗朗とした声が響く。
「それに、そなたらは忘れてはいないか。あの子たちの母親が誰であるか」
それを聞き、神々は伏した視線を遠慮がちに交わし合う。
「……そう。思い出してもみよ。あの子たちの母は、今は亡き女神ティアーナと、セファニアだ。二人の子供たちであるあれらもまた、この世界の血を引く同族といってよいであろう。違うか?」
神々は瞑目し、遙か昔に消滅した二人の女神に想いを馳せる。そんな中、どこからともなく異論の声が一つ二つ上がりはじめた。
「……古い話を蒸し返すようだが、そもそもなぜ、あの二女神を冥界にむざむざ奪われるようなことになったのだ」
「自ら冥界に赴いたティアーナだけでなく、セファニアまでも」
「そうだ。闇神の子供を産むとは、我ら神族に対しての裏切り行為といってもいい。忌わしい血は一代限りで断たれるべきだったのだ。あの二女神のおかげで異端の闇神の子孫などが誕生し、闇神を増長させる結果となったのではないか」
「増長?」
レオンは手にした扇で机をぱしんと打った。色めき立っていた神々は、天王のいつになく鋭い視線を受けて僅かに怯む。
「……どうやら各々方は何も理解しておられぬようだ。こんなことが議題になるとは悲しむべきことだが、闇神の名誉のために敢えて私は云っておこう。少し長い話になるが、よく聞くがいい」
冥王を擁護するようなレオンの発言を、神々は驚きの表情をもって見守る。レオンは無視して続けた。
「……創世神の『神々のうちよりひとりを冥王とせよ』との遺志により、我々は一族のなかより闇の神だったセダルを冥界の主とすべくかの地に堕とした。それは皆が知っているとおりだ。
考えてもみよ。我ら神々は三界のうちで最も強き力を持ち、その支配は遍く地上界へも及んでいる。
それに比して、かの広大な地下の迷宮を冥王がたった一人で統一し治むること、これは相当に難事であっただろう。
また、三界の力の不均衡も問題だった。創世神は完全な世界を我々に残してくださったわけではない。……創世神は『作りかけのこの世界を放置して別の次元に去った』と云っても過言ではない。
今の力の均衡を図に描くとすれば、ちょうど受け皿ばかり大きく足もとの不安定な、杯のような形となるだろう。人間界はさておき、この天上界とかの冥界がそのようなバランスで保たれているようでは、この三界全体もそう長くはもつまい。
私はそれを憂いた。かの地に堕ちたセダルもまた頭の片隅ではそのことを察していた。そして、杯の土台たる冥界を強化するにはどうすればよいか、その方法もまた一つしかないことを、我々二人は知っていたのだ。
冥王は女神たちを己の欲のために娶ったのではない。彼は『共同統治者としての同族』を必要としていたのだ。
はじめはティアーナがその任を担った。……任といってもあの子はもともと、セダルに惹かれていたからね。意気揚々と冥界へ嫁いで行ったよ。ティアーナは、孤独に苛まれて己の造り出す闇に同化しかけていたセダルを救い、まさに共同統治者となった。
だが、闇神以外の神がかの地で生きることが、非常に困難であることをそのときは誰も、知らなかった。私も、嫁いだティアーナも、娶ったセダル自身もね……。
結果は、皆の知っての通りだ。
セダルが孤独に苛まれて気が触れていたのだという者もいる。確かにあの男にはそうした部分もあっただろう。闇とはそもそも、混沌とも云うべき状態だからね。
だが闇の中にも叡智は生まれる。ティアーナを失って以後の、彼の統治者としての本質は全く正常だよ……。もしかしたら、ここでああでもないこうでもないと囀っている我々よりずっと正常かつ、冷静なのかも知れない。
先にも云ったように、我ら神とて完全に不死というわけにはいかない。創世神は我等に、生ある限り永遠に続く若さを与えながら、永遠の命までもはお与えくださらなかった。創世界へ転位するとはいえ、この世界から魂が消えうせることは人間の死と大差はない。
セダルは最初の同族であるティアーナの死によって『神も死するのだ』という事実に気づいた。ティアーナは冥王のために彼の分身ともいえる子神を産んだが、ティアーナ自身もまさか己の命と引き換えになるとは思っていなかっただろう……。そのときの彼らの衝撃は察するに余りある。
そして王子を得たとはいえ、そのままでは冥界の統治は二代限りで終わってしまう。……ならばなおのこと同族子孫を増やさねばならぬという命題に、セダルはなおも突きあたった。
そして彼は必然的に命を生みだす女神だったセファニアを、求めたのだ。……私の許可を得てね」
天王はそこで言葉を切り、議場を見渡した。
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