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第三部 天 獄
55胸に、求めるものだけを②※
しおりを挟む酒気交じりの美声が耳をくすぐる。
「お前を二回抱いて確信した。俺たちは体の相性もいい……。俺をこんなに夢中にさせたのは、ナシェル、お前が初めてだ。手放すつもりはないからそのつもりでな。本当は体の中まで俺の精液でいっぱいに満たしてやりたいが、お前が弱るから仕方ない」
「………」
……こいつ何を根拠に体の相性がいいなどと決めつけているのか。怒りよりも呆れに近い感情が湧いてきて返事もせずにナシェルは目を閉じる。耳も塞いでしまいたかった。心の底から体の相性がいいと思うのは冥王だけだ。
この男は私を消滅させかけといて一体何をほざいているのだろう……。
レストルは首筋に口づけてくる。
「服従の態度を見せない反抗的なお前をこうして強引に犯すのもいいが、そろそろお前の口から俺を求める言葉を聞きたくなってきた……。どうやったらお前は従順に俺の云うことをきくかな……」
「……どれだけ私を従わせようとしても無駄だ。私は、心まではお前のものにはならない」
ナシェルは断言し溜息をつく。諦めが悪い男だ。
「……これならどうだ?」
不意に男の手が腹を滑り降り、ナシェルの中心を握った。
「……ッ!……」
「お前こないだ俺たちとやったときも空イキだけで射精してないだろ。ココにもうずいぶん溜まってるよな……?」
「……っ」
陰茎の下の双珠を指でなぞりあげられ、ナシェルは息を殺し、身を固くした。
レストルの指は緩やかに、握った中心を燃え立たせてゆく。
慣れた手管で己のものが昂らされ、勃ちあがってゆく。躯というのは正直なもので、心でいくら行為そのものを拒絶していても、触れられれば篝火の焔のように一瞬にして燃え盛るのだった。
「っ……ん、」
ナシェルは喘ぎを堪えて顔を背けた。しっとりと汗ばんだその腰に、背中に、長い黒髪がはりついて、刺青のような紋様を描き出している。
レストルの熱い舌がを腹を滑り下り、上向いた尖端に押し付けられた。
「ン、…………あ…………ッ」
沁みだしはじめている透明な露を堰き止めるように、舌先が亀頭の先の割れ目を塞ぐ。
尖端の小さな孔に舌先が捩じ込まれ、ちろちろと、小刻みに舌が回転する。
「あ、や……ッぁあ……ふ……ぁ」
えもいわれぬ快感に、腰が、膝が、背が……四肢の先が、波打つ。
ナシェルの先端からとろりとした蜜がこぼれて、レストルの舌に触れると、彼は僅かに顔を顰める。舌が痺れるのを感じているのだろう。レストルの精がナシェルにとって毒であるのと同様だ。
しかしレストルはそれをやめようとはしなかった。構いはせぬということなのか。
彼はナシェルのものを唇の奥に深々と含んだ。凌辱されていることを瞬時忘れさせるほどの優しさを込めて。
脳天を貫くような甘い衝撃が、背筋を駆け上がる。
音を立て、唾液を絡めて丹念に口淫されるに及び、ナシェルは我を忘れてシーツを掴み、快楽の峠への道を駆け上がった。
「あ、あ――……っ、」
全身に汗の雫が浮き、腰の痙攣が激しくなる。
「……ああああぁっ!!」
だが絶頂を迎えかけたところで、根元を指でぎゅっと緊く締めあげられた。
またも放出することはできず、ナシェルの躯はその瞬間、狂ったようにのたうつ。
「あぁ――……!嫌だ………やめろ……手、離せ……!」
快楽の極みを得ようと暴れ、もがいた腕は、暫くの後には絶頂の機会を完全に失ったことに気づかされて、ぱったりとシーツの上に落ちる。
ナシェルはふたたび悄然と、天蓋を見上げた。股の間に顔を埋めている男が、くっくっと嗤いながら再び聳り立つ花芯を、弄び始めた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
のぼりつめる瞬間に射精を妨げられるのは拷問に等しい。昏睡前と合わせてこれで何回めか。
「やめろ……」
「……口の利き方に気をつけろと云ってるだろう。同じことを何度も、繰り返させるな。また同じことをされたいのか? 挿れて欲しいならすぐにでもくれてやるぞ、お前のここに俺の精をあふれるぐらい注ぎ込んで……」
レストルはナシェルの膝を片手で掴み、胸のほうに折りたたむように持ち上げながら、その奥の後孔に指を這わせる。
あのとき浴びた毒の記憶が蘇り、ナシェルは顔を覆って怖れを見せまいとした。
「嫌だ……もう、嫌だ……やめろ…………」
レストルは上から勝ち誇った笑みとともに見下してくる。
唇が、唾液と先走りの露で濡れ光っていた。
「やはり消滅するのは怖いか? なら、俺のいうとおりにしろ」
レストルの眼差しが、突如暗い光を帯びた。
「…………なにを、しろと」
ナシェルは息を詰めて眼前の男を凝視した。
ナシェルの陰茎から指を離したレストルは、不意にナシェルの躯の上にどうと身を投げてきた。
首筋に腕を廻されて、再び彼の放つ濃い酒気がナシェルの呼吸を詰まらせる。
レストルは蛇のように巻きついて来、四肢を絡ませしばらくの間、ナシェルを抱きしめた。
やがて彼は呟くように、命じた。
「……俺を受け入れ、歓び、俺の名を呼び、俺と共に果てろ」
「何……」
ナシェルは虚をつかれて至近の男を見返す。
甘い抱擁を受けてたじろいでいるうちに、レストルの顔が近づいて来、驚く間もなく唇を奪われる。
「…………ん…………」
今度は、抵抗する気を失せさせる優しい口づけだった。
舌を捩じ込むあの強引さはなく、啄ばむような。
「ナシェル。お前が好きだ……」
唇を離し、ナシェルの白い喉に手を廻しながら突如レストルが呟いた言葉。
ナシェルは失笑しようとしたが、顔が引き攣っただけでうまくいかず、仕方なく冷たい藍の眼差しで男を睨んだ。粗暴に犯した男が吐く台詞とも思えない。
「なにを、……なにを云ってる……」
酔いが廻ってきたのだろうか。
好きだ。……だと?
――それを、云ってどうするというのだ。
相反する世界に生き、相反する属性ゆえに『交わること』さえ危険であるというのに、それを告白することでこの関係に何の進展が望めると? ――私がそれを聞いて改心し従順になるという効果を狙っているのか……? 私を絆すつもりか。
力づくでも屈服させてみせるとあれだけ豪語していたにも関わらず、レストルがここへきて急にそのような懐柔の姿勢を見せたことは、ナシェルにとって驚きであった。
(こいつこのまま私を飼い続けたら私がどうなるか、想像してみる気はないらしいな。もともと自分勝手な男なのか、それとも、斟酌するゆとりもないのか……。どちらにしろ私を抱く以外の選択肢は持ち合わせていないようだしな……)
ゆとりを失わせるほどレストルをのめり込ませておきながら、ナシェルの方も相手の想いを汲む気はない。
心は冷え切っていたが、考えを巡らす脳裏はまだ熱い情事の余韻に火照っていた。
この男が求めているのは私の心だ。
王の腕の中にいるときのように振舞えばいいのか?
褒美としての闇の神司という“餌”を常に眼前にちらつかされているとはいえ、ナシェルが自分から貪欲に求め、縋りつくのは、冥王に抱かれているときだけだ。
王に早く司を入れて欲しいとせがむような感じで、この男に求めてみせろというのか。
想像するだけで反吐が出そうになる。
だが、従順にすれば待遇改善につながる……、つまり逃げ出す機会が窺える、か?
ナシェルの心は自尊心と保身の間を漂い、やがて結論を得た。
たとえその先にあるものが『神の死』という終着ただひとつであるとしても、己は心を捩じ曲げてまで従うわけにはいかないと。
心に蓋をしてまで、かぼそく生き永らえるのは御免だ。
どんな愛を囁かれようが。どんな取引を持ちかけられようが。
求めてもいないものを、求めるふりはできない。
愛していないものを、愛するふりも。
「嫌だ! 私は絶対にお前に従わない。貴様を求めたりしない!」
ナシェルは巻きついてくる腕の中ではっきりと叫んだ。男はその頑迷な答を聞いて(少しは従順になるかと想像していたのだろう、)驚いたようにナシェルを見下ろしてきた。
虚勢だと云われれば、そうだろう。レストルのいう通り、確かに自分は目前に控えた消滅(神の死)に恐怖を感じた。
だが、それでも。
「心に嘘はつけぬ。私は……。
私は、偽りの心で生き延びるよりは、偽らぬ真実の心のままで死ぬ。
いくらでも好きなだけ私の中にお前の精を吐くがいい!
……私を手放すつもりはないと云ったな。
いいだろう、私も迷わない。
私は真実求めるものだけを胸に、創世界の門を叩く」
……今までずっと迷い続け、数々の下らぬ嘘にまみれてきた。
冥王を騙し、周囲を騙し、己の心にも嘘をつき続けてきた。
この状況からもう逃れるすべがないのなら、せめて最後ぐらいは、真実の己でなければ、と思う。
光の神司が己に『去ね』と命じるならば、もう胸の中に求めているものだけを想いながら、この三界から消え去ろう。
意識が途切れてしまえばもうきっと痛みなど感じなくて済む。
冥王の顔が、そして愛娘の顔が、浮かんでは消えた。
――覚悟は、できていた。
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